第101話 ユグドラシル・ネットワーク
光の海に投げ出されたような感覚だった。眩しくて目を開けていられない、それでいて凄まじい激流にこの身を押し流されているかのような感覚に襲われる。
だが、それもいつまでも続く訳ではなかった。
激流に翻弄されるかのように流されていたかのような感覚が次第に収まった。そして、たくさんの光の粒になったような自分の体が再び一つに戻っていくような感覚に見舞われる。
すたっ。
両足がゆっくりと地面に着いたような感覚。地に足が着いた感触に安堵を覚え俺は恐る恐る目を開いた。
「……………」
「うおっ!?」
俺は驚いて後ろに下がった。なんとそこには目を閉じて唇を突き出してくるアンフルーがいた。
「な、何するんだ!?」
すっ…、アンフルーは目を開けるとチッと小さく舌打ちをした。
「キノクが眠っているかのように目を閉じていたからお目覚めのキスを…」
「な、なんですって!アンフルーさんッ!!眠りについた殿方を起こすというのは昔から姫と呼ばれる者の役目です。仮にもわたくしは対外的には公国領主の娘、姫と言われる事もあります。そのお役目、わたくしがッ!!」
何やらアンフルーとスフィアが向き合って話し始めた。
「ねえねえ、キノク」
「なんだ、リーン?」
「アンフルー達の話、長くなりそうニャ。少し座って休もうニャ」
「そうするか…」
そう言って俺は地面にあぐらをかいて座った。すぐにリーンが俺の膝の上に上半身を預けてきた。膝の上のリーンの頭を撫でていると嬉しそうに喉を鳴らす。先程と同じように森の中の開けた場所。しかし、地表に現れたという世界樹の根の姿は見えない。
後で聞いた話だが、アブクソム近くの森で世界樹の根が見えたのはアンフルーの魔法の力によるものらしい。
「やっぱり不思議だよな…、異世界っていうのは…」
俺は膝にリーンの感触を感じながらしみじみと呟いていた。
□
ゴルヴィエル公国…。
対外的には公国と、アイセル帝国内からはゴルヴィエル公爵領と言われている。これはゴルヴィエル家がアイセル帝国から公爵位を与えられている事から帝国側から見れば国というよりもアイセル帝国の皇帝から一つの地域を任せられている大貴族という認識があり、アイセル帝国の外から見れば公(公爵)を君主とする領地であるから公国として認識されている為に帝国の内と外では呼び方が変わるのである。
そのゴルヴィエル公国は内陸部にある、国土には山と森が多く地球で言えばスイスのような風景をイメージさせる。高地にある為が湿気は少なく肌に心地よい。時折聞こえる鳥の声、それを聞きながら俺達は森の中を伸びる道を歩いている。
「それがもう半日も歩けば到着とはなぁ…」
世界樹の根を使っての転移…そのおかげもあっておよそ300キロ離れているというアイセル帝国の帝都アブクソムからゴルヴィエル公国の首都ゴルボスまでの移動、悪天候やゴブリンエンペラーの軍団との戦闘によりスムーズにはいかなかったがそれでも五日とかかっていない。夜明けと同時に出発し何の障害も無ければ二日で到着出来るという事になる。
「もうすぐですわ。ここを抜けると…」
不意に視界が開ける。
そこには大きな湖見えた。投網と思しきものを湖面に投げている人が乗った船が数多く見える。だいぶ漁業が盛んなようだ。もしかするとこれがスフィアの言っていた海水とほぼ同じ塩分があるという湖だろうか。
「この湖は民に恵みをもたらすと共に有事の際には…」
スフィアが指差した先には高台、そしてそこには白亜の城が…。
「この湖が堀の役目を果たす…か」
「その通りですわ」
陸路で城に向かうなら湖を大きく迂回しなければならない。仮に敵が街道を攻め上って来たのであればそれだけで大きく時間を取られるだろう。また、進軍ルートがそれだけ限られてくるので防御する城方にとっては防衛の為にあちこちの方角に兵を割かなくて済む。その姿に俺のような素人にも難攻不落というような言葉が浮かぶ。
「さあ、皆さん。湖のほとりに参りましょう。そこには渡し舟がありますわ。陸路では数時間はかかる道のりも湖を突っ切れば一時間という所ですから」
スフィアが案内するように行先を指し示した。