最高のヒーロー
それから三十分ほどして黒山の人だかりができました。
カイザーがスタードームに到着するという報せがネットに出たのです。
彼のファンである男女が大勢集まり、英雄の雄姿を一目見ようと待機しています。中にはチョコレートを持ってきている女子の姿も見えました。そんな中、遠目で見ていた苺ちゃんは、暗く沈んだ表情をしていました。視線の先には、グシャグシャに崩れたクッキー。
どうしてジャックはあんな酷いことをしたの?
これじゃあ、大好きなカイザー様に渡せない。
悲しくなって涙が一筋流れた時でした。
「カイザーの車が来たぞぉ!」
男の声とほぼ同時に真っ赤な高級車が停まり、中から雄大なカイザーが姿を現しました。2メートル10センチの超巨体は人に囲まれても尚、頭ふたつ分ほども高く、とても目立ちます。
彼は笑顔でファンの握手やサインに応じ、チョコレートを貰って喜んでいます。
そんな姿を後目に、苺ちゃんは居ても立っても居られなくなり、その場を離れようとしました。
「待ちたまえ」
カイザーの重低音が聞こえ、苺ちゃんは足を止めて振り返りました。
見ると人の波をかき分けて、カイザーがこちらに向かってくるではありませんか。堂々とした王者の風格を全身から放ち、悠然とした足取りで近づいてきます。
彼は足と腰を屈め、苺ちゃんと同じ目線になると口を開きました。
「キミのすすり泣く声と姿が聞こえたのでね・・・・・・もし良かったら、訳を話してくれないかな」
憧れの人が目の前にいて、自分に話しかけてくれている。
そのことだけで、苺ちゃんは息が止まりそうになりました。
彼は話しかけます。
「もしキミの涙の原因が私にあるのなら、心より詫びたい」
「ううん。カイザー様は何も悪くないのよ。悪いのは私。今日、カイザー様に渡そうと思ってクッキーを焼いたんだけど、途中で転んじゃって」
精一杯の作り笑いで、グシャグシャの袋を差し出しました。
「こんなの貰っても、嬉しくないよね?」
「私の為に転んでまで届けにきてくれたのか。本当にありがとう。有難く、この場で頂くとしよう」
「え。でも」
袋を解き、中身を取り出したカイザーは粉となったクッキーを口の中に流し込みました。それはあっという間の出来事で、制止することもできませんでした。
カイザーは再び頭を下げ。
「ごちそうさま。キミのクッキーが私に試合で戦う為のパワーを与えてくれたよ。ありがとう。キミさえ良ければ、この袋を貰いたいのだが、宜しいかね?」
「はい!」
カイザーは苺ちゃんの頭をなでると、踵を返して、声を轟かせました。
「皆、ありがとう。キミ達の声援に応えられるよう、私は今日も全力で戦うことを約束しよう!」
一瞬の静寂。そして大歓声が鳴り響きました。
純白のマントを翻し、威風堂々と会場に入る絶対王者の姿に、苺ちゃんは嬉しさのあまり呆然と立ち尽くしていました。
あのカイザーが食べてくれたのです。
一生懸命焼いた、けれどただの粉になってしまった元クッキーだったものを。
嫌がることもなく、心底嬉しそうに食べてくれたのです。
それも袋まで貰ってくれたのです。
今日ほど嬉しい日が今までにあったでしょうか。
涙で潤む瞳で大好きな人の去っていく姿を眺め、彼女は声を紡ぎました。
「カイザー様、ありがとう」