晴海とママ
「私、キレイになりたい」
泣きそうなグズグズの顔で酒を煽る晴海に、スナックのママでありオネェであるエグランティーヌ・紗江子は一喝した。
「泥酔するまで酒飲んでる女がキレイになれるワケないでしょ!」
晴海は思わず号泣した。
「だってぇ、壮太くんがぁ」
「壮太くんって、あんたが好きだって言ってた後輩の?」
「好きな人の条件は肌がキレイな人なんだってーー!!」
晴海は大声で泣き喚く。他の客がじろじろと晴海のことを見ていた。
「まあ、あんたの肌なーんかイマイチだもんねェ」
「ママまでそんなこと言わないでよ……。ていうか、なんでそんなに肌キレイなの!?」
「アタシは元々肌が強いのよ。あんたみたいに汚肌じゃないの」
「そんな……そんなのってないよ……」
エグランティーヌ・紗江子は晴海の前に水を差し出した。
「でもね、年齢による肌の衰えは避けられないのよ……! 肌が強いからって油断してちゃあっという間にブスになっちゃう。明日時間ある?」
「まあ、週末なのに予定入ってないですけども……」
「良かったらアタシの肌がキレイな秘密教えてあげる」
その日は手配してもらったタクシーに乗って晴海は帰宅した。
翌日の夕方、晴海はエグランティーヌ・紗江子に指定された場所に来た。
「動きやすい格好でって言われたけど……」
「はーるみん! ごめーん、待った?」
「ママ! ううん、今ちょうど……ってどなたですか!?」
晴海の目の前にはイケメンが立っていた。モデル顔負けの爽やかなルックスだ。そして肌はツルツル。
「やだァ、エグランティーヌ・紗江子だけど」
「随分なお変わりようで……」
「もう、そんなに驚かないの。まあ、あんたキレイになるまでウチ出禁だから」
「は!? なんで!?」
「あんたが壮太くんに振り向いてもらうまでとことんキレイにしてあげる。今日からアタシはあんたのコーチ、前田龍鳳よ!」
「苗字の割にゴツい名前だな!」
「うっさいわね。今日からは前田コーチとお呼び!」
そうして晴海と前田の特訓は始まったのだった。
「その一、代謝促進!」
まずは、ジョギング。そのあとはジムでひたすら鍛える。運動が苦手な晴海にとっては地獄だった。
「その二、バランスのとれた食事!」
前田が朝昼晩の献立を考えてくれる。栄養があって美味しく、おまけに脂質も抑えられる。間食もやめた。
運動と食事が改善されたことによって、ぽっちゃりしていた晴海の身体はみるみるうちに痩せていった。
「その三、スキンケア!」
前田曰く、スキンケアが一番重要とのことだった。
洗顔でしっかり汚れを落としたあと、化粧水と乳液をつける。当たり前の習慣だが、前田にはこだわりがあった。
「あんたは敏感肌なんだから、こういう敏感肌用のものを使いなさい。洗顔は自分に合ったものをとにかく探すこと。化粧水はコットンでね。摩擦起こすから、強く擦らないこと。その後に乳液。保湿は大事! はい、リピートアフタミー!」
「保湿は大事!」
そして前田は小さなボトルを晴海に渡した。
「これはアタシのとっておきのオイル。乳液後に使うと効果的よ。肌に蓋をしてくれるからより保湿効果が高まるの」
前田は晴海の両手をぎゅっと握った。いつもの濃いメイクとのギャップ凄い。イケメンすぎて耐性のない心臓がバクバクと高鳴る。
「キレイになったら出禁解除ね。はるみんファイト!」
とくにラブなイベントも起こることなく、前田はあっさりとスナックの方へ去って行った。
それから二ヶ月間、晴海は運動、食事、スキンケアを前田に言われた通り頑張った。すべては壮太に振り向いてもらうため。そしてスナックの出禁を解除してもらうため。
その日は職場の飲み会だった。
(壮太くんとちょっと離れてるな……)
晴海がちびちびとビールを飲んでいると、隣に座っていた同僚が話しかけた。
「斎藤さん、最近なんか変わったよね」
「それそれ。私もそう思ってた。前より肌の調子良くない?」
「えっ、そうかな。嬉しい」
他人からもわかるくらい自分が綺麗になったのだと実感した。
「それよりもさぁ~」
(えっ、話題変わるのはや……)
「壮太くん付き合っている人がいるんだって!」
「えっ、だれだれ」
晴海は頭が真っ白になった。壮太に恋人がいてもおかしくない。そうは思っていても、やはりショックは大きかった。
気が付いたら飲み会はお開きになっていた。
晴海は呆然としながら夜の繁華街を歩く。
「あ、ここ、スナックの……」
癖でついついスナックの目の前まで来ていた。こんな状態で来れるわけないと引き返そうとしたとき、「お姉さん、いま時間ある?」と声をかけられた。
振り返ると壮太と同じ年くらいの若い男二人組。
「よかったら、飲みなおさない?」
(壮太くんもいない。スナックにも行けない。一度くらい……)
ついて行こうとして、突然腕を引っ張られた。男と引き離される。
「あんたたち、アタシの客に何の用?」
派手なメイクと派手な衣装を着たエグランティーヌ・紗江子が仁王立ちしていた。
「ママ!」
男たちは小さく悲鳴を上げたあと、慌てて逃げてしまった。
「久しぶり、はるみん」
「ママ、私二か月頑張ったのに無駄になっちゃった……」
涙目の晴海の頭をエグランティーヌ・紗江子は優しく撫でた。
「なに言ってんの。無駄なわけないでしょ。あんたは十分キレイになったわよ。さっさと新しい男ゲットするわよ!」
エグランティーヌ・紗江子は晴海をスナックに招き入れた。
オチをつけるのが大変苦手です。