なぜ彼女たちはこの街に集まったのか
「インテグラ」
グレイズさんが鋭く声をかけるとインテグラは顔を軽く自分で叩いて
「はいすいません!」
と返す。表情は先程の病的なものではなくなっている。
なんていうかやっぱヤベー奴じゃない。
「話を戻すがブレックス殿。今のこの街はもともと2つのマフィアと警察の3つ巴状態だった。1ヶ月前に1つのマフィアが滅んでマフィア同士の権力抗争はなくなり現在マフィアと警察の一騎打ちとなっているということでいいかな?」
「そのとおりです。ただし私達は貧弱ですが」
「そうなんです?」
「そうなんです」
インテグラにブレックスさんは肯定を返す。
「1ヶ月前にシャッドが殺されるさらに1週間前に私達の機動隊が公式戦で敗北しました」
その言葉に私は驚いたがインテグラとグレイズさんはあまり驚いた様子ではない。
「お二人は知られていたのです?」
「この街に来る前に見ておいたよ。戦いというよりは一方的な惨殺といった風だったが。見ていて面白いものではなかったな。それにしてもそれで戦力が枯渇するまでになっていたとは」
「前所長が戦力の逐次投入は愚の骨頂、と」
「私も見ました。妙にファクターの出力が高いと思いましたが種がわかればつまらない理由ですね」
公式戦は簡単に行ってしまえば神様の名の下行われる戦いだ。お互いが了承すればどのような条件でも発生し、敗北側は事前に申請されていたどのような条件も飲まなければならない。この戦いは後に専用の端末さえあれば誰でも閲覧できる…らしい。私は端末持ってないから実際わかんないけど。
「あなた方は特に戦力の強化や対策を行うことはできていないという解釈でよろしいですか?」
責めるわけでなく単に事実の確認としてインテグラが質問すると署長代理が頷く。
「公式戦での人員補給すらままなっていません。現在、我々の本部も4月席との戦いが近いこともあり人員が割けない状態にあるのです」
へぇ、そんなことになってんの。神様も大変ね。
「うんうん、そうですかそうですか」
どことなく満足げな頷きをする彼女をみてグレイズさんが短く嘆息する。
「ねぇブレックスさん。私達を雇いませんか?」
それを聞いて彼は一瞬、安堵の表情を浮かべてがすぐに引き締めた。
「いえこの問題はあくまで私達の街の問題です。私達でなんとかしなくては」
真面目な方だろいうのはわかっていたが石頭だね。これは。グレイズさんの圧倒的な力を目にしてなお誘惑に負けずそう言えるのは褒められるべき美徳かもしれないけど。
「立派なお考えです。しかし具体的な対策はあるのでしょうか?」
そう言われて彼は沈黙した。力が理想についていかないというのは本人も見る方も辛い。
「それに加えボウルファミリーはもうあなた方を潰そうと動いているように見えます。でなければ敵の本拠地に直接攻撃なんて行わないでしょう。つまりあなた方はすでにいつでも乗り越えられる障害くらいにしか思われていない。今回の撃退も状況の維持という意味ではマイナスに働きます。いつでも乗り越えられるはずの障害が小癪にも力を見せる形になっているのです。すぐにでも潰そうとしてもおかしくはありません」
ブレックスさんの顔がますます険しくなる。淡々と話される起こりうる未来はすでに自分たちが詰みかけていることを連想させるのだろう。
「そうなった責任は私達にもありますし、すでに私達は状況の一部となっています」
そう言うとインテグラはブレックスさんの手に触れる。おい、何やっている。その無駄なキメ顔やめろ。
「いわば私達はすでに運命共同体です。手を結びませんか」
ブレックスさんはしばらく逡巡したあと、インテグラの手を取った。
やっちまったよ。絶対この女ろくなこと考えてないのに。
それにしても何を考えてインテグラやグレイズさんはこの話にこんなに深入りしてんのだろう?
「いやー署長さんって騙されやすい人ですねぇ」
警察署を出て暴動に巻き込まれた中でも比較的きれいなカフエに入り一息入れたところでインテグラから出てきた言葉がこれだった。
「やっぱ騙す気だったんじゃん」
「騙してはないです!騙されやすい人だなってだけ!実際手を組んだほうがいいに決まってる!そのために逼迫した状況に少し私なりのイマジネーションを働かせて話しただけ!」
私の非難めいた言葉を拾う。
「単に私達が動きやすいように状況を整理させてもらっただけです!私達も目的を果たせてラッキー。彼らも命が助かってラッキー。Win-Winですね!」
なによそのういんういんって。
「ていうかなんでお二人はこの街の状況にそんなに介入したいのです?」
グレイズさんに話題をふる。インテグラはなんか煙に巻かれそうな気がしてこういう話題は避けてしまう。
「ふむ。君は感づいているとは思うが1ヶ月前にシャッドを殺したのは私達に縁深い相手なんだ」
「彼女の親父殿ですよね?」
「何だそこまで話していたのか」
インテグラはニコニコしながら
「だって運命感じちゃいましたし」
「なによそれ」
「だって路地裏!暴漢!少女!運命感じちゃうでしょ!?」
「いやわからん」
まじでわからん。どういう感性?
「良かったのか?」
グレイズさんの声色には少し厳しさが含まれていた。
それを話したリスクを考えているのか?
そんなふうにも取れた。
「いいんですよ~。この子、いい意味で小心者だし」
悪かったな小心者で。
私が少しムスッとすると彼女はいたずらっぽく笑う。
「ならいい。あまりやんちゃはしないでくれよ。コウと再開したとき私のメンツが立たない」
「わかってますよ!で、話戻しますけど。一応、私達の旅の目的に父さんの後始末をしていこうってのがあるんです」
「後始末?そんなにだめな父親なの?」
「だめですね!」
「だめだな!」
ふたりとも即答するあたり相当だめらしい。
「育児放棄しているってのは目をつむっても、いやつむれないですけど!つむっても!」
いやその時点でかなりつむっちゃだめだろ。
「ほんとうになぁ。あの男はなぁ」
グレイズさんが張り付いた笑顔を浮かべる。それと同時に彼女の持っていた紅茶から湯気がでる。
「私の父の遺言を履き違えてなぁ…」
紅茶が沸騰し始める。
「一発殴ってやらんと気が済まんのだよなぁ」
紅茶が沸騰しきってカップからこぼれだしグレイズさんの手にかかろうとするが肌に触れる前に蒸発していく!
「グレイズさん!紅茶!紅茶が!」
「おっと、すまんすまん」
私の言葉でグレイズさんは張り付いた笑みをかき消すとため息をつく。
「とにかく私達の旅の目的の一環として今回のことは看過できんのだ」
「はぁ…」
なんというか随分と…
「効率が悪いって思いましたね!」
「思ったよ」
「けどしょうがないんです!父の不始末はできる限り解消していくのが娘たる私の役目なので!」
「なんで?」
「なんでって…」
インテグラが口に笑みを貼り付けたまままじまじと私をガラス玉のような目で見る。
「それが血の繋がったものの役目でしょう?」
嫌だ。
背中にナメクジが這っているような不愉快さを彼女から感じる。
これには覚えがある。
私の最愛の妹と同じだ。
役割を果たそうとするために本来持つべき疑問に気付かない愚かしさ。
「あ、お茶がなくなっちゃいましたね!おかわりもってきます!」
インテグラがポッドを持ってカウンターへ離れていく。
「君はインテグラを不愉快と思えるのだな」
グレイズさんの声に背筋が凍る。神の不興を買ってしまったか?
「いいんだ。そんなに怖がらないでくれ」
グレイズさんが寂しそうに笑う。
「彼女はアンバランスなんだ。…親の愛情を受けたことがないからな」
親の愛情…か。確かにあれは必要だ。私は妹にあげられなかった。
「できるだけインテグラと話してくれると嬉しい」
「…私は何もできませんよ?」
おそらくインテグラのアンバランス?どういう意図があってその表現をしたのかわからないがそれをなんとかしてくれることを期待しているのだろう。残念ながらそんな力はないし期待されても困る。
「できなくていいんだ。色んな者と関わることで彼女は変わっていく。私はそれを信じたいんだ」
信じている、ではなく信じたい。
私はその言葉でグレイズさんのことが少し好きになった。