第93話 迎撃!!方円の陣!!
「敵の親玉が来るニャ」
その声に俺は思わず森の奥を見た。
進軍とでも言えば良いだろうか、ゴブリン達が森の奥からまだまだ続いている。だが、リーンの言う親玉…そう言ったものの姿は見えない。
「俺には強そうなヤツがいるようには見えないんだが…」
「ゴブリンは自分達が不利だと見ればすぐに逃げ出すモンスター、それがジェネラルを討ち取られてもまだ進軍してこようとしています」
「ニャ。普通ニャらシッポ巻いて逃げ出してたっておかしくないのニャ。それがああやって来るんだから…」
「ジェネラル(将軍)より上位の存在の存在があの奥にいるって事か…。キング(王)か?グレートキング(大王)か?いずれにせよ、問題ない。俺達はグレートキングを倒した事がある」
「ニャ」
「そうですわ」
「あの時より俺達は強くなってる。スフィアの病も癒え、より万全。二匹目のキング討伐といこう。勝てるぞ!スタミナ切れだけは気をつけよう、今のうちにスタミナポーションだ」
「はい」
「ゴブリン達はジリジリ歩いて来てるのニャ、距離にして五百歩くらい」
「ポーション飲んでる時間はありそうだな。アンフルー、魔力は?」
「回復している、ばっちり」
アンフルーが大丈夫だと応じた。だが、先行きが分からない以上は少しでも手を打っておきたい。
「一応、これ舐めときな」
「蜂蜜味の飴?」
「ああ、ポーションではないが効果は多少あるだろう」
「ん…。私は開戦したらまず最初に全員の能力を底上げする。効果はだいたい三十分。それから今ゴブリン達を焼いている空堀の炎…あれがもうすぐ収まり、掘った穴が復元され元の平らな地面に戻る」
「掘った穴が時間経過で元に戻るのか。うーん、ロードラ◯ナーみたいだ」
「それが何かは分からないけど、リーンとスフィアがゴブリンに遅れを取る訳はない。だから空堀を避けてくる奴を食い止めて欲しい。そして地面が元通りになったらゴブリンは二人を避ける意味でも正面突破をしてくる。そこに再び落とし穴を作る、今度は深いやつ」
「なるほど、そこを一気に葬るのですね?アンフルーさん」
「ん」
「分かった、しばらくは攻め込まずに守勢に回ろう。その穴にゴブリン達がたくさん落ちるように。だけどアンフルー、危ない時にデカいのを一発撃つ余力は常に残しておいてくれ。敵が怯んだその隙に全員集まって部屋に戻ろう」
「ん…」
「来るニャんよ!穴の両脇、二手に分かれてくるみたいニャ」
「右をリーン、左をスフィア、俺は遊撃。アンフルー、魔法は任せた」
「フルポテンシャル(潜在能力全解放)!眠っている力を呼び覚ました」
アンフルーの魔法が全員の体を包んだ。
「方円の陣!防御、回避力が上がりスタミナ消費を抑える。迎撃だ、全員無理はするなよ」
「ニャッ」
「はい!」
リーンとスフィアが前方へ、俺はスフィアの後方に位置取りをした。アンフルーは最後方、それぞれ半径25メートルほどの円周部分に着いた。
まず動いたのはジリジリ迫って来るとはいえ、そこには多少は前後のバラツキはある。そのわずかに突出した一匹のゴブリンの喉をスフィアの槍が正確に貫く。
「体力の消費を最小限に…」
そんな呟きと共にスフィアは戦っている。リーンもまたいつものようなあちこち動くような戦いをせず、静かに敵を待ち構える。そしてゴブリンが小剣で突きかかってきたのを半身をずらしてかわすと一気に懐に入り込んだ。
「ニャ!」
そして左手で柔道のように相手の襟を掴んだ。そのままするりと背後に回る。そして後ろからゴブリンの左肩を空いている右手で抑えつけ後ろを向けないようにした。
「ギ、ギャッ!」
絞め技のような感じになっているのだろう、ゴブリンが苦しそうに呻く。そんな仲間を助けようとその周りにいたゴブリン達が仲間の背後を取り自分達には背を向けているリーンに一斉に切りかかる。
「そうするニャんね、誰だって」
そう言うとリーンは右手を相手の肩から外してさらにするりと半回転、締め上げ捕まえていたゴブリンは苦しいので身をよじる。すると今度はリーンが肩を押さえて身動き取れないようにはしていなかったのでゴブリンは左へと回転する形になる。リーンは変わらずゴブリンの背後を取っている状態のまま…。つまり、背後を取っていたリーンと締め上げられていたゴブリンの位置だけが入れ替わる。
「ギィギャアアアアッ!!」
今度こそ長い悲鳴が上がった。ゴブリンを締め上げていたリーンを攻撃し味方を助けようとしたゴブリン達…ある者は斬りかかり、またある者は刃を突き立てようとしていた。しかし、その場にいたのは助けようとした仲間のゴブリン。仲間達により滅多斬りに遭り断末魔の声を上げた。
「ギィ!?」
「ギャギャ!?」
仲間を傷つけてしまい戸惑うゴブリン達、そのスキを見逃すリーンではない。本物の猫が少し高い所に飛び乗るようにぴょんと軽やかにゴブリンに向かって跳ね、その左肩にちょこんと着地。空いている両手はゴブリンの頭をボールを持つように掴んでいる。
人間よりひとまわり小柄なゴブリン、ややもするとリーンとは同じくらいの体格だ。そのゴブリンの肩に乗るなんて信じられないほどの身軽さとバランス感覚だ。
くるり。
その両手で掴んだゴブリンの頭部を起点にリーンが体操の競技種目で言う所の鞍馬のように回った。
ごきいっ!!
なんとも分かりやすい、骨の鳴る音。
「ご、ゴブリンが…」
俺は驚きの声を洩らした。顔というのは本来は前を向いているものだ。しかし今は…。
「ま、真後ろに向いている…」
ゴブリンは驚きに満ちた表情のまま首を捻じられていた。その瞳にはすでに意思の光は無い。
ぴょんっ!
リーンが回転の勢いのまま跳ねた、すぐ近くにいた他のゴブリンの肩に乗る。まるで庭の飛び石を渡るようにひょいひょいと…。
ごきいっ!ごきいっ!ごきいっ!
ゴブリン達の首の骨の音がなる。
「さすがリーンさん。ご自分の体捌きだけで余計な力をかけずに屠るなんて。これはわたくしも負けてられませんわね」
スフィアが腰を落とし、ピタリと動きを止めた。すう…、ひとつ大きく息を吸った。そこにゴブリン達が押し寄せる、スフィアは顔を動かさず視線だけを左右に走らせた。
「ロックオン(標的補足)!」
次の瞬間、スフィアの手元が鮮やかに動き無数の突きが繰り出される。そして次の瞬間には喉から血を吹き出しながら崩れ落ちるゴブリン達。
「うーん、スフィア凄いニャ。一瞬で敵全員の位置を見極めて一歩も動かずそこに正確に突きを繰り出す…。アレはボクには出来そうにはないニャんね。動いてないと体がウズウズするニャ」
俺はリーンを大きく迂回して近づこうとしたゴブリンを狙撃する。危なげなく敵を足止めに成功していた。
「火が消えたニャ」
「もうすぐ地面の穴が元に戻る。二人ともゆっくり後退いてくれ」
俺の声に応じてゆっくり後退を始めた二人、その強さと倒された仲間の死体に邪魔され進軍のスピードは遅い。そして開戦直後にアンフルーによって生み出された穴が元通りの平坦な地面に戻った。両端に展開していたゴブリン達、中にはそのリーダー的なホブゴブリン、さらには後から次々と続いてくるゴブリン達が合流し正面に集まりつつある。
左右両翼にいたリーンとスフィアはゆっくりと後退しながら互いの距離を詰め始める。今度はサッカーで言うところのツートップの位置につける。俺も前方に進みトップ下の位置につけた。
先程までリーンとスフィアに手痛い目に合わせれていたゴブリン達だが、仲間の数を頼りに勢いを取り戻す。集団になると気が大きくなるのは人間もゴブリンも同じようだ。
ギャアギャアと奇声を上げゴブリン達が押し寄せ始めた。
「来るニャんよッ!!」
「俺が仕掛ける!」
俺は新たに手に入れたクロスボウ、連弩タイプと言われる一回で割り箸ほどの短い矢を一度に十発撃ち出すもので射撃した。撃つというよりはまき散らすといった方が正確かも知れない。狙いを付けず撃ち出したがゴブリン達は密集していた。それが災いし全矢命中、ゴブリン達が倒れる。
リーンが続いて飛び出し、突出してきた一体をサッカーボールのように蹴飛ばすと後ろにいたゴブリン達を巻き込んだ。一方でスフィアは…。
「少々手荒く致しますわよッ!!」
スッとゴブリンに近づくとしゃがみ込みながらクルリと回る。勢いをつけながらゴブリンの一体を突くと、回転の勢いを殺さぬまま今度は立ち上がる。膝の力を使って槍に刺さったままのゴブリンが螺旋階段を登るように高々と持ち上がる。
「やあっ!!」
スフィアは頭上に持ち上げたゴブリンが刺さった槍を振り下ろした。貫かれたゴブリンが槍から抜け後続にぶち当たる。わずかに敵の勢いが削がれる。
「お待たせ…」
アンフルーの声が頭に響いた。その意図するところを悟り俺達は後ろに飛び退る。
「巨大い………、ピットフォール(落とし穴)じゃ!!」