第96話 炸裂!?ジャパンマネー!!
「なんだって!?」
俺は思わず叫んでいた。
「どういう事だ?アンフルー」
俺は卓越した魔法の使い手であり、博識なアンフルーに尋ねた。
「生命力全耐性防御はとてつもなく強力なスキル。それこそどんな攻撃を受けてもほとんどダメージらしいダメージを受けない」
アンフルーの話によれば生命力防御全耐性はどんな攻撃を受けてもダメージがほとんど通らないというもの。
例えば巨大な岩が落ちてきてもほとんど無傷であるらしい。某有名RPG風に言うと『ミス!ゴブリンエンペラーにダメージを与えられない!』とか、ダメージを与えられても『ゴブリンエンペラーに1ポイントのダメージ』にしかならない。
しかもこのスキルの凶悪なところは物理攻撃でも魔法攻撃でもダメージを最小限化してしまう事と、たとえ会心撃であってもダメージを1にしてしまう。
「アンフルー。ゴブリンエンペラーの生命力、分かるか?」
「18000」
「無理だ、撤退しよう」
そう言って俺は四人で自宅に撤退する事にした。せっかく四人集まっているしやり過ごそう。また、戦うにしても体勢を整えた方が良い。しかし…。
「自宅に戻れない?」
俺は驚愕した。
「なァんだべぇ?おめえたず、逃ンげようとしただべなァ?オラには分ァかんだァ…」
今までしきりにビブラート(振動)を宿した矢が当たった頬を気にしていたゴブリンエンペラーがこちらをむいた。
「だァけんじょ、逃ンげられないンだァ。知ってっぺか?」
ゴブリンエンペラーがニヤァと笑った。
「皇帝からは逃げられないンだべ」
□
皇帝からは逃げられない。
つまりこの戦いが終わるのは俺達か…エンペラーか…、どちらかが斃れた時しかない。
「おなごども…手足の一本二本は覚悟してもらうべェ…。腹が無事なら子供サ作れンだ。おどごはこンの金棒でぺちゃンこだあ!」
ゴブリンエンペラーが迫る!
「偃月の陣!!」
俺は陣形を偃月にした、偃月とは半月の意味。この陣形は大将を含め精鋭が戦闘に立ち敵に襲いかかる陣形だ。先手と呼ばれる先頭に立った部隊が一撃を加え二番手、三番手が次々に敵を集中攻撃していくのだ。横や背後を衝かれると弱いが、前面の敵には滅法強い。
ゴブリンエンペラーからは逃げる事が出来ない、俺達には生きるか死ぬか…結末は二つに一つ。それなら次々に集中攻撃を仕掛けられるこの陣は手数を稼げる。1ポイントのダメージを一万八千回積み重ねられたら…。現実的ではないがやるしかない、そして数匹生き残っていたゴブリンはアンフルーがいつの間にか倒していた。
「敵はゴブリンエンペラーただ一人、必ず全員生きて帰るぞ!」
全員が応じる声を上げた。そしてリーンがゴブリンエンペラーに突っ込んだ。
「ふニャアアアアッ!!」
長物の武器を使うゴブリンエンペラーが金棒を振り回すより先に一気に懐に飛び込んだリーン。両拳と両脚を使って一瞬で乱舞とも言える凄まじい連打を浴びせる。
「25回命中、ダメージは12!!」
単眼鏡でゴブリンエンペラーのステータス確認をしているアンフルーが呟く。
「こンの野良猫ムスメがァ!!」
ゴブリンエンペラーは左手を金棒から離しリーンを捕まえようとする。対してリーンは素早く飛び退さり敵から離れた。
「野良じゃないのニャ!!キノクがご主人なのニャ!」
リーンが言い返した。
「そうですわ!キノクさまとはお褥(布団の事)を共にする仲なんですの!」
続いて第二陣とも言えるスフィアがゴブリンエンペラーの金棒を握る右手を狙う。
「16連撃ッ!!はあああッ!!」
スフィアの槍の刃先がいくつにも見えるような高速の突きの連打が放たれる。
「16連撃ッ!?め、名人や…!!」
俺は叫ぶ。
「決定打にはならなくとも、手を攻撃して武器を落とさせられれば…」
「16回命中、ダメージは7!」
「ん〜?今何かしただべか?」
「スフィア、離れろ!援護するッ!」
俺は一回に十発放てるクロスボウの引き金を引く。
「5回命中、ダメージは3!」
「さ、3ッ!?」
「私達三人の攻撃を全部足し合わせても30にもなりませんわ!」
「こ、これを600回繰り返しても倒せないのか…」
……………。
………。
…。
絶望的な展開だった。それから数回、同じような攻防が続いた。
「どォしただァ?だんだん動きが遅くなってきただべェ…」
ゴブリンエンペラーはいまだに余裕を見せている。
「クソッ!」
クロスボウを撃ち尽くしてしまった俺は石を投げつけた。
「効かないべェ、効かないべェ。屁でもねェべェ!だいたい一度に何十回と攻撃してたら体力がもつ訳ないべェ。ほゥれ、大人しくオラのセガレを産むだァ!」
「お断り、マドショット!!」
アンフルーが魔法で泥の塊をゴブリンエンペラーの顔にぶつけた。
「ぺっぺっ!泥が口に入っただ。悪い子だァ、おしおきだべェ」
ゴブリンエンペラーが顔の泥をぬぐいながらアンフルーを舌舐めずりをしながら見つめた。
「アンフルー、奴の生命力は今どのくらいだ?」
「17819」
「ついでに奴のパラメーターを教えてくれ。弱点になるかも知れん」
「筋力639…、敏捷85…、器用112…、体力812…」
「明らかにパワータイプだな」
「生命力17819…」
「キツイ…、せめて3ケタにしてくれよ」
「魔力38」
「ああ、これは低いな」
《御主人、僥倖です。この戦い、勝てるかも知れません》
「本当か!?ナビシス?」
俺は思わず問い返していた。
□
リーンとスフィアがゴブリンエンペラーを挟み打ちにするように戦っている。俺はクロスボウを撃ち尽くしていたし、アンフルーも残り魔力を気にしながらなので有効な攻撃手段はなかった。あくまでも生命力を削るのが目的ならば…であるが。
「丁度今は偃月の陣を敷いている、これを発展させれば…。よしリーン、疲れてるところを悪いが隙を見つけて奴の鼻先に迫ってくれ!!」
「分かったニャ!」
「何を悪巧みしてるだァ!?んん〜?」
ゴブリンエンペラーは金棒を両手持ちして振り下ろした。しかし、空振りし地面を強く打ちつけたのみ。足裏に振動が走った。
「ニャニャニャニャッ!!」
その棍棒を登り坂のように駆け上がりリーンがゴブリンエンペラーに肉薄する。
「今だッ!!車懸の陣ッ!!」
車懸の陣はあくまで伝説と言われている。一説には第四次川中島合戦で上杉謙信が武田信玄を強襲するのに用いた過激な戦法と言われている。
この陣は偃月の陣をさらに発展させたものと言われる事もある。半月型の偃月の陣をさらに発展させ一陣目が一撃を加えるともう既にニ陣目が次なる攻撃を加えようとしている。まるで車の車輪のように回転しなから次から次へと攻撃を加える。
しかし、この陣の真骨頂は…。
「車懸ッ!!一陣のリーンに代わりニ陣の俺ッ!!」
次の瞬間、俺とリーンの位置が入れ替わる。リーンが飛び込んでいった勢いのまま奴の鼻先に…。
「日本円ッッッッ!!!」
素手であった俺の右手に百万円の札束が現れる。
ぺしっ!!
俺は札束でゴブリンエンペラーの頬を叩いた。
「ゴブリンエンペラーの魔力に10ポイントのダメージ…」
アンフルーの声が聞こえた。
「なんだァ?紙っペラでオラのほっぺた叩い…おうっ!?」
俺の札束攻撃にゴブリンエンペラーは目を白黒させた。
ぺしっ!
「6ポイントのダメージ」
「これは札束で頬を叩くという俺の祖国にある言葉を元にした攻撃だ。これを食らうと相手は嫌でも首を縦に振らざるを得ないように精神を追い込み仕向けるものだ、商人らしく金の力でなッ!!どうだ、効くだろう。ほうれ、もう一発!」
ぺしっ!
「7ポイントのダメージ」
「どうやらこの世界では精神攻撃は魔力にダメージを与えるみたいだな。だからお前が生命力全耐性防御なんてふざけたスキルを持っていても防げるのは生命力への攻撃のみ!魔力を防御する術は無いッ!」
ぺしっ!
「8ポイントのダメージ」
「フェニックスなんとかさんも言ってたっけなあ。肉体にダメージが与えられないのなら精神の方を砕くまでだ…ってなあ。だからッ!!」
「オ、オラの体から…ち、力が抜けていく」
「ゴブリンエンペラー、お前の体から魔力が抜けて弱っているのさ。どんな奴でも魔力が無くなれば気絶、昏倒だ。お前なんかに三人をくれてやる訳にはいかないッ!くらえ、もう一発だ!」
「そ、そうはさせねェだァッ」
ガブッ!!
ゴブリンエンペラーが俺の腹に噛みつく。
「ぐあああっ!!」
コ、コイツの歯…ナイフみたいだ。それに凄い噛む力だ…。
ばあんっ!
「ぐううっ!!」
さらにゴブリンエンペラーが俺の背中を叩いた。
「キ、キノクさまぁっ!?」
「キノク」
「キノク〜!」
リーン達の声が聞こえる。俺の札束の攻撃は確か…魔力に31ポイントのダメージを与えていたっけ…。
「あ、あと一発…。日本円ッッッッッッ!!」
べしいっ!!!
俺は渾身の力を込めてゴブリンエンペラーん札束で殴りつけた。
「会心の一撃、ゴブリンエンペラーに48のダメージ!」
「あ、あんがあ〜〜…」
ずるり…。
ゴブリンエンペラーが崩れ落ちていく。俺の腹に噛みついていた力が緩む。
ずずずうううぅん………。
ゴブリンエンペラーは仰向けに倒れる、もつれるように俺も…。
「か、会心の一撃が出るなら…。最初から…出てくれよ」
俺は体の力が抜け、目の前が暗くなるのを感じていた。