第88話 カレーの美味しさを音声と香りでお楽しみ下さい(ざまあ回)
ざあああああッ!!
日は沈み暗くなった森の中、プルチン達四人は大木にへばり付くように立っていた。時折吹く強い風、日中は蒸し暑かったのに今は肌寒くさえ感じる。日本のテレビで放送される天気予報に出演する気象予報士ならきっとこう言うだろう。
『上空には冷たい空気が流れ込み、大気は大変不安定な状態になります。場所によっては雷や突風を伴い強く降るでしょう』
……………。
………。
…。
「ク、クソッ!なんだよ、昼間はあんなに晴れてたじゃねえかよッ!」
「あ、あの役立たずの言った通りになるなんて!」
冷たい雨と風に体は濡れ、そして冷えていく。焚き火はとうの昔に消えていて先程吹いた突風で鍋も飛ばされていた。しかし、不幸中の幸いか三十分ほどで強い雨は収まり小雨程度の強さになった。強い風が時折吹くので寒さはあるが、大木の下にいれば上の方にある葉っぱが屋根代わりになる。おかげで雨に打たれる事はなくなった。
「木の枝が濡れて火がつかないんですけどー」
ウナが不満気に言った。
「チッ、それじゃ湯を沸かして体を拭く事も出来ねえ」
プルチンが吐き捨てるように言った。
「いや、それよりも干し肉を茹でる事も出来ん」
「確かに、今回買ったのは塊肉を干した物でしたわね…」
プルチン達の所持していた干し肉、言っていた通りやや高級な物を買った。肉を塩漬けし天日で干して作るものだが、当然ながら水分が抜け生肉の時の三分の一近くまで体積が減る。それだけ凝縮された訳だが、その分硬さも増す。また、塊肉のままではとても塩辛くそのままでは食べられた物ではない。水に浸け塩抜きするなり煮てしまってスープにするなりの一手間が必要だった。
安物の干し肉なら…四人はそう考えていた。切れ端の肉を干した物…、それなら口に入れている間に唾液で柔らかくもなる。また、比較的高価な塩を最低限しか使っていないのでそこまで塩辛くはない。それなら少し我慢をすれば口に入れてられる。
しかしながら、空腹には勝てずプルチンは手持ちの鉈で干し肉を強引に砕き四人はそれを口にした。とんでもない塩分濃度、四人は口内に滲み出る塩分を吐き出しながらスルメを噛むように干し肉をしゃぶる。
「ま、まあよ、たまにはこういう事もあらァな。だけど、考えてもみろよ。奴らロクに荷物も持ってなかった、食事の用意なンてある訳ねえ!」
「う、うむ。そうであるな」
「だよねー」
「それに対して私達はこうして高級肉を…」
その時だった。急に鼻腔をくすぐる刺激的なニオイがし始めたのは…。
□
俺は炊事場の換気扇のスイッチを入れた。
そこに風呂から出た三人がやってくる。
「キノク〜、良いお湯だったニャ〜」
「おっ、リーン。今日は薔薇の香りのボディソープか」
ピョンと飛びついてきたリーンを受け止める。
「そうニャ!…あっ、キノクはその茶色の塊をどうするのニャ?」
「こうするのさ」
俺は鍋の火を弱め砕いたカレールーを鍋に入れた。焦げ付かないようにかき回しながらルーを溶かしていく。
「ニャ〜!!良いニオイにゃ、すごく刺激的な香辛料のニオイニャ!」
「ん、蜂蜜と何かの果実の香りもする…」
「複雑な香りですわ。これはとても一つや二つの香辛料ではありませんわ。十や二十は香辛料を使っていますわね」
「ああ、味だけでなく風味付けに二十五種類の香辛料と蜂蜜、それと寒い所で収穫できる甘酸っぱさが特徴の果物を使ってるんだ」
「そうなるとこの一つの鍋でいったいいくらかかるか分からないのニャ!香辛料も蜂蜜も果物もみぃ〜んな高値で取引される物ニャんよ!」
「気にするな、俺が作りたかっただけだ。さあ食べようぜ」
……………。
………。
…。
「ニャー、とんでもない美味しさニャ!」
「ええ、このふわふわのろーるぱんも素晴らしいですわ。柔らかくてほのかな甘みが…。この一皿で数万ゼニーしてもおかしくない味ですわ!」
「蜂蜜、果物、うまうま」
三人娘が美味しそうにカレーを食べている。
「あれ?キノク〜、それおこめっていう穀物ニャね?」
俺はパンではなくカレーライスにして食べていた。
「ああ、そうだぞ。俺はこれが好きでな」
リーンが四つん這いの姿勢で胡座をかいて座る俺の膝の上に上半身を預けてきた。
「ニャ〜」
「ん、一口欲しいのか」
俺の問いかけにリーンはジッとこちらを見た。まるで本当の猫のようだ。試しにリーンの口元へカレーライスを乗せたスプーンを持って行くと…。
ぱくっ!
リーンが素早く食いついた。
「美味しいのニャ!カレーはパンにもおこめにも合う万能料理なのニャ!」
「私も…」
「わ、わたくしも…」
アンフルー、スフィアもやってくる。
「ああ分かった、順番な。それと、明日の朝はカレーライスにしよう」
□
しょっぱ過ぎる干し肉、手にした固パンは保存の為に文字通り固い。
「こ、香辛料…だと!?」
「ぬ、ぬううっ!なんたる腹が減る香りか…」
「や、柔らかでフワフワのパン…?」
「わ、私達はこんな干からびたニオイのする固いパンと塩辛い干し肉を食べてますのに…」
愕然とする四人。そこにさらなる追い打ちが二つ。
ざああああっ!!
びゅうんっ!!
再び大粒の雨、強い風。大木にしがみつくように四人は再び集まる。
「それにしてもキノクのご飯はいつも温かいし美味しいし最高ニャ!」
「ありがとな、だけど…」
「だけど?」
アンフルーが小首を傾げる。
「あっちは貴族サマだろ?良いモノ食ってんじゃないのか?俺のカレーが一皿数万ゼニーなら…そうだな、一食百万ゼニーくらいするような…」
「一般的には干し肉ならいくら高くても一食で千ゼニーくらい」
「あ、そう。なんだ、アイツら大した事ないんだな」
「「「「……………ッ!?」」」」
雨に打たれながらプルチン達は固いパンと塩辛い干し肉を口にしていた。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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雨がやんだ後に移動を再開した一行。
天候は回復したものの前日からの雨により湿気が多く蒸し暑い。
そんな中、キノクは仲間達の為に冷たく甘いあのお菓子を用意する。
みんな大喜びだ!もちろん、プルチン達にはあげないよ。
次回、第89話。
『冷たく甘いソフトクリームと、プルチン達には甘くない現実』
ざまあ回ですよ、お楽しみに。




