4、推し、現る
翌日、前日とは打って変わって気分良く私は登校した。
この世界の漫画もいいわね!!
前世と似たような漫画もあれば全く見た事のない漫画もあった。
新しい物に触れるというのは大変楽しい。
まだまだ読んでみたいものがたくさんある。
さすがに全部買っていると仕舞うのに困って両親には見つかってしまいそうなので今度からは電子書籍にしよう。
昨日は両手にアニメショップの袋をどっさり、更には家電量販店で買った携帯ゲーム機も持って家に帰った。
幸い母は出掛けていたため問い詰められることはなかったのだけれど、運悪く先に帰っていた弟の前で荷物を落として中身をぶちまけてしまった。
『姉さん………これは……一体……』
引き攣った顔をした弟の顔は一生忘れないだろうと思う。
ごめんね弟よ……今度からは見えないようにしとくからね………。
これからが楽しみ!とうきうきルンルンしていた私はいつものように昼休みに食堂に向かっていた。
一流のシェフが作るここの食堂のご飯は本当に美味しい。
今日は何にしようかしらね、と友人と話しながら歩いていると後ろがザワめき、廊下にいた生徒達がモーゼのように端に寄った。
なんだなんだと思いつつも皆と一緒に私も端に寄り、ひょっこりそちらの方を見る。
あ!!!!
と大声を上げそうになるのを慌てて自分で口で抑えた。
「先程の授業での発言、とても素晴らしかったです!」
「美琴様、今度のお休みはどこに行かれるのですの?」
「フランスの美味しいお菓子が手に入りましたの、ぜひうちに食べに来てくださいまし!」
何人かの女生徒が固まってその開かれた道を歩いている。
その中心にいて周りの女生徒達にしきりに話しかけられているのは………
東雲美琴、The nature of courseの悪役令嬢。
そして………
私の最推し!!!!!
すっっかり忘れていた。
ここが乙女ゲームの世界で攻略対象者がいるならもちろん悪役令嬢だっている。
当たり前じゃないか!!
目の前を通りすぎる、ブロンドの長く綺麗な髪、つり目で少しきつい印象を与えるけれど美人な美琴様をぼんやりと見つめる。
はぁ、やっぱり実物も美人………
「いつ見てもすごいわね、東雲美琴様とその一派。」
「ほんとねぇ、圧があるというかなんというか……」
食堂でランチをしながら友人2人が言う。
ちなみに今日の私のお昼ご飯はビーフシチューオムライスだ。
いい卵、いい米、いい肉を使い、一流シェフが作ったものはとても美味しい。
記憶が戻った今はなおそれを感じる。
ふわふわの卵に包まれたトマトの酸味が効きながらもこれまたまろやかで、コクのあるビーフシチューとマッチしたチキンライスを飲み込んだ後、私は彼女たちに尋ねる。
「東雲様って中等部の頃からそうなの?」
私の知ってる彼女はゲームの中でのみ。
過去回などもなかったため、ゲーム以前の彼女のことはあまり知らない。
「そう……ねぇ。初等部の頃から周りにたくさん人はいましたし……なんと言ってもあの王子の婚約者ですもの。」
「目立ちますものね。とても厳しい方なので注意を受けられる方も多いの。」
ふーん、と私は再び口にオムライスを運びながら相槌を打つ。
王子こと天花寺大雅の婚約者である東雲美琴はゲームの中では悪役令嬢。
乙女ゲームではよくいる悪役令嬢の如く、婚約者に近づく主人公に辛く当たるポジションで、やれ失礼だやれ無礼だと言ったりなんだりする。
主人公だけでなく周りの失礼な方々にもきつい口調で言い、キツめの美人な顔も相まってなかなか迫力があった覚えがある。
友人たちの話によるとこれは昔からのようね。
ちなみに、美琴は婚約者の天花寺大雅に対しても厳しく冷たい。
『天花寺グループを率いる者として恥ずかしくない振る舞いをしてくださいまし!!』
等々厳しい目付きで天花寺大雅に言っているシーンがあったりする。
主人公に陰湿ないじめをすることはないけれど、取り巻きの女子達が陰口を叩いたりとか物を隠したり、みたいなイベントはあった。
それを美琴が指示していたのかまではゲームではわからなかったが。
ともかく、そんな冷たい悪役令嬢のイメージがある美琴の印象が私、いや、全プレイヤーの中で一変したのはクリア後のアナザーストーリーだった。
メインの攻略を全て終えると裏攻略者のルートに挑戦したり、メインストーリーを攻略者視点以外で楽しめるアナザーストーリーを見れたりする。
特にキャラを動かせるわけではなく、延々とキャラ視点で話が進められる。
そのアナザーストーリーには美琴視点の物もあった。
そこで、分かるのだ。
彼女がただただ天花寺大雅が大好きであるということを。
大好きなのにツンデレのツンが強すぎるばかりに思いは1ミリも伝わらない不器用な悪役令嬢であることが!!!!
例えば、成績が自分よりいい主人公に大雅が興味を持った時の台詞は
『大雅様よりいい成績を取るなんて………たまたまですわ。庶民の教育なんてたかがしれていますもの。大雅様も、庶民に負けるようではいけませんわよ。』
だが、内心はこうだ。
『次は、次は絶対勝てますわ大雅様!!それにしても、いい成績を取って大雅様に気にしていただけるなんて………私ももっと頑張ればよかったかしら……次回はもっと力を入れて勉強致しましょう。』
なんて健気……!!それなのにそれを表に出す事が出来ずに冷めたことを言ってしまう。
ツンデレのツンしか表面に出ないのだ!!
また、これは本編では全く描かれていないアナザーストーリーのみの話だけれど、転びそうになる美琴を大雅がイケメンに支える、というシーンがある。
ここでの彼女の台詞はこうだ。
『失礼致しました。ですが、支えていただかなくとも受身をとれましたわ。例え婚約者とて、公共の場であまり触れられると困ります。』
だが、内心はこうだ。
『大雅様が助けてくださいましたわ………!!!だけれど、こんな周りに人がいる中つまづいてしまうなんて淑女として情けない……あぁでも大雅様に支えていただけた……でもでも恥ずかしい……!!』
ツンデレが強すぎて嬉しい気持ちが全く分からない!!!
表情も一瞬、少しだけ、赤くなっただけでクールなまま。
そんな彼女は毎日家に帰ると一人反省会をし、素直になれない自分を悔やんでいる。
それでも全くツンデレは変えることが出来ない。
元来ツンデレ好きの私はコロリと落ちた。
美琴様超かわいい!!!!推す!!!
そんな私の最推しとリアルで会えるなんて夢みたいだ。
遠目でいいからずっと見守っていたい。
シナリオ通りに行くともちろん美琴様は天花寺大雅と結ばれない。
でも私は大雅と関わらずモブになろうと思っているので、二人の婚約はきっと解消されずそのまま結婚するであろう。
ハッピーエンドだ。
でも、シナリオと違う展開になるということはすんなり二人がくっつく、という話にならない可能性もある。
二人の関係は現状そんなに良くはない。
美琴様は大雅が大好きだけれど1ミリもその気持ちは多分伝わっていないし、大雅に至っては美琴様に興味もない。
もし私が表に出ないことによって、第二、第三のヒロインが出てきてしまったら!?
彼女は結局悪役令嬢になってしまうのでは!?
本来のヒロインはそんなの認めない!
美琴様には絶対に幸せにしないと!!
ここで私はモブになることを辞めた。
新たな目標は、美琴様の「親友」もしくは「付き人」になって、恋を応援しよう!!に決まった。
続き、早めに上げられるように頑張ります!