第80話 もうどうにも止まらない(後編)
「き、消えた!?」
「姿も、声も…」
商人達が慌てふためく。その間に俺達は販売スペースから右隣へのスペースへと動く、加工した一斗缶で川魚な燻製を作っていた位置だ。アンフルーの魔法の効果は絶大で俺達の動きを目で追えている商人達はいない。
「こ、ここにいたのに…」
先程まで俺達がいた位置にに商人達が入ってきた。あたりをキョロキョロ、ウロウロと動き回る。右隣のスペースに移動したこちらにも歩き回りそうな雰囲気だ。
この姿隠しの魔法は視覚や聴覚、さらには嗅覚などこちらの存在を知覚出来るものを隠蔽出来るというもの。しかし、相手に触れてしまうと話は別だ。相手に気付かれた瞬間にこの魔法の効果は解けてしまう。
「よし、家に戻るぞ」
俺はリーン達三人が体につかまっているのを確認すると、自宅に向かって転移する事にした。
……………。
………。
…。
「オフトゥンッ!!」
ずざあっ!!
家に帰って来るなりいそいそと布団を敷いたリーンが頭から滑り込む。だが、すぐに布団を譲りアンフルーを寝かせた。彼女はレモン果汁と蜂蜜をベースにした魔力の回復効果のあるポーションを飲んだとはいえ疲れはあるだろう。まずは休ませる事にした。
「アンフルー、ポーションではないがこれをやるよ」
そう言って俺は蜂蜜とレモンの味がする飴玉を取り出した。
「これ、何?」
アンフルーが横になった姿勢で小首を傾げる。
「薬草とかは入っていないが、魔力回復ポーションの材料である蜂蜜と果実の汁を固めたものだ。甘酸っぱい味だ、エルフのアンフルーなら好みの味だろう」
「ん…」
一言だけ返事をするとアンフルーへ瞳を閉じ、軽く唇を突き出した。俺はその形の良い唇に包み紙から出した飴玉をあてがった。アンフルーは瞳を閉じたままキャンディを口にした、俺の指先にアンフルーの唇が軽く触れた。軽くキャンディを味わった後、アンフルーは話し始めた。
「甘い…、美味しい…。でも、キノクは分かってない」
「えっ?」
「せっかく私が無防備に寝て瞳まで閉じたのだから飴を口元に持ってくるより他にする事がある筈」
アンフルーがゆっくりと瞳を開いた。
「今のはキノクが自分の唇で無防備な私の唇をふさぐべき」
「きゃー!!キノクさまはケダモノですわぁ!褥(布団の事)で寝ている無防備なアンフルーさんの唇をふさいでしまわれるなんて…」
スフィアが何やら暴走を始めた。
「あるいはこのキャンディを口移しで…」
「…リーンとスフィアも休んでいてくれ。俺は売り上げを現金化する」
そう言って俺は支払われた高額取引に用いられる専用の旅人用宝石を現金化した。5億7百万ゼニー分の宝石が6億3375万ゼニーの金貨の山へと変わる。
「これもあるニャ〜」
リーンがケイウンが作った屋台に付属している引き出しから大きな麻袋を持ってきた。綿あめや川魚の燻製、それと殺虫剤や消臭剤などを売った売り上げが入っている。計算しやすいように高額硬貨である金貨に両替した。
「二百万ゼニーを超えてるニャ!わずか半日でこんなに稼ぐ人なんてそうはいないのニャ!やっぱりキノクは凄いのニャ!」
「いや、俺だけの力じゃない。みんながいたから出来た事だ。…それにしても…今日一日で広場での売り上げが合計6億3500万を超えてきたな…。ここまで来ると今日一日で10億ゼニーの大台を超えたくなってきたぞ。良い機会だし魔石とか現金化しときたいというのもあるな…。まあ、無理に売ると言うよりは相場を知りたい。あと、蜂蜜とかいくらで売れるか知りたいし…」
「えっ!?キノク、蜂蜜売っちゃうのニャ?」
リーンが悲しそうな表情をしてこちらを見た。
□
夕食にはまだ時間がある。そこで俺はこれまでにモンスターとの戦闘で得た物や、宅配などで手に入れた地球産の物品がいくらで売れるのかを知りたくなった。
そこでやってきたのは…。
「アブクソム冒険者ギルド…」
やってきた建物の前、その看板を見てアンフルーが呟いた。
「どうしてここに来たのニャ?勝手にキノクの冒険者証を破棄したのに!?」
「まあ、見てろよ」
そう言って俺は日の出から日没までは開けっ放しの入り口から中に入った。中には仕事から帰ってきたへ冒険者達がニ、三十人はいた。早い者は併設されている酒場で今日一日の稼ぎで飲み始めている奴もいる。日本で言えば日雇いの労働者が現場から帰ってくるなり道端の自動販売機で酒を買って飲むような感じだろうか。
「ちょっと〜、場違いな人がいるんですけどぉ〜」
聞くと虫酸が走る声、俺の姿を見つけた受付嬢のパミチョが周りに聞こえるような声を上げた。
「つーか、何の用?こっちはアンタ見るのも不愉快なんですけどぉ」
「奇遇だな、俺もだよ」
パミチョに文句ありといった感じで前に出ようとしたリーンを手で押しとどめながら俺は返す。
「冒険者ギルドは国からの保護も受けていたよな。だから冒険者でない一般市民も入ってこれるし、設備の中には使える物がある」
「はぁ?」
「換金機を使いに来た。拒む権限は無いよな?」
換金機…、それは冒険者ギルド内にある設置型の魔導具だ。卓球台の半分くらいの面積くらいの台座があり、そこに物品を置いて使用する。物を置くと自動でその価値を判別し、評価額が表示されるようになっている。その価格に納得したらそのまま売却する事も出来る。ちなみに価格はいわゆる最低保証価格、納品する物が品薄で高騰していたとしても価格は変わらない。
冒険者は商業ギルドや商店などに物品を売りこんでも良いんだが相手は本職、逆に通り相場より安く買い叩かれてしまう事もある。そこで登場したのがこの換金機、自動で価値を鑑定してくれるし商人にツテが無くても物が売却出来る。また、冒険者以外の人が街の外で集めた薬草などを売る事も出来る。
「じゃあ勝手にすれば?目ざわりだから一番奥のヤツで、無能なアンタじゃせいぜい小銭稼ぐ程度でしょ?」
そう言ってパミチョが指差したのが一番奥にあるボロい換金機、同時にギルド内から笑い声が上がる。無能にはお似合いだ、そんな声もする。パミチョに指差された換金機は通称『小銭稼ぎ』。これは街の子供などが、少量とってきた薬草などを換金するのに使う物だ。数百ゼニーから数千ゼニー程度の稼ぎを得るのに使う。
「足りねえと思うぞ」
「はぁ?底辺無能にはアレで十分でしょ?」
「なら壊れても良いんだな?あんまり評価額が高過ぎると壊れるんだよな、それでも使えと言ったのはお前だからな」
「はっ!やれるモンならやってみりゃ良いじゃん!」
「忘れんじゃねえぞ」
そう言って俺は一番奥の青銅貨と言われる一枚10ゼニーのコイン換算をされる換金機に魔石を乗せた。リーンと共に戦ったミミックロックから得た魔石。それを融合させソフトボールほどにした物だ。
『一、十、百…』
換金機に内蔵されている自動音声が評価額を読み上げていく。そして999枚のカウントをしたところでギィィィと油が切れた機械の歯車が出す不快な音のようなものを立てて機能を停止させた。俺は魔石を回収しその場を離れた、そして次の瞬間には…。
ばらばらばらっ!!がたんがたんっ!
まるで爆破解体されたビルのように換金機が壊れた。
「おい、壊れちまったぞ。隣のを使っても文句はないな?」
「ふ、ふんっ!じゃあ白銅貨(一枚100ゼニー扱い)のですればッ!?」
白銅貨の換金機も機能を停止した。小銭稼ぎの換金機と同じように崩壊した。
「隣のを使うぞ」
隣の換金機は赤銅貨、一枚千ゼニー換算だ。…がこれもダメ、三台目の換金機も機能を停止した。ちなみに崩壊している。
次は銀貨台。すると九百枚でカウントは止まった。九百万ゼニーか、なるほどな。
「ふ、ふん!?終わり、ならさっさと…」
そう言うパミチョだったが…。
「終わってねえよ」
俺はそう言ってレギオンの魔石を台の上に置いた。再びカウントが再開されるが、すぐさま999を示した後に機能が止まりボンッと音を立てて煙が上がる。それ以降はウンともスンとも言わなくなった」
「………」
「隣のは卑金貨か(4万ゼニー相当)…これもダメだな」
大きいとは言え魔石二つでこの換金機も機能を止めた、これまた4千万以上の価値か…悪くない。
「隣の台だな」
次は金貨(1枚10万ゼニー相当)を評価額基準にした台だ。上限999枚まで換算出来るから9990万ゼニーまで換算出来る。
「ふむ、これなら多少は物を置いても大丈夫そうだな」
「えっ?な、何言って…」
俺の言葉にパミチョは唖然としながら呟く。
「言葉通りの意味さ。アンフルー、まとめておいた荷物をここに」
「ん」
アンフルーが魔法を唱え始める、俺はその間に三つ目の魔石…溺死させたミミックロックから得た水属性を持つ魔石、魔晶石と呼ばれる純度が高い魔石を置いた。
かたかたかたっ!!
『一…、十…、百…、千…、万…、十万…、百万…、一千万…』
評価額をアナウンスする音声が響く。
ぼんっ!!!
「あーあ、コレも駄目かあ」
俺はわざとらしく分かってた事を口にした。1億ゼニー以上か。うーん、高価な魔石だな。でも、まだゴブリン大王の魔石もある。
「おい、その大事そうに布かけてるその台を使うぞ」
俺は一番受付に近い換金機を指差した。
□
「ご、五千…六千…バ、バカなッ!!!!?まだ、上がっていく!!」
「お、おい、キノクの評価はいくつになった!?」
「は、八千以上だ!!」
冒険者ギルドにある一番高額換算が出来る換金機に四つ目の魔石…ゴブリングレートキングの魔石に二百匹以上のゴブリン達の魔石を融合させたゴブリンエンペラー級の魔石を置いた。さらにその素材や家に今日届いた人工宝石を融合させたものや蜂蜜のボトルを乗せた。まだまだカウンターの数字は上がっていく。
「駄目だな、こりゃ」
そう言って俺は停止ボタンを押した、もちろん理由がある。この換金機、評価額近くになってくるとカウントが上がるのがゆっくりになってくる。俺の見立てでは8200あたりで止まりそうだ。
「な、なんで止めるんだ!?」
周りからそんな声を上がる、しかしそんなのは関係ない。
「アンフルー、荷物を戻してくれ」
「ん」
レモンと蜂蜜を使った魔力回復ポーションを飲んでいたアンフルーが俺の部屋に荷物を転送した。
「まあ、だいたいの価値は分かった。引き上げるか」
俺はリーン達に声をかけた。しかし、その俺達の前にたちふさがる奴がいた。
「ま、待ちなさいよ!」
それは受付嬢のパミチョであった。
いかがでしたでしょうか?
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次回予告。
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ざまあ展開開始?
次回、第81話。
『売り買いの自由』
お楽しみに。