神様に会った日
爆発から1時間、インテグラが「おそーい!」としびれを切らしたためホテルを出ることにした。出る前に彼女はチンピラAに猿ぐつわをかませることを忘れていない。そうだよね。起きて騒がれたら厄介になるかもしれないもんね。もうどうにでもなれっての。
「私も行くの?」
「そりゃそうよ!私みたいなお子様がこんな街を一人で出歩いたら危ないでしょ!」
「いや見た目で言えば明らかに貴方のほうが年上でしょうが」
「だって私、警察署行くの初めてだし」
「あら意外。てっきり犯罪を重ねているものかと」
「ええ。そんなふうに見えてる?」
私がわざとらしくチンピラAを見ると咳払いを一つして低い声で
「私、インテグラは自分の正義にもとる行動を一切とった覚えはない。不埒な犯罪者をこのように捉え、然るべき処罰を与えるのは社会秩序のためであり卿も同じ判断を下してくれるものと確信している」
「言っていることがまんま独裁者の卵じゃないの」
法の裁きが死んで私刑が横行したら社会崩壊の合図だっての。
「まぁ冗談はさておき。ここも安全ってわけじゃないしね。こいつから情報を得るよりも合流することを優先したいの」
「安全じゃない?」
「そりゃマフィアの構成員拉致していたらどっかで足つくわよ」
う~ん、そういうものかなぁ?
ひょいとインテグラが何かを投げてよこしてきた。腕輪?
「奴隷章よ。神様の所有物を示す1番グレードが高いやつ」
「私は奴隷じゃない」
「フレデリカがそのままフラフラと出ていったら飢えた男どもに何されるかわかんないわよ」
そう言われると返す言葉もない。今はちびっことはいえこう見えて私は可愛いのだし、竜族なんてのは年齢がぱっとみ不詳すぎてどんな姿をしていても合法に見られてしまいがちなのだ。内心の葛藤を無視して二の腕にはめると腕輪についた宝石が美しく輝いた。炎のように光が揺らめいて吸い寄せられる。
「これでどうにかなるでしょ。よほどのバカじゃなければ神様の所有物に手を出そうなんて思わないだろうし…聞いてる?」
「これ売ったらいくらになるかなぁ」
つい本音が口に出た。ハッとしてインテグラを見るといたずらっぽく笑い
「良い感性をお持ちで」
と言われてしまった。
ホテルから出て木造住宅の多い大通りを進む。
通りがが石レンガ造りなのが本来、この都市がそれなりの水準を誇っていることを物語っている。私の里とは大違いだ。
大通りは比較的治安が良いのかトラブルなく進めている。路地裏から顔をのぞかせている輩は私にギラついた目を一瞬見せるが腕輪を見て舌打ちして顔を引っ込めるのがほとんどだ。
「まじで効果あんのね」
「そりゃあ、変に手を出したら一族郎党皆殺しになりかねないしね」
そういったインテグラは顔をしかめている。
「何が気にいらないのよ」
「いやーなんか治安が良すぎると思って」
確かにマフィア同士が本気で抗争していたら街中阿鼻叫喚の渦になっていてもおかしくない。
大通りでは暴動で破壊されたものもない。
「人通りの少ないところはあんなだけどさ。私達もマフィアの抗争が続いているって聞いていたからそれなりの準備をしてきたのよね」
そう言いながらインテグラは背中の長方形の箱を軽く叩く。
「そういやあなた方はなんの目的があってここにきたのよ?」
「人探しよ」
目を細めて彼女は言った。一瞬、彼女からうすら寒気を感じた。この感じ何なんだろう。
インテグラが右胸のポケットから1枚の紙?を差し出した。
なにこれ?絵にしては妙にリアルというか。
いや注目すべきはそこじゃないか。
紙には結婚式の最中であろう1組の夫婦があった。
妻の方はインテグラが成長すればこうなるだろうな、という姿だった。なにより美しい笑顔をしている。幸せいっぱいで見ているこちらが幸せになりそうな。…どっかで見た気がする。
もう1人は少し緊張した面持ちでこちらに目線を送っている。特段、美男子というわけではないが容姿が劣っているというわけでもない。中の上くらいの容姿。なんとなく幸せに慣れていないような感じがする。
「女は見た覚えあるけど男は見たことないわね」
「私達はその世界一かっこよくてほっとけない男の『人』を探してんの」
「人間?」
「そうよ。私の父さん」
「そうなんだ」
そっけなく対応したが内心少し動揺した。ヒエラルキー最下層の種族じゃない。身体的に脆く、ファクターも持たないか極低出力な種族的にみてなんら利点を持ち合わせない種族。娘であるインテグラはファクターを持つことから人間の要素は遺伝しなかったようだけど。
「なんで私に話したの?」
人間の娘なんて知られたらたとえ人間の遺伝がなくとも差別されることが常だ。それを明かすメリットはない。
「そりゃあ信頼してほしいから。私のことは正直に話すわよ。私がある程度力を持っているのは見せたし、私が人間の子供だってことを気にするなら貴方は私と別れても全然構わないわ」
「別に私は貴方がそれなりに強ければ気にしないわよ」
加えて割りと卑怯なところもいいとおもう。私だけでは荒事になったらこの姿であることも重なって状況を切り抜ける手段がかなり限定されてしまう。
「そういう合理的なところ好きよ」
インテグラは屈託なく笑う。こんな顔で笑われたら警戒心も薄れてしまうものだ。
「で、女性の方は?」
紙を返しながら質問する。
「先代10月席のルーラ・オクトバー」
「は?」
いやいやいや。
「え?ギャグ?面白くないわよ?」
「本当です~!」
紙を受け取りながらインテグラは頬をふくらませる。
通りで見覚えのあるはずだ。めちゃくちゃ有名人じゃない。
「結婚したのは神としての資格を失ったあとだけどね」
それでもそんな身分の方が人間と結婚、あまつさえ子供まで作っていたのかというのは驚きだ。世界は広い。インテグラがファクターを持っているのも頷ける。
「珍しいわね。資格喪失したあとも生きているなんて」
普通、殺されて資格剥奪ってパターンが多いのだけど。そういや現在10月席は空席だったっけ。
「先代の7月席が母さんを負かしたあとに部下にしてね。多分その期間が母さんにとって一番幸せだったと思う」
慈しむように夫婦を見つめる彼女を私は好きになれそうだった。
街にあった案内板によればもう警察署近くだが妙な喧騒が聞こえた。まるで争っているような…。
「撤退!」と私。
「突撃!」とインテグラ。
「「なんで!?」」
二人で顔を見合わせる。
「私は厄介事には極力関わりになりたくないの!」
「状況に介入してこそその後の展開に有利に関われるかもしれないでしょ!」
そういう言って私の手を取って引きずり始めた。体格差でじりじりと引きづられる。
「まって!せめて突撃する理由を教えて!行く気になるかもしれないから!」
「グレイズ!情報!警察とのコネ!」
「グッ!」
確かに魅力的ではあるがいかんせんリスクが高い。
「私をおっきくしてからならいいわ」
一瞬、おそらくは『そんな暇ない』と言いかけてインテグラは私に手を伸ばした。
「アクセ…」
爆発音。次におそらくはマフィアのスーツを着た男たちが吹き飛んでいく姿が見えた。
彼らは割と痛そうな音を立てながら地面に激突し転がっていく。
それを見てインテグラが苦虫を噛んだような顔をする。
「やっぱり!どっちがやりすぎるだって!?」
インテグラが私を小脇に抱えて走り出した。
「ちょ、ちょっと!おろしなさい!」
「あれやったのはグレイズよ!もう終わる!」
そう言いながら警察署の前にでると男たちが20前後転がっている。衝撃で気絶しているだけで死んではいないようだが。そしてまだ立っているマフィアの構成員がやけを起こしたような金切り声を上げて自身を鼓舞している。
それを燃えるような赤い長髪と瞳で見定める威風堂々とした女性は口角を上げて受け止めた。
マフィアの3人が前衛となり彼女に突撃をする。身体強化系のファクターを持っているのか。
「速い!」
つい声に出てしまうくらいに速かった。
残りの二人が後衛となり雷撃を赤髪の女性に降り注がせるがすべて女性に届く前に霧散している。
単純にファクターの出力に圧倒的な差があるのだ。出力に差がありすぎればどんなファクターでも無効化される!
「敵を倒そうという姿は感心するが見誤ったな。私は君たちがどれだけ束になっても負けはせんよ?」
彼女の声は戦いの最中にあっても熱を帯び場を走る。
言い終わると同時に彼女に接近した3人の頭上で小規模な爆発が起こる。そのまま3人は脳震盪を起こし昏倒した。その直後に後衛の2人にも爆発が起こり昏倒した。
私達が現場について30秒もしないうちに状況は終了していた
その彼女の脇から警察がぞろぞろと現れてマフィアと思しき連中を拘束していく。
赤髪の女性がこちらをもいると手を振りながら近づいてきた。
「お、インテグラ~!」
意気揚々と言った感じである。
インテグラは私を無造作に脇から話した。着地に失敗したカエルのように地面に落ちる私。痛いわよ。
「なにやってんの!?」
近づいてくる女性にインテグラもつかつかと歩み寄る。
「私に目立つことはするなって言ったよね!?おっしゃっていましたよね!?」
「あっはっは。いや成り行きでね」
糾弾するインテグラの頭を笑って撫でる。
「笑ってごまかすな!」
その手を払いのけられるがそんなことを赤髪の女性は意に介さない。
「私は間違ったことはしていないよ?」
「そういう問題じゃないのよ…貴方は目立っちゃいけないでしょうが…」
インテグラが肩を落とす。まぁ彼女がそうなんだろうなぁ。なんというか色んな所で格が違うっぽいし。
赤髪の女性がこちらを見る。遠目から見てもそうだったが近づくと一層美人だとわかる。赤い目に吸い込まれそうになり緊張する。肌で感じる。彼女は私達とは別格。威圧感ではない。そんなものなら私は一目散に逃げている。思わず吸い込まれるようなカリスマ性。それが彼女にはあった。
「君、名前は?」
「フレデリカ…です」
彼女に見とれて阿呆みたいにぼんやりと答えてしまう。
「そうか。可愛い子じゃないか。インテグラもいい友達を見つけたようだ」
「いえ、そんな、友達、なんて…」
やばいやばいやばい!舌が回らない!はっきり答えろ!根暗に思われるだろうが!
里にいた冴えないグループの連中のような言動をしてしまい頭がぐるぐるする。
私は里の巫女、私は里の巫女、里の巫女!それなりの地位にいてそれなりに頭を下げられていた!上納金ももらっていた!私みたいな竜族の市場価格は世間ではかなり高い!希少価値!胸を張れ!私はお山の大将だ!
息を吸う。
「お初にお目にかかります。フレデリカ・フリューゲル・アグニスと申します」
改めて挨拶をした私に太陽のような笑みを返し彼女は名乗った。
「私はグレイズ。グレイズ・フミツキと名乗っておこうか」
それが私が初めてであった神様の偽名だった。