40話 知らぬ間に、町民全員に一斉ヒールを施していたようです。
引き続きよろしくお願いします!
いまだべったり額を地面につけたままの町人たち。
俺は膝をついて、できるだけ友好的に呼びかける。
「あの、もう顔をあげてください。というか、立ち上がってください、みなさん。
その偽物は捕らえてるんですよね?」
「は、はい! 手首を縛ったうえ、武器も奪っております!」
ひとまずは安心できる情報だ。
であるなら、優先すべきは彼ではない。
「もしまだ病に困っている人がいたら、俺がヒールしますよ」
「私も手伝いますよっ」
ひれ伏した町人たちの顔が、順々に上がっていった。
「ほ、本当ですか!?」
「こら、バカ! 白老狼様を従属させてる冒険者様だぞ! 嘘を言うわけあるまい!」
「お前こそ馬鹿だ! この方々はもはや冒険者様ではなく、英雄いや英傑様なのだぞ!? 呼び方に気を付けろ!」
そして謎の口論が始まるのだから、おかしい。
「英雄でも英傑でもないですよ、俺たちは」
「じ、じゃあ神様?」
「いえ。一介のレンタル冒険者ですから」
本物だよっ! とミリリが親指を立てる。
若干締まらないが、それもまた彼女らしくていい。
「では、英雄英傑のレンタル神様の方々! お、恐れながら、病人はこちらの集会所に連れてきてございます!」
もはや敬称なのかさえ分からぬ謎の呼び方をされつつ、案内を受ける。
そこで待ち受けていたのは、
「あ、あれ? さっきまでみんな苦しそうにしていたのに……。ほ、本当なんです、嘘じゃないんです!」
健康そのものとしか思えぬ町人たちであった。
回復を喜び合い、肩を抱き合っている。
ミリリの首が、キョトンと右に落ちた。
「どういうことなんだろう?」
「…………白老狼をヒールしたことで、町民たちの身体の水も浄化された……とか」
「ってことは、さ。ヨシュア、あの一瞬で、何百人をいっぺんにヒールしたってこと!?」
すごいっ! とミリリはその場で大ジャンプして飛び跳ねる。
それを漏れ聞いたのだろう。町人たちは口を揃えて言う。
「「あなた様は、救いの神だったのだ……!」」
いや、ただのレンタル冒険者なのだが。
もう言うのも面倒になってしまった。
俺たちが苦笑いをしていると、一人の老人が前へ出てくる。
代表してだろう、改めて深々頭を下げた。
「どうか。ささやかですが、お礼をさせてくださいませぬか」
「いや、そういうのは別に……。俺たち、ヤマタウンに帰らないといけない用があるので」
「な、なんと! ヤマタウンもお救いになられたのですか?!」
……まぁ、こうしてこの町の人々が元気にやっているということは、ヤマタウンの病人たちも本復していることだろう。
あえてなにも答えなかったが、老人は俺の態度から察したらしい。
「やはり、このまま、礼も返さぬのでは、我々としても収まりがつきませぬ。どうか。ヤマタウンとの合同開催でも結構でございます。
祝宴を催させていただき、お食事などをご用意させてください」
「お、お、お、お食事!?」
……ミリリが、反応を示してしまった。
たぶん彼女に犬のような尻尾があったなら、全力で左右に振れていることだろう。
「左様です。山菜に、近くの高原で飼育している水牛から取ってきたチーズ、もちろん肉類も、惜しみなく使わせていただきますゆえ」
「水牛チーズ!!!??」
ミリリの目が爛々と踊りだす。
俺の袖をくいくいっと引いて、乞うように見つめる。
こうなったら、もう断れそうもない。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
俺の一言により、場は大きな盛り上がりを見せる。
祝宴の席はまだ先の話だというのに、今に踊り出しそうになっている人までいた。
町人の一人が咳払いをして言う。
「そうと決まれば、善は急げと言いますから。まずは、あの偽物を男爵様に突き出しましょう」
……そうだ、騒ぎに巻き込まれて危うく忘れかけていたが。
そもそもは、サンタナの動向を探りにきたのだった。
俺は、一応申し出る。
「そういうことなら、俺たちが引き渡してきますよ」
「いえいえ、そんな。英傑様のお手を、小者の処理で煩わせるわけにはいきません! もう抵抗する様子もありませんし、お任せください」
町人たちが頑なだったため、任せることにした。
去り際、サンタナが拘束されているという小屋を、一応覗かせてもらうこととする。
扉を少しだけ開いた時だ。
「ひぃぃ、すまなかった! 悪かったから!」
…………実に情けない声が響いてきて、そっと閉めた。
あの分なら、確かに抵抗もできまい。




