父親の名を聞いて
わりかし立派な警察署の応接間に通されると情報共有を行うことにした。
部屋の中には私、フレデリカと7月席のグレイズ・ジュライいやフミツキ、インテグラ、多分、天使の警察の方。
「で、なんで警察署の真ん前で戦闘になってたの?」
インテグラが苛立ち気味に問う。
「それは私から説明させていただきます。私はここの警察署代理所長、ブレックスと申します」
まだ若く精悍な顔つきをした男だ。好感が持てる。若いのに警察署代理というのはよほど優秀なのだろうか。そういえばこの警察署で年配の方はあまり見ない気もするけど。
「酒場でグレイズさんが暴れていたマフィアを捉えてくれまして」
ああ、あの私とインテグラが宿屋で聞いた爆発はそれね。
先の戦闘でも爆発を多用していたことからおそらく7月席のファクターは爆発に関するものなのだろう。
「一応、聞き取りにこちらに来てもらったのです。その際にマフィアが来ましてね。なんでも仲間が警察官にさらわれたのだとか」
さすがマフィア!ファミリーと形容されるだけあって随分と仲間意識が強いのね。
「しかし妙なことにグレイズさんが捉えてくれた連中の中に奴らが返せと主要していた男はいないのです」
「勘違いで攻めてきた?」
つい声に出してしまう。
「ええ、なんでも身ぐるみを剥がされて路地裏に転がされた上に仲間を拉致されたとか。我々はそんな事をした覚えはありません!」
ん?
嫌な予感がしてインテグラの顔を見ると若干表情が引きつっている。
「へ、へぇ~。それは何と勘違いしたのかしらね?」
声も上ずっている…。
「私達はいないと主張したし、そもそもいても返すことはしなかったでしょう。それで戦闘になリまして」
「私もまさかいきなり攻撃してくるとは思わなかったぞ。血気盛んなことだ」
あっはっは、とグレイズさんは笑い飛ばした。
「グレイズさんこいつが原因です」
「ちょっとぉ!」
速攻で告げ口した私の口をインテグラが塞ぐが覆水は盆に帰らぬのよね。
「いや違うんですよ。ここについていきなり女の子が襲われているじゃないですか。これは大変と思ってええ。マフィアといきなり事を構えようなんておもいませんって。げほげほ。拉致したんじゃなくて思ったよりも痛手を追わせてしまったので回収したわけですよはい。手当です手当。すっごい気遣いできる女ですね私。ちょっとおいたがすぎたかもしれませんが正当防衛です正当防衛」
「インテグラ?」
「ひゃい」
ひっ。
グレイズさんこっわ。目が全く笑ってない。うちの妹よりも迫力ある。
「申し開きは…それだけか?」
「私がやりました!申し訳ありません!」
深々と頭を下げるインテグラ。
おお、これが悪党の末路か。
「ふむ折檻はあとにするとして」
折檻?
「こういうことは多いのか?」
グレイズさんがブレックスに問う。
「小競り合いは多いですが警察署に殴り込みに来たのは初めてですね」
「これのせいかな?中身はまだ見てないけど」
インテグラが卓上に財布を置く。ゴトリっと重みを感じさせる音がした。それチンピラからパクったやつでしょ。なかなか持っているわね。
「どれ」
グレイズさんが財布を逆さまにして中身を卓上に出していく。
小銭ばかり出てきた。しけてるわね。
最後にファスナーに引っかかっていた何かがゴトンと落ちる。それは円柱状の何かを密封しているような入れ物だった。中身は黒くて見えない。
「なにこれ」
「インテグラ」
「はいは~い」
グレイズさんに呼びかけられインテグラが入れ物を手に取る。
「アクセス」
短く彼女がつぶやいて目をつぶり入れ物を握り込む。
数秒して目を開いた彼女は厳しい顔をしていた。
「随分といい趣味している」
声には怒りがまじりその入れ物の製作者に対する軽蔑がありありと表れていた。
「人間よ。人間が詰められている。まだ生きてる」
そう言うと彼女はその入れ物を丁寧に卓上においた。
グレイズさんは目を伏せる。
私は言われたことがまだ理解できていなくて目を瞬かせることが精一杯だった。
その中でブレックスさんだけが冷や汗をかき、目を見開いている。
「そんな…まだ…こんなものが…」
「ブレックスさん。この方に覚えはありますか?」
インテグラが優しく声をかけるとブレックスさんは語りだした。
「1ヶ月前、2つのマフィアがこのまちを支配していました。ボウルファミリーとボックスファミリーです。ボックスファミリーはボウルファミリーと比べ規模も少なかったのですがボスのシャッドが強力な天使でして。我々警察も太刀打ちができなかったのです」
辺境とはいえ警察と敵対マフィアを相手取ってなお権力を維持できる天使。たしかに強力だ。
「ただその強さにもからくりがありました。彼は人間に限らず『箱』に生き物を詰めて電池として力を得ていたのです」
吐き気と嫌悪感が私を襲った。反射的に口を手でおおう。
「大丈夫?外に出ている?」
インテグラが背中に手をおいて気遣ってくれた。
「そう…いいえ。聞くわ」
一ヶ月前のマフィアの抗争。妹が関わっている可能性が多い。なにせ私の愛しの妹はマフィアにさらわれたのだから。
「シャッドのファクターは『バリアブル』。空間障壁による絶対防御が特徴です」
「空間障壁…」
インテグラがどこか期待するような声で繰り返したことは私は聞き逃さなかった。
「彼は愛人のラキタの何でも柔らかくする『ラバーズ』のファクターと自分のファクターを組み合わせて生体電池を量産していたのです」
なんともおぞましい話。こんなものを量産だなんて。イカレカップルめ。
「しかしそのシャッドも1ヶ月前に殺されています。ですからこんなものはもう作られてはいないと思ったのですが…」
全員が卓上の不幸な方に視線を注ぐ。こんなことをするやつは絶対に許してはならない。
重苦しい空気が流れることを嫌ったのかインテグラが手を叩いて注目を集める。
「色々とまだ聞きたいことはあるのだけれども…ブレックスさん」
インテグラが期待を込めた視線で若き警察署長代理を見つめる。その視線はどこか熱を帯びている印象を受けた。口は三日月を描きニンマリと笑顔を形作ってはいるが目が怖い。なんというかガラス玉のようで明らかにブレックスさんではない別の誰かを見ている。
「そのシャッドとかいう畜生を殺した方の話を聞いてもよろしいですか?」
ブレックスさんはその視線にドギマギしたような怯えたような反応を示しつつも答えた。
「それが驚いたことに殺したのは人間なのです。名前は確か…コウと呼ばれていたとあの騒動の関係者が語っていましたが…」
そのコウという名前を聞いたときだ。
彼女は恍惚とした表情を浮かべ目を細め宙を見つめる。
その表情があまりにも蠱惑的で恐ろしくて。
父に対する愛情の深さを周りが察するには十分すぎて。
愛情の深さが常軌を逸しでいるだろうと察してしまって。
私とブレックスさんはつい「ヒッ」だなんてクソダサい声を上げてしまったしグレイズさんは天井を仰いで呆れていた。
そう。
彼女が父親の話をしていたときに私が感じたのは執着だったと確信した。
ヤンデレいいよね