第89話 冷たく甘いソフトクリームと、プルチン達には甘くない現実(ざまあ回)
「スヤァ………、ふみゅ!?」
よく寝ていたリーンが眠りから覚め薄目を開けた。そしてパチリと目を開けた。
「カレーだニャ!」
「おう、リーン。目が覚めたか」
俺はちゃぶ台の真ん中に鍋敷きを置いて温めたカレー鍋を置いた。
「あれ?何か変わった具が入って…」
「ああ、少し具を加えたんだ」
そんな会話をしているとスフィアとアンフルーが起きてきた。
「キノクさま、おはようございますですわ」
「…ん、キノク…」
「朝食の用意が出来てる、三人とも顔を洗ってこい。戻ってきたら朝食にしよう」
……………。
………。
…。
一方でひどい大雨の中、屋外で一夜を明かした四人はと言うと…。
「お、おい、やっと朝だな…」
「そ、そーね。ずっとひどい大雨だし、止んだかと思えばまたすぐ降ってくるし」
「むう、すっかり服も荷物も濡れてしまった…」
「ま、まあ固パンが柔らかくなりましたし、干し肉も…」
屋外にいた四人はロクに睡眠も取れず疲労困憊、服も荷物も食料もすっかり水浸し。そんな時だった、キノクが作ったカレーの香りが漂い始めたのは…。
「こ、これはッ!?」
「あのニオイですわ!」
雨に打たれ柔らかくなった…、というよりふやけてグシャグシャになった昨日までは固パンだった物とこれまた雨に濡れた干し肉…それしか口に出来ない四人には破壊力抜群の香り。
「ニャ〜!これは海産物ニャ!ねえねえ、キノク〜!コレなんて料理ニャ?」
「ああ、シーフードカレーだ」
「すっごく美味しいニャ〜!!」
リーンの喜ぶ声がカレーの香りと共にプルチン達の元にも届く。
「ヘッ!!か、海産物だって?ど、どうせカチカチの干物なンだろうがッ!?」
「そ、そーよ。このアブクソムは海から遠く離れた内陸に位置するんだから質の良い魚なんて手に入る訳ないんだし!」
プルチンとウナが毒づく。
「これは本当に素晴らしいですわ、とても新鮮な魚介類…」
「な、なにィッ!?」
聞こえてくるスフィアの声にプルチンが思わず声を出す。
「おっ、スフィア。これの良さを分かってくれるか」
「はい、わたくしの生まれ育ったゴルヴィエル領でも海産物は産しますし…」
「ゴルヴィエル領は内陸…。海産物を産するのはどうして?」
「アンフルーさんの疑問はもっともですわ、確かに我がゴルヴィエル領は海に接してはいません。しかし、学者の話によると大昔は今よりも海岸線は内陸にあったそうで…。だんだんと土地が隆起して海岸線はどんどん後退していきました。しかし、盆地のような所に海水が残ったそうで塩湖となりました。丁度そこは岩塩を含む地層があり今の時代になっても海水とそう変わらない塩気を含む湖として残ったのですわ」
「そうか、それが内陸でありながら海産物が取れる理由か。塩分濃度が以降の時代になっても適切に保たれ、それが今の時代になっても海の生き物が生存出来た訳か…」
「さすがキノクさま、博識ですのね。学者も同じ事を申しておりました。そしてこの具材も紛れもなく一級品ですわ」
「ニャ〜!この料理にもボクまっしぐらニャ!」
「まあ、ゆっくり食べようぜ。この雨は昼前くらいまで続く。出発はそれからだ」
……………。
………。
…。
それからおよそ四時間が過ぎた。
先程まで激しく降っていた雨は嘘のように止み、太陽の光が森の中に燦々(さんさん)と降り注ぐ。日本で言えば台風一過というやつか、風だけは強く吹き昨夜の暴風雨の名残を残している。
俺達は自室から森に戻った。ずぶ濡れの四人が昨日と同じ場所にいる。
「お、おはようございます。スフィア様ッ!」
プルチンが開口一番、スフィアの姿を見てそう言った。俺の方には見向きもしない。
「俺達四人、この通りずっとこの場でお出ましを待っておりました。あの暴風雨の中をッ!!」
スフィアがその言に応じようとしたが、隣に立つ俺が片手を上げた。スフィアはそれを見て口を開くのをやめた。
「いやあ、良かった。あの嵐のような雨の中で…」
「あン?」
怪訝そうにプルチンがこちらを見た。
「貴族は野営においても優雅に過ごす…、だったっけか?どうやら新しく買い付けた貴族御用達の毛布でも雨風は避けられなかったようだ」
「ぐっ!」
「スフィア、昨夜の宿泊はどうだった?」
「はい、キノクさま。食事も入浴も快適な寝具まで…、何から何まで素敵でしたわ」
「そうか、満足してくれたみたいで良かったよ。こいつらに野営を任せたら大事なスフィアに風邪でもひかす所だった」
「まあ、キノクさま…」
スフィアが顔を赤らめた。
「ねえねえ、キノク〜。そろそろ行こうニャ」
「ん、時間は有限」
「そうだな、行くか」
俺達四人は移動を始めた。
「い、行くぞッ!!」
プルチンは吐き捨てるように言って先に立って歩き出した。ハッサムら三人が追う。どうやらこの一晩で少しは意趣返しが出来たようだ。
□
移動を再開すると元気いっぱいの俺達に対し、プルチンら四人の士気は上がらない。特にプルチンは一目で分かるくらいに不機嫌である。
二時間程歩いて昼食がてら休憩をとった。日当たりの良い場所では地面も乾き始めているが直接座っては尻が濡れる。丁度良い岩場があったのでそこに腰掛ける事にする。なぜだかプルチン達は岩に座る事をせず地べたに座った。
「ニャ〜!お肉とこれはチーズかニャ?」
小柄なリーンは最近、俺の膝の上が定位置らしく座りながらレトルト食品のハンバーグを食パンに挟んだ物にかぶりついている。なんちゃってチーズバーガーだ。
「これはソースが絶品ですわ。そういえばキノクさまと初めて一緒に作っていただいたのもこの肉料理でしたわ」
「そうだったな」
「野営の食事は固いパンと干し肉程度のもの、キノクと会ってから食生活が変わった」
「俺も生活が一変したよ。やはり持つべきものは互いに力を合わせられる仲間だな。だからこそ商人の俺も生き延びる事が出来て良い物が食う事ができ、稼ぐ事も出来る」
「そうなのですか?」
「ああ、前は酷いもんだった。分け前に銅貨一枚さえよこさない最低の奴らだったよ。確かプルチンとかいう名前だったな、貴族の生まれを鼻にかけた四人組で」
「まあ、あそこにいる人と同じ名前…」
「そうだな、だが人違いかも知れないぞ。貴族サマともあろう方があんな雨に濡れたグチャグチャのパンを食べる筈が無い。とんだ偽貴族かも知れない、身なりもずぶ濡れだし泥まみれ…スラムの住民と似たようなもんだ。貴族の名を騙る食わせ者かも知れんぞ?」
「「「「…………ッ!?」」」」
俺の発言に奴らの体は面白いくらいに反応する。
「なあ、お前らじゃないよな?プルチン、ウナ、ハッサム、マリアントワ、同じ名前だったが奴ら身綺麗にしてたし。物乞い同然のその身なり、浮浪者みたいなお前らが貴族な訳がなあ。貴族家の高貴な御方がそんな雨に濡れたであろうみじめなパンを食べる筈がない、その程度の誇りぐらいあるだろう。あれじゃ雨の日に道端に捨てられている濡れたパンをあさる乞食だな」
「ぐぐぐっ!!」
「さて行こう。また二時間くらい歩いたら休憩用に冷たい菓子を用意してある」
「ニャ!?冷たいお菓子ッ!!」
「ああ、期待して良いぞ。もうすぐ風がおさまる、するとこの強い日差しに長いこと降った雨で一気に蒸し暑くなるだろうからな」
……………。
………。
…。
昼食からおよそ二時間、果たして俺の言った通り風は止み強い日差しだけが残った。先程まで風が強かったのでそこまで蒸し暑さは感じなかった。
しかし風が止んでみるとそれが嫌でも体感させられる。
「少し休もう。暑い中、歩き続けるのは必要以上に体力を消耗するからな」
暑さにやられたかプルチン達は早くも地べたに座り革の水袋から水を注いでいる。
「ぐっ、臭え。ドブみてえな匂いがしやがる」
プルチンは顔を顰めて呟く。不快な臭いに他の三人も顔を顰めている。そうだろうな、水道水と違って消毒されていない水なんだから微生物などが増えていく。ましてや加熱とかもせずにいたんだ、当然の結果だろう。
「アンフルー、朝教えたアレを四つ取り出してくれ」
「ん、分かった。キノクがはいてた『とらんくす』を…」
「違う、ソフトクリームだ」
「冗談」
「マジな顔で言うな」
そんなやりとりをしつつ部屋から転送されてきたのはやや小ぶりなソフトクリームが四つ。
「甘いニャ〜!冷たいニャ〜!」
「美味しい、蒸し暑い日にこれは最高ですわ」
「ミルクの風味…。まったりとしていてそれでいてしつこくなく、空気を含ませつつ凍らせているからこの柔らかな口当たりを…」
「甘い物は疲れを取るからな、もうひと踏ん張りするのに丁度良いだろう」
俺達がソフトクリームを楽しんでいるとプルチンがやってきた。
「おいっ!それを寄越せ、俺達も食ってやる!」
なんだ、コイツ。プルチンを一瞥すると後ろには他の三人もいる。
「お前は昨日自分が言った事を覚えてないのか?別にするんだろ、食事その他を。それにお前達はスフィアに勝手について来ているだけだろう。そんな奴に分けてやる理由はない」
「分けるンじゃねえ!献上するンだよ、どうか食べて下さいってな」
「やなこった」
「こっ、こいつッ!」
「お止めなさい!あなたは盗人ですかッ!?」
スフィアがピシャリと言い放った。
「聞いていれば勝手な事ばかり。やはりあなた方の同行を認めるべきではありません、帰りなさいッ!司祭様には後でわたくしから事情を説明する事にしましょう」
「い、いや、それは…。わ、分かりましたッ。二度と言いませンので帰れというのだけはッ!?」
「ならば改めなさい。そして謝罪を…」
「静かにするニャ!」
リーンが鋭く言った。
「身を低くするニャ。…ゴブリンだニャ…」
リーンが指差した先…、森の奥にチラリとその姿が見えた。
「あの動き…まだこちらには気づいていないみたいだな。こちらがわずかに風下…ニオイで気付かれる事は無さそうだ。やり過ごそう」
俺がそう言うと仲間達は頷いた。しかし、そうしない馬鹿がいた。
「ゴブリン〜?やるぞっ、お前ら!」
プルチンが剣を抜いた。あれ?いつの間にか片手剣だ、今気づいたのだが自慢していたいつもの大剣ではなくなっている。
「おい、馬鹿やめろ。奴ら、仲間がいるかも知れない」
「ヘッ、何ビビってンだよオッ!仲間がいてもまとめて殺っちまえば良いンだよ!」
そう言ってプルチンが駆け出していく。他の三人もそれに続いた。
「姫様に良いトコ見せンだよおッ!ゴブリン、死ねえっ!!」
プルチンは駆け出した勢いそのままゴブリンに切りつけた。不意をつかれたゴブリンの胸元を切り倒され地面に転がる、そこをハッサムが踏み付けるようにして追い討ちする。だが出血こそあるがゴブリンは絶命には至らず苦しそうな悲鳴を上げた。
「ギィギャッ!」
「ギャッ!ギャッ!!」
森の奥から不快な鳴き声のようなものとガサガサと木の枝などを揺らす音が近づいてくる。
「ギャワッ!」
奥の茂みからゴブリンが飛び出してくる。それを迎え討とうとするがプルチン達は手こずり一匹も倒せないまま増援だけが増えていく。
「何をやってるニャー!!」
こちらに近づいてきた一匹のゴブリンを電光石火の動きで蹴り倒しながらリーンが叫んだ。
「これが皇都でも名の知れたと言うパーティの戦力ですの?何かの間違いでなくって?」
違う方向からやってきたゴブリンをスフィアは最小限の動きで突き伏せる。
「キノク!!」
アンフルーが俺の足元に自室に置いていたクロスボウを五挺取り寄せた。
「か、囲まれるッ!ヒイイッ!」
勢いよく突っ込んだもののまともにゴブリンを倒せないでいるプルチン達が悲鳴を上げた。森の奥からはさらにゴブリン達の押し寄せる気配が近づいていた。