カイザーと黒蜜のひみつ
それから一か月が経過しました。黒蜜老人はカイザーの病室で彼に会話をしていました。カイザーの状態は7割近く回復しており、全身の包帯も殆ど外して、喋ったり食事をすることもできます。彼の傍に立ち、老人は口を開きました。
「どうじゃ、人生で初の敗北の気分は」
「ファンの期待を裏切ってしまった申し訳なさで胸がいっぱいです。
私は全てを失いました。無敗も連勝記録も必殺技もチャンピオンベルトも」
カイザーは机の上で拳を握り締めました。自らの無力さを痛感したのです。
そんな彼の拳に黒蜜老人はそっと手を置いて。
「ファンは残っている。彼らはお前の再戦の勝利を信じておる。彼らの心にお前は応えなければならぬ」
「はい!」
顔を上げたカイザーと黒蜜の眼が合いました。どちらも憑き物がとれた爽やかな顔をしていました。師匠と弟子は再び、向き合ったのです。
やがて、黒蜜老師が問いました。
「今回の敗因は分かったかの?」
「おそらく、無意識の奢りでしょう。勝ちづづけたことで知らず知らずのうちに相手を侮り、実力を見誤ってしまった」
「そういう意味でも今回は負けて良かったのかもしれん。負けて気づくこともある。それに技が破れたのなら、また新たに生み出せば良い」
「わかりました。やってみましょう」
「うむ。それでこそ、わしの教え子じゃ」
黒蜜が微笑んだ時、勢いよく病室のドアが開いて苺ちゃんが入ってきました。
「カイザー様、クッキー焼いてきたの。カイザー様さえ良かったらおいておくね」
クッキーを机の上においたところでようやく、苺ちゃんは黒蜜老人に気が付きました。
「久しぶりじゃな。カイザーよ、お前は熱烈なファンに応援されて幸せ者じゃ」
「その通りです。お師匠様」
「えええ~!? 黒蜜のおじいちゃんとカイザー様って先生と生徒だったの!?」
カイザーの言葉に苺ちゃんは目を丸くして驚きました。