第82話 売らない理由(ざまあ回)
「まず第一に冒険者ギルドに売りたくない」
俺は人差し指を一本立てながら話を続けた。
「そりゃそうだよなあ。ロクな事がなかったよ、ギルドにいた時は…。ロクにひとかけらのパンも買えない、パーティからも周りからも…受付のお前からも馬鹿にされた。そんな所の儲けにつながる価値ある品をどうして売りたいと考える?馬鹿でも分かる事だろう」
俺は周りを見回しながら言った。中にいる全ての者がこちらを見ていた。
「第二に…」
俺は人差し指に中指も加え二本指を立てた。
「俺は冒険者証を破壊されすでに冒険者ではない。そうなると物を売るのに手数料かかるよな?二割だったか、それを取られるのは腹立たしい。本来なら俺は冒険者ギルドに加入してたんだぜ、手数料を取られるいわれも無かった訳だよな」
「で、でも売らないと金にならないじゃん!?売りなよ、ほら!持ってたって金がなかったら食べてけないじゃん!マジ、売って金にしなよ」
パミチョは身振り手振りまで交えて力説する。
「そして売りたくない第三の理由…」
俺は三本目、薬指を立てた。
「それはお前だよ」
「あ、私?」
「そうだ。なあ…それにしても随分と必死だよな、厚塗り。売れ売れってさ…」
ククク…、俺はわざとらしく喉の奥で笑ってみせる。
「そりゃ必死にもなるよなあ?なんたって…」
俺は少しばかりもったいつけて言ってやる事にした。
「冒険者以外の者がギルドでの売却をした場合、案内というかそれを担当した者に少し手当がつくんだよな。たしか百分の一だったか?」
つまり1パーセント、それがパミチョの懐に入る事になる。
「お前は散々ボヤいてたもんなあ?そこらへんの奴が何か売りに来たのをわざわざ受付から出て案内してもせいぜい数十ゼニーが良いトコだ…ってな」
逆に高値がつけば…、もっとも高価な素材などは冒険者が持ってくる。しかしギルドに加入している冒険者からは素材の売却の手数料は取れないから手当は発生しない。
「つまりこういう事だよな。さっきの評価額は8億以上、売れたとすればその百分の一だから最低でもお前には800万ゼニーが手に入る事になる。そりゃお前の稼ぎの何ヶ月分…いや何年分だ?四年…違うな五年はかかるか、800万ゼニーともなればな」
パミチョは俺が五年と言ったところでピクリと反応した。なるほど、派手な格好できるだけの事はある。世間一般の収入よりやや多いようだ。
「それがほんの一時で手に入る…、そりゃあ売らせたいよな。だから俺は売りたくない、少しでもお前の収入になるなら….それこそ1ゼニーとてくれてやるつもりはない」
「じゃ、じゃあ、アタシが!!」
「ちょ、ちょっとポヨキユ!?」
他の受付嬢が客を放ったらかしにしてこちらにやってくる。これまたパミチョと似たようなケバケバしい女だ。どうしてこのギルドは似たような者しかいないのだろうか。
「同じ事だ。お前も俺を馬鹿にして笑っていただろう。1ゼニーとてくれてやるつもりはない。…残念だったなあ、お前が冒険者証をへし折ってなければ個人的に手当は入らなくとも冒険者ギルドは仕入れたモンを売れば利益が出る。…仮に二割の儲けが出れば1億6千万以上の儲けだ。少しは出たんじゃないか、金一封が…。お前だけじゃなく、他の連中にも…。あるいはここにいる冒険者にも酒の一杯も振る舞われたかも知れないなあ?…誰かさんのせいでそれもオジャンだ、可哀想な事だなあ」
もちろんこれは何の根拠も無い、しかし聞いている奴らはそんな事は考えもしない。金がもらえたかも知れない…、酒が振る舞われたかも知れない…そう思うと他の受付嬢も冒険者達も冷めた目でパミチョを見た。…もっともパミチョだけのせいではないのだが。
「な、何よ!?その目、ア、アンタ達だって同じでしょ!コイツを笑ったり馬鹿にしたからギルドにムカついてるんじゃん」
そうは言うものの他の奴は他の奴で責任を認めるつもりはないらしい。互いに売り言葉に買い言葉、醜い言い争いが始まった。
「さてと、帰るか」
「ん…」
心得たものでアンフルーがインビジビリティ(姿隠し)の魔法を使う。誰の目にも留まらなくなったスキに開け放たれた出入り口から俺達は外に出た。少し離れた所まで歩くとアンフルーは魔法を解除した。互いの姿が見える。
「ねえねえキノク〜?」
「どうした?リーン」
「キノクはどうして冒険者ギルドに行ったニャ?」
「嫌がらせさ」
「嫌がらせ?」
右隣のアンフルーが聞いてきた、いつの間にか俺の腕に自らの腕を絡めていた。
「意趣返しってやつかな。今まで散々煮え湯を飲まされてきたんだ、少しくらいやり返さないとな。あいにく俺は他人を笑顔で許してやれるほど出来た男ではないのでな」
夕暮れまであと少し…、ただ現金化はしておきたいな。俺はそんな事を考えていた。




