第103話 スフィアの大喝とキノクの診察
「何をするつもりですのッ、アンドリュー!!」
スフィアが叫んでこちらにやってこようとするがアンドリューと呼ばれた爺さんが体を張ってそれを押しとどめる。
「姫様っ!ここは爺めにお任せあれ!聞けば討ち死になされる可能性があったとの事、そんな事は許されませぬ!大人しくすれば良し、梟首の刑(打ち首にして木に吊るし見せしめの為にさらしておく刑罰)に処してくれる。手向かうならばこの場で討ち取る!さあ、大人しくいたせぇい!!」
「どっちにしたって殺す気じゃねえか!」
「これがこの国のおもてなし…」
「やれやれだニャ」
この危機的状況に俺は毒づき、アンフルーとリーンは取り乱す事なく対処している。これは踏んだ場数の差なんだろうか。
「させませんわ!」
スフィアがこちらに来ようとするがアンドリューはなおも阻む。するとスフィアは押し通ろうとするのではなく、軽くぴょんと後ろに跳んだ。押しとどめようとしていたアンドリューは押す対象であるスフィアの存在が無くなりつんのめるようにバランスを崩した。その隙を見逃さずスフィアは次の行動に移る。
ざっ!!
スフィアは軽く前に助走しながら手にした槍を地面に刺した。そしてそのまま棒高跳びの要領でアンドリューを、さらには俺達を包囲する騎士や兵士達の頭上を飛び越して俺達の元へ…。
「キノクさまっ!」
スフィアは一言そう言うと俺の横に並び立つ。そしてぐるりと俺達の周りを取り囲む一団を見回した。
「武器を引きなさい!」
凛とした声でスフィアが言い放つ。
「は!?いや、…しかし」
「ひ、姫様…」
「スフィア様…」
取り囲む騎士や兵士達に明らかに動揺をしている。中には互いに顔を見合わせどうしようかと言葉には出さずに相談するかのような仕草をする者もいる。
「スフィア・ゴルヴィエルと知ってまだ刃を向けるかッ!!?」
ぶぅんっ!!
スフィアがその場で一度横薙ぎに槍を振るった。その一振りは取り囲む者達に当たるようなものではなかったが、その勢いは凄まじく彼らの髪がビュッと強風にあおられたかのように激しく揺れた。
「も、申し訳ございませんっ!!」
すぐさま騎士や兵士達は剣を鞘に、槍は地面に置き片膝を地面に着けて頭を垂れる。しかし一人だけなおも俺達に怒りが収まらないといった感じの視線を向ける者がいた。
「ひ、姫様ぁ!なぜでございますか!せっかく…、せっかく心臓の病を癒せたと聞きお喜びしていたというに…。典医でも治せなかったあの病を…その姫様を…」
「その心臓病を治したのがこのキノクさまなのです」
そう言ってスフィアは俺の手を取った。
「典医も、名だたる錬金術師の方々が作った薬剤もわたくしの心臓の病を治す事は出来ませんでしたわ。それを治療したのがキノクさまなのです!」
「そ、それは…。しかし、爺めはゴブリンの群れに襲撃されたと聞いておりました。今この時、姫様がお帰りあそばすまでお亡くなりになったとばかり…。しかし、そのゴブリン共めに襲われる原因を作ったのがその黒髪の男と二人の連れの女と聞いておりまするッ!!猫獣人とエルフの…」
アンドリューはワナワナと怒りに身を震わせ、さらには大変失礼とされる人を指差す動作を…人差し指を俺達に向けながら叫んだ。
「アブクソムのオルディリン神殿より急報が入ったのです!ゴブリンの群れに襲撃を受けたと!その時、誇り高き姫様が一人戦場に残りこの報をもたらせた冒険者達を逃がしたと!!さらにはそのゴブリンの群れに襲撃を受けた原因がその三人であると!自分達の力量も鑑みず、攻撃を仕掛け窮地を招いたとっ!!それでいて自分達だけさっさと逃亡したと!姫様ッ、なぜそのような者らをかばおうとなさいますッ!!万死に当たる輩ではありませぬか!!仮に姫様のお命が助かったとしてもッ、よしんば姫様の病を治療せしめたとしてもッ、八つ裂きにしてもあきたらぬのでございます!!」
唾を飛ばしアンドリューは激しくまくし立てた。言い放ち終えるとふうふうと荒く興奮した様子で息をする、まるで思いと共に肺の中の空気を残らず吐き出したかのようだ。
「アンドリュー、やめるのです!!」
「いいえ!姫様、かくなる上は…」
そう言うとアンドリューの爺さんは懐剣を抜いた。身を守る最低限の武器、あるいは敵の手にかかる事を恥じ自らの喉を突く為の…。
「兵達は出来ずとも…、爺めが…。お叱りは後で必ずや、如何なる罰でもお受けいたします…。しかし必ずやこの輩を…」
「その知らせが間違っているのです!!このお三方は共に戦い抜いたのです!逆に勝手について来たその冒険者の四人組が必要もないのにゴブリンに斬りかかり、仕留められなかったばかりか仲間が現れると真っ先に逃げ出したのですわ!」
「し、信じられませぬ!その氏素性(どこの家柄か、どんな経歴の持ち主か…という意味)も分からぬ者の戯言に耳を貸しては…」
「ッ!!?お黙りなさい!」
「ひ、姫様!?」
「わたくしの言う事が信じられぬと言うのですかっ!?」
ぐっ、と言う呻きを洩しアンドリューが言葉を飲む。
「そもそもわたくしの槍の腕がゴブリンに劣ると言うのですか?」
「い、いえ。そんな事は…」
アンドリューが口ごもる、確かにそうだ。スフィアは一瞬で軽く五匹はゴブリンを屠っていた。
「もちろん過信するつもりはありませんわ。しかし、多少の群れを相手にしてもわたくしは遅れをとるような事は無いと自負しているつもりです。ゆえに身を捨ててその場に残り他者を逃がす事はありません。速やかに敵を討ち安全を確保しますわ。しかもゴブリンは群れともなれば個体の数も多い…、仮にその場を逃げられたとしても周りにまだ群れの一部がいたら逃げた方は今度はどうしますの?わたくしはもうそばにいないのですよ?」
「し、しかし…」
爺さんは再度口ごもった。
「それにこちらのキノクさまをはじめとしてリーンさんもアンフルーさんもまさに一騎当千、わたくし達は群れどころかそれを超える規模の大軍団を率いた皇帝を倒したのですよ」
「エ、エンペラーを…」
おお…と周りからどよめきが起こる。
「さすがは姫様!ならば爺めも態度を改めなければなりませんな。これ、そこの三人。姫様をお助けし非力ながらようやった、姫様に代わりこの私が褒めてとらすぞ。これでもう用はなかろう、早々に立ち去るが良い」
先程までの殺意すらこもった形相から一転、今度は笑顔になってこのクソ爺は俺達に向き直った。思わず手を握り締める、するとスフィアが俺の手を握り返してきた。いや、握り返すというには少々力が入っている。そんなスフィアがちらりとこちらを見た。
俺は今頭にきている、何が褒めてとらすぞだ。そんな思いを抱きながらスフィアの顔を見ていた。
「うっ!!」
次の瞬間、そんな呻きを洩してスフィアが膝から崩れ落ちた。
「ひっ、姫様ッ!!」
クソ爺が慌ててスフィアに駆け寄る。
「た、大変だニャ!また、スフィアの心臓の発作ニャ!」
「キノク、診察を…」
リーンとアンフルーが俺に声をかけてきた。
「ああ、分かってる。診察!!」
俺はスフィアの手をつないだままスキルを発動させた。
「おお、姫様の体が淡い緑色の光で包まれたぞ!」
周りの兵士達がざわめく。
スフィアをゆっくりと地面に座らせながらリーン達に体を支えてもらうように頼んだ。そして俺は体内の状況を確認していく。
「…ん?…これは?この病名…」
俺は思わず呟く。
「キ、キノク…さま」
苦しそうな表情を浮かべるスフィアの視線と俺の視線が重なった。
「ど、どうなのじゃ!?ひ、姫様は?」
アンドリューとか言うクソ爺が慌てた様子で俺に尋ねてきた。
「これは心臓の発作だ。それも…あの時のような…」
「あの時じゃと!?」
「きっとあの時ニャ!スフィアの心臓は衰弱しきってどんな強心剤も受け付けないくらい…。たしか、普通の心臓病の十倍は重い症状だニャ!」
リーンが大慌てしている。
「アンフルー、俺達の周りに結界は張れるか?」
「出来る」
「なら頼む、小さいのでいい。俺達四人を囲うぐらいの。あんた達、離れてくれ!この場で治療する。命に関わる、早くしてくれ!」
「し、しかし…」
「このままでは二時間…、いやスフィアの命は一時間ともたないぞ!大丈夫だ、中は見えるし話も出来る!姫を死なせたいのかッ!!」
「わ、分かった」
クソ爺や兵士達が離れるとさっそくアンフルーが結界を張った。
「この結界はちょっと変わった技法。ただ障壁を張るのではなく半ば違う空間にズレる感じ。キノクの部屋に行くように…」
なるほど、こりゃ単純に障壁を張るより良い。
「さて治療法だが…、無い」
俺は城の連中に向かって言った。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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ざまあしてやりますよ!byキノク
次回、第104話。
『正義ヅラするつもりはない』
お楽しみに。