第86話 不本意な謝罪をする四人(ざまあ回)
「せ、正式に謝罪いたす。これまでの事…ゆ、ゆ、許してくれい…」
「あ、あーしも…」
「わ、わた…私は…そんなつも…つもりではなかったのですが…、悪い点があったなら…あ、謝りますわ」
冒険者パーティ高貴なる血統の四人ハッサム、ウナ、マリアントワは嫌々としながらも頭を下げた。しかし、なかなか頭を下げられない奴が一人いる。
「ぐ、ぐぎぎ…」
パーティのリーダー、プルチンである。確かコイツは事ある毎に貴族の…子爵家の出自を鼻にかけていたから、平民の…というかこの帝国民の出身ですらない俺に頭を下げるなど耐えがたき屈辱といったところだろうか。
…よし、少し仕返しをさせてもらうとしよう。
「プルチンよお?普段は自分が鼻にかけてる貴族って身分の気高さが分かってないんじゃないか?自らが吐き出す言葉に責任を持てよ、責任を。それとも自分が勝手に自称しているだけのニセ貴族か?それじゃあしょうがないよなあ?卑しい出自のプルチン君?」
俺はわざと嫌味ったらしく言ってやった。
「ぐ、ぐ、ぐ…」
「認めるなら赦してやるよ、その代わり自分は卑しい身分の生まれですとハッキリ言え。それなら寛大な対応をしようじゃないか」
「貴族というのは真っ赤な嘘だったのですか?するとこの護衛の申し出、悪意があると断じざるを得ませんわ」
「い、いえ!ち、違うンです」
「何が違うというのですか?」
「わ、分かりました。しゃ、謝罪しますンで!だから同行をッ!」
プルチンはスフィアにそう言うと俺に向き直った。
「ん、ぐぐ…。わ、悪かった。役立たずだの無能だの言って」
こちらに体を向けたが俺と視線は合わせないプルチンは若干首を横に曲げる。ああ、なるほどな…こちらに頭を下げたくないという事か。
「頭が高いんだなあ、ずいぶんと…」
「なっ!?」
「スフィア、コイツら必要?」
「わたくしは別に…」
「じゃあ引き取ってもらうか」
「わ、分かった!この通りだ」
ようやくプルチンが頭を下げた。
「まったく、始めからそうすれば良いんだよ、理解が遅くて困る。お前が無能と蔑んだ俺でさえ分かる事なのに…、ああ子爵家の生まれだっけ?子爵家とはずいぶんと知的水準が低いんだな。なあ、アンフルー…無能より駄目な存在って何て言うんだ?」
「…さあ?」
「なるほど、博識なアンフルーでも言葉にも出来ないくらいの存在か。仕方ない、そんな可哀想な頭をしているプルチン君には難しい話だったかも知れないな。だから赦してやる事にしよう….今日の暴言に関してはな」
「くっ!おい行くぞ、お前ら!」
プルチンはすぐさま下げていた頭を上げ街道を歩き始めた。
□
「もうすぐ日没ニャね」
夕暮れが近づいてきた頃、リーンが口を開いた。あれからプルチンはこちらには何も言ってこない。こちらとしては良い事だが不機嫌なのが一目で分かる。道端の小石や植物の蔓を蹴ったり引きちぎったり、あまり見ていて気持ちの良いものではない。
「夜営にするぞ」
プルチンがハッサムに向かって言った後、スフィアに向き直った。
「日が暮れた後の移動は控えましょう。…ささ、あの開けた所へ…。あのハッサムは剛力無双、あの背負った大きな荷には急いで買い込んだ保存食や、街の井戸で汲んだ水を革袋にいれてありますンで!」
そう言ってプルチンはハッサムが背中から下ろした大きな担ぎ袋から革袋を取り出し、同じく取り出した木製のコップに注ごうとした。
「おい、待て。それをそのまま注ぐつもりか?」
俺はすぐに止めた。
「そうだよ!邪魔すンじゃねえっ!」
プルチンが鼻息荒く応じた。
「こりゃあ神殿の外の一番近くにあった井戸の水だ!だからそのまま飲ンでもらうンだよ!」
「その心がけは良いが、スフィアに飲ませるには適切ではない。だから…」
「だから、じゃねえっ!!…はは〜ん、分かったぞ。テメェこの水が欲しいんだな?」
「はあ?」
「見りゃあ分かる。お前達は軽装過ぎだ、ロクに荷物もありゃしねえ。だから水も食料もない、違うか?」
「そうじゃない、お前が街中の共同井戸の水を汲んだんだろう。だが、あれは街の地面の下を水道を通して地下の貯水升に溜めているだけだ。井戸水と言っても正体は川から引いてきた水だ。お前は川の水をスフィアにそのまま飲ませるつもりか!?」
「ヘッ、デタラメこきやがって!正直に言えよ、水も食料もないから欲しいってよ!だが、くれてやらねえぞ!これはな、公爵家のスフィア様、そして貴族の家に生まれた俺達が貴族の貴族による貴族の為の生活をする為の物だッ、貴族の優雅のなあ!だから、テメェらに分け与える物なンて水の一滴もねえ!干し肉のひとかけらもな!」
「ほう…?」
「良い機会だ、ハッキリ言っとく!」
プルチンはこちらを指差した。
「なんだ?」
「俺達テメェらは違うンだよォォッ!貴族様なンだッ、だから線引きだッ!これから互いに別々の過ごし方をするンだッ!俺達はこっちで優雅に過ごす、テメェらはその辺の草でもむしって食ってれば良いんだっ!」
「うむ、確かに我が苦労して背負ってきた物を何もせんお前達にくれてやる気はない」
「そーね、毛布とかも人数分しかないし…」
「スフィア様が同行人とおっしゃるから何も言いませんが、本来なら目障りだと追い散らすところですわ」
プルチンに続いて三馬鹿も口々にそう言ってきた。
「そうか、それならこちらもお前達を気にかけないようにしよう。…ところで、スフィア」
「はい、キノクさま」
「スフィアはどうする?あと一時間もしないうちにここらは雨になるぞ。湿り気を帯びた風が西から流れて来ている、断続的に雨が降ったりやんだりしそうだな。これでは満足に焚き火も出来んぞ」
「まあ、それは…」
「どうする?こんなところじゃ藪蚊が気になっておちおち眠れんぞ。もっとも雨で煮炊きも満足に出来ず木の根本にでも立って過ごすしかなくなるぞ。こっちに来るか?」
「は、はい…」
「お、お待ちをスフィア様ッ!雨が降るだって?しかもその降り方までどうして分かると言うんだっ!」
「俺のスキルだ。俺は野外活動を得意とする」
「な、何を馬鹿な…」
「くんくん…、本当ニャ。湿り気のあるニオイがし始めたのニャ」
「そ、そんなのデタラメだっ!ス、スフィア様、だまされちゃいけませンぜ!さあ、こちらへ!上物の干し肉を仕入れやしたッ。そいつらが用意出来る干し肉なンざ何の肉を使ったか分からないようなモンに決まってますぜ!」
「スフィア、来い」
「はいっ」
スフィアがこちらに来た。
「元々わたくしはキノクさま達と共に領に戻るつもりでおりました。それゆえキノクさまにご厄介になろうと思います」
「な、なンだと…」
「そういう訳だ。それと、互いの過ごし方は別々で…だったな。こちらはこちらの身の丈にあった暮らしをさせてもらうよ。貴族でも、ましてや冒険者ですらない質素な生活をな」
「へっ、拾い食いでもしようってのか!?」
プルチンは忘れていた、キノクが数億ゼニーの資産を持っていた事を…。
「どうでも良いよ。んじゃ、行くか。リーン、アンフルー」
「ニャッ」
「…ん」
リーンは俺の背中におぶさるように飛びつき、アンフルーは俺に寄り添った。次の瞬間、俺達は自分の部屋に転移した。
そして後には…。
「き、消えたッ!!」
驚き目を丸くしている高貴なる血統の四人がいるだけであった。
□
「キノク〜、何を作るのニャ?」
調理場で野菜を切りながらリーンが尋ねてきた。
「ああ、カレーと言ってな。俺の故郷で人気の料理だ」
「…くんくん。その茶色いのから色々な香辛料のニオイがするニャ」
「香辛料?胡椒のような?しかし、色々とは…」
スフィアが何やら考えている。
「胡椒ひとつぶ、黄金ひとつぶ。童歌にもなるくらい高価な品の代名詞ですわ。それを胡椒以外にも使った品とは…」
「まあ、作り方自体は簡単だ。ササッと作ってしまおう」
《御主人…》
ん、どうしたナビシス?
俺は頭に響いてきた声に応じた。
《10万ゼニー投資していただけませんか?良い機能をこの拠点に加えたいのですが…。今のヤツらにちょっとした仕返し、嫌がらせが出来ますよ》
ほう、それは?
俺が聞くとナビシスは新たな機能について説明を始めた。
面白い!ナビシス、やってくれ!
《かしこまりました、御主人》
そう言うとナビシスの気配が消えていった。
「さて、そうと分かれば…」
俺はリーン達に向き直った。
「さあ、派手にいくか!旅の途中だからって遠慮はいらん。美味しい物は食べたいもんな!」
「ニャ〜」
俺の声に女子三人が嬉しそうに応じた。