04:生還
「いやぁ、凄いな。あの状況で生きてるわ」
天は自分の身体をしみじみと眺めながら、呆れたように言った。
しかも、ナイフで刺された部分に痛みも無く、ナイフで切り裂かれ血を浴びたはずの服にも異常は無い。
まるで、時間を巻き戻したように元通りだった。
しかし、周囲は数十メートルに渡り、見事なまでの平地に整地され、近くで倒れている女達と柚木以外は綺麗さっぱりなくなっていた。
まるで、人間以外だけを選んで消滅させたかのようだった。
それを行った張本人のなずなも目の前で倒れており、黄金色に輝いていた身体も今は普通に裸のままだ。
ついでと言ってはなんだが、天の足元には、これまた全裸で柚木が倒れている。
潰されていた目にも特に異常はなさそうだ。
天は、ひとまず柚木を後ろ手に拘束し、ヒュプノシスを使えないように目隠しをしておいた。
とは言え、目以外を使う可能性も有ったが、まぁそれはそれでその時だ。
全裸なのは…見たくも無いが着せてやるようなモノは何もない。
「う、うーん……」
聞き覚えの有る声が聞こえて、天は驚いてその方向に目をやった。
そこには、確かに柚木に殺されたはずの綾が、眠りから覚めたように起き上がっていた。
見たところ、どこにも傷らしいところは無い。
天は思わず駆け寄り、綾の肩を掴んで問い質した。
「うん…なによ、どうなってんの?」
「それはこっちが聞きたいぜ。お前、今自分がどうなってるのか判るか?」
「どうって、起きたところで、裸で……裸!?」
綾は自分が裸なのに気づくと、両手で胸を隠してしゃがみこんだ。
天はやれやれと言った体でジャケットを脱ぎ、綾に掛けてやった。
「んー、なんだっけ。あの変態に目を覗き込まれてからよく覚えてないのよね。そう、変態!柚木!。あいつどこ行ったのよ!」
「あぁ、柚木ならそこで寝てるぜ」
「あーーーーー、居た!てっめぇ、良くもやってくれたわね!」
綾は自分が裸なのも忘れて立ち上がり、柚木の元で駆け寄ると、蹴りの嵐を食らわせ始めた。
「おいおい、お前。裸だってば」
「あーー。そうだった!」
綾は再びしゃがみこむも、柚木をそのままにしているのも業腹らしく、小石やらなんやらを投げていた。
その間に他の女達を見にゆくと、不思議なことに傷はどこにもなく、正常な状態で気を失っているだけだった。
この事態を引き起こした張本人であろうなずなも、特に異常も無く、ただ眠り続けているだけだ。
天は女達が着れるものを探しに行こうとしたが、柚木をそのままにした状態で女達が目覚めた場合、リンチで殺される可能性がある。
それはそれで自業自得ではあるのだが、あんなクズを殺したせいで彼女たちが心に傷を負うのはよろしくないだろう…と言うことで、天は柚木を抱えて行くことにした。
爆心地との境界部分は、何故か綺麗な正円を描いて建物が削られていた。
爆発したと言うよりも、その範囲だけ削り取って持っていったかのような状況だったが、基本的に生物が存在しないこの世界では、被害は建物等で済んでいる。
天は、そこら辺に柚木を放り出すと、近辺の民家から適当に服を見繕って持ち帰った。
ひとまず、恥ずかしがらずに動ける程度になれば、後は自分でなんとかするだろうと言う判断だ。
天が元の場所に戻ると、女達も目を覚ましており、綾と情報交換をしているようだった。
綾を呼び、服等を渡すと、少し離れたところで天は待機することにしたが、その間にもなずなは目覚めることは無かった。
残念な事に、柚木に陵辱されたことを女達は記憶しており、柚木が囚われの身だと判ると、復讐する気満々で居場所を聞いてきた。
一応、あれこれと正論を説いたものの、正直柚木が死のうが生きようがどうでも良いと思っている天は、彼女たちを連れて柚木を放り出した場所へと向かった…が、柚木の姿はどこにも無い。
全裸で手を拘束され目隠しまでした状態で軽々と逃げられるとは思えないが、軽く周囲を見て回っても居る気配が無い。
柚木に逃げられた…と素直に報告した天を綾は拳で迎えたものの、他の女達はそれはもう仕方がないと納得してくれたのだった。
「で、この娘はまだ目が覚めないのか?」
付近の店で服を見繕ってきた綾に、天は聞いてみた。
綾が何かを知ってるようには思えなかったが、もしかするとどこかにヒントが有るかもしれないと思ってのことだ。
「うん、全然起きないのよ。どうしちゃったのかなぁ」
「やっぱ、あのエネルギー体みたいなのになったせいもあるのかな」
「それって、あの辺りを吹き飛ばしたとかいう光の事?つか、そんな威力があったのに、何故私達は生きてるの?」
「知らね。つか、お前はその時点で間違いなく死んでたんだよなぁ」
「それも不思議よね。死んだとか言われても、全然覚えてないし」
「おれと別れた後、どこまで覚えてんだよ?」
「フラグメント対策だって言って精神抑制するとか言って騙されて…次に覚えてるのは、あの女の子達と…まぁえっちな事をやってるとこ?。そう言えば、その時はもう脱がされてた気がするなぁ」
「そうだろうなぁ。おれが見た時は既に全裸だったからなぁ」
「何!あんた私の裸見たの!?ちょっと、責任取りなさいよ!」
「何だよ。だから、責任取って助けに来ただろうがよ」
「…うーん、そういう事になるのかなぁ」
特にヒントになりそうな話も無く、裸を見たの見ないのと言うレベルの話に終始していると、他に助けた女達が天の元にやってきた。
「あの…えと…、助けてくださってありがとうございました」
「……………ございました」
「……」
柚木に何をされたのか、ある程度とは言え記憶している彼女たちは、覚醒後に復讐に燃え興奮していた状態が去ってしまうと、自分たちを助けて貰った相手だとしても、男と話すのは少々辛そうだった。
天が困ったように綾を見ると、状況を察したのか綾は彼女たちを少し離れたところへと連れて行ってくれた。
しばらく会話した後に戻ってきた綾に、天は感謝した。
「悪りぃな。何か気の利いたことでも言えれば良いんだけども」
「まぁ、仕方ないわよ。あなたに助けられたってことはちゃんと理解してるから」
「そんな事はどうでも良いんだけどな。実際、間に合って無かった訳だし…」
「あの変態がロクでなしなのは知ってたのよね?なんで会った時に私達を連れて行かせたのよ」
「あん?おれが行くなって言って話を聞くとは思えなかったけどな」
「うん、まぁ、それはその通り…」
「だろ?。で、奴はヒュプノと言って他人の意思を操る能力を持ってるのは知ってたんだが、どこまで出来るのかはさっぱりだった。実際、死にかけて自分では動けない人間すら行動させたのを見ると、一旦見送って正解だったな」
「無理に引き止めてたら、どうなってたのよ」
「お前らはさておき、彼女たち3人は脳にダメージを入れられてしまう可能性が有ったってことだな」
「でも、結局あなたが言うには、みんな死んじゃったんでしょ?」
「まぁな。なんで生きているのかは、そこで寝ている…なずな…だっけ?…が覚えてくれてると良いけども」
「うーん、なんかそれは無理そうな気がするよ」
特に表情も変えず、こんこんと眠り続けるなずなを見て、綾はため息を付きながら言った。
正直、天から見ても、あの時のなずなに意識が有ったとは思えない。
つまり、なんらかの影響下に入ったのか、本人が本来持っていたものが顕現したのか…。
考えられるのはエクスパティーズだが、あんなの見たことも聞いたことも無いぞ…と天が思考に沈んでいると、突然綾が騒ぎ出した。
「そうだ!忘れるとこだった!。天…あなた、私をフラグメントへの囮に使ったのって、わざと取り込ませようとしたでしょ」
「…なんでそう思うんだよ」
「フラグメントと融合するか何かで、この世界と繋がりが出来るからよ」
「だから、なんでそう思える様になったんだ?って聞いてんだけど」
「これよ、これ」
綾はそう言うと、どこからか持って来たのか、100円ライターを取り出して火をつけた。
タバコに着火する程度の小さい火が灯ったところで、綾はそれに手をかざして何か集中するような動作をしたところ、火は突然バーナーの様に大きく吹き出し、中のガスを一気に消費して消えてしまった。
火力を最大にしたとしても、僅か数秒でガスを消費してしまう程の燃焼を起こすのは、どうみても異常な状態だった。
「別に火じゃなくて良いんだけど、さっきこんな事が出来るのに何故か気づいたんだよね」
「これは、強化?いや、増加か?」
「なにそれ?」
「要するにこういう事だろ?」
天は手近に有った石を手元に置くと、それにマチェットの刃を立てて綾に尋ねた。
「さて、このまま刃に力を入れたとして、この石は切れるでしょうか?」
「勢いを付けたら判らないけど、この状態なら天によっぽど筋力が無いと切れないんじゃ?」
「その通り。でも、こうすると……強化…」
天がそう呟くのに合わせて、ゴン!と言う音と共に、石は真っ二つに割れてしまった。
力を込めたようには見えなかったが、相応の力が入ったのだろう。切断面は切ったと言うよりは割ったような状態だった。
「つまり、自分の筋力を強化したってこと?」
「おれのエクスパティーズは強化。自分のアビリティを一つだけ選択して強化できる能力だな」
「エクスパティーズって?」
「技術とか技能って意味らしい。位相世界で獲得できる事もある能力をそう呼んでいるようだ」
「事もあるってことは、獲得できないことも有るって話なの?」
「そうだな。まぁ隠しても仕方ないので教えとこう」
天の話はこうだった。
この位相世界でフラグメントと関わりを持つと、位相世界との繋がりが出来る。
関わるのは触れた程度の接触でも構わないのだが、繋がりが出来ると位相世界の波長みたいなものを感知できるようになる。
それによって、元の世界と繋がっているゲートを感知できるようになり、それを上手く使えば相互の世界を行き来出来るようになると言うことだった。
その時点で、人によって位相世界に適応した能力…エクスパティーズが付与される場合があるが、その確率は不明だ。
フラグメントと融合しかかると能力を得やすいだの、フラグメントを倒すと良いだの、まるでゲームのレアドロップを特定するような検証作業が行われたらしいが、確実な事は判っていない。
「神隠しとか言われてるのは、そのゲートから位相世界へ転移してしまった事を指す場合もあるみたいだ。って言うか、何を隠そうこのおれも神隠しに遭ったパターンなんだよな」
「え、それはいつの話?」
「小学生になったばかりだったかな?。何かの拍子に転んで起き上がったらココに居た」
「何よそれ、なんか適当」
「何とか適当とか言われてもなぁ…そうだったんだから、仕方ないじゃんかよ。それに、そんなガキがこんなとこに放り出されて生きていけると思うか?」
「思わない…けど、今こうしているって事はなんとかできた訳よね?」
位相世界では事故で転移してきた者と、自分の意思でゲートを通って来た者が居て、それぞれ活動している。
事故で転移した者は、事情も判らずフラグメントに融合され自我を分解されてしまう者か、ゲートを感知できる能力を得られないまま死亡するパターンが大半だ。
残りは、偶然ゲート感知能力を得て脱出した者か、転移者と関わった者になる。
自分の意思で位相世界へ来た転移者の目的は様々だが、大まかに言えば、知り合いの行方不明者を探しているか、興味本位でうろうろしているか、元の世界では得られないメリットを享受する為にやってくる連中だ。
つまり、柚木のような快楽殺人者達も含まれる。
「縛りが無いってのは何でもやれる気がするんだよな。しかも更に使えるエクスパティーズを会得した奴になったりすると、自分は上位者だとでも思っちゃうんだろうな」
「欲に任せて好き勝手にやっちゃうわけね」
「そして、そんな阿呆共を狩って楽しむ連中も居る訳だ。やってることは変わらないけど、正義はこちらに有り、だとでも思ってるんだろう」
「どっちもどっちね」
「まぁな。で、ガキのおれを拾ったのが、そんな正義感溢れるヤツだった訳だ」
「なるほどね。後はゲートまで連れてって助かった…けど、あなたはまた舞い戻ってきたと言う感じ?」
「そうだと良かったのかも知れないが…その助けてくれたヤツがまぁいわゆるクズでなぁ。まぁその話は良いか」
「えー、聞きた~い!」
「やだよ。なんでおれがお前に色々話してやんなきゃいけないんだよ。それに、あまり長いこと位相世界に居ると最適化が進んで面倒な事になるから、さっさと出た方がいいぞ」
「最適化って?」
「この世界に適合するってことだよ。完全に最適化されると、元の世界に戻れなくなるぞ」
「それは嫌だ。でも、そのゲートはどこにあるのよ」
「慣れればなんとなくどこにあるか判るようになるが、慣れない方が良いだろ。この近くにあるから、さっさと行こうぜ」
天はそう言うと、なずなを抱えて立ち上がり、他の女達にも移動を促して歩き出した。
なんとなく、先程の柚木との移動を連想して少し嫌な感覚を覚えた綾だが、女達も同じ印象を抱いたようだ。
正直、こればっかりはすぐにどうこうできない感情よね…と思い、万が一、天までもが柚木と同類の可能性を考えて行動しようと思っていたところに、天から声が掛かり、綾は少し驚いた。
「おし、着いたぞ…って、なんで驚いたような反応してんだよ」
「…なんでもない」
「ふぅん。まぁどうせ、おれが柚木みたいなことやらかさないかと思ったんだろうさ。無理もないけどな。で、これがゲートだ」
心の内を見透かされた事で少し動揺しながらも、綾は天が指差す方向を見た。
だが、そこには普通の景色が広がっているだけで、綾が思っていた扉のようなゲートらしきものは存在しない。
「どこにあるのよ?」
「ん?判りにくいか?ほら、この範囲だけ景色がズレているだろ。ゲートはいろいろなパターンが有るけど、一番多いのはこんな空間の歪みだな。だからこそ、知らないうちに転移したりするんだろうけども」
言われてみて良く見てみると、確かにフリーハンドで引いた長方形の線のように歪んだ枠の範囲の景色が、周囲の景色と少しズレて映っていた。
ゲートを見ていると、なにか首筋に冷水を掛けられたような、ゾクゾクするような感覚が湧いてくるのを感じる。
「慣れてくれば、首筋の感覚強度で、大体の方向と距離が判るようになるけど、それは覚えなくていいだろ」
「そっか、この感覚がゲートの感知能力ってことね」
「そういうことだ。じゃ、ゲートが消失しないうちにさっさと移動するぞ」
「ゲートは消えちゃうの?」
「正確な事は判らないが、固定させておけるものでは無いみたいだな」
そう言うと、天はなずなを抱えたままゲートをくぐるように消えていった。
慌てて、綾と女達も後を追うようにゲートをくぐっていった。