表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

最高のヒーロー

それから三十分ほどして黒山の人だかりができました。

カイザーがスタードームに到着するという報せがネットに出たのです。

彼のファンである男女が大勢集まり、英雄の雄姿を一目見ようと待機しています。中にはチョコレートを持ってきている女子の姿も見えました。そんな中、遠目で見ていた苺ちゃんは、暗く沈んだ表情をしていました。視線の先には、グシャグシャに崩れたクッキー。

どうしてジャックはあんな酷いことをしたの?

これじゃあ、大好きなカイザー様に渡せない。

悲しくなって涙が一筋流れた時でした。


「カイザーの車が来たぞぉ!」


男の声とほぼ同時に真っ赤な高級車が停まり、中から雄大なカイザーが姿を現しました。2メートル10センチの超巨体は人に囲まれても尚、頭ふたつ分ほども高く、とても目立ちます。

彼は笑顔でファンの握手やサインに応じ、チョコレートを貰って喜んでいます。

そんな姿を後目に、苺ちゃんは居ても立っても居られなくなり、その場を離れようとしました。


「待ちたまえ」


カイザーの重低音が聞こえ、苺ちゃんは足を止めて振り返りました。

見ると人の波をかき分けて、カイザーがこちらに向かってくるではありませんか。堂々とした王者の風格を全身から放ち、悠然とした足取りで近づいてきます。

彼は足と腰を屈め、苺ちゃんと同じ目線になると口を開きました。


「キミのすすり泣く声と姿が聞こえたのでね・・・・・・もし良かったら、訳を話してくれないかな」


憧れの人が目の前にいて、自分に話しかけてくれている。

そのことだけで、苺ちゃんは息が止まりそうになりました。

彼は話しかけます。


「もしキミの涙の原因が私にあるのなら、心より詫びたい」

「ううん。カイザー様は何も悪くないのよ。悪いのは私。今日、カイザー様に渡そうと思ってクッキーを焼いたんだけど、途中で転んじゃって」


精一杯の作り笑いで、グシャグシャの袋を差し出しました。


「こんなの貰っても、嬉しくないよね?」

「私の為に転んでまで届けにきてくれたのか。本当にありがとう。有難く、この場で頂くとしよう」

「え。でも」


袋を解き、中身を取り出したカイザーは粉となったクッキーを口の中に流し込みました。それはあっという間の出来事で、制止することもできませんでした。

カイザーは再び頭を下げ。


「ごちそうさま。キミのクッキーが私に試合で戦う為のパワーを与えてくれたよ。ありがとう。キミさえ良ければ、この袋を貰いたいのだが、宜しいかね?」

「はい!」


カイザーは苺ちゃんの頭をなでると、踵を返して、声を轟かせました。


「皆、ありがとう。キミ達の声援に応えられるよう、私は今日も全力で戦うことを約束しよう!」



一瞬の静寂。そして大歓声が鳴り響きました。

純白のマントを翻し、威風堂々と会場に入る絶対王者の姿に、苺ちゃんは嬉しさのあまり呆然と立ち尽くしていました。

あのカイザーが食べてくれたのです。

一生懸命焼いた、けれどただの粉になってしまった元クッキーだったものを。

嫌がることもなく、心底嬉しそうに食べてくれたのです。

それも袋まで貰ってくれたのです。

今日ほど嬉しい日が今までにあったでしょうか。

涙で潤む瞳で大好きな人の去っていく姿を眺め、彼女は声を紡ぎました。


「カイザー様、ありがとう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ