ー5ー 【異世界~今日は昨日より必ずいい日になる】
悟とセトは、初冬の夜気に凍えながら、家人を起こさぬよう、忍び足で帰宅した。
裏口のドアノブを握った刹那、背筋に悪寒が走り、悟は嫌な予感がした。
「どうしたの?」
セトが尋ねる。
悟が感じた気配は闇に紛れて消えていた。
「いや、気のせいか・・・」
2人は急いで家の中に入り、ドアを施錠した。ようやくセトも異変を感じたようだ。
ーーー静かすぎる。
音を立てずに廊下を進む。踏みしめた板の軋む音だけが響く。2人は居間を抜け、両親の寝室の戸を叩いた。
「サトルです。父さん、母さん、起きてる?」
しばらく待つが返事はない。
「父さん!母さん!開けるよ!!」
返事を待てず、悟は戸を開け放った。
そこには、亡骸となったジンとマキの姿があった。部屋は散乱しており、何者かと争った形跡がある。また、マキの上にジンが覆い被さるように倒れており、ジンがマキを庇ったことが窺えた。ジンの背中には、爪痕がくっきりと刻まれていた。
悟とセトは立ち竦み、しばらく動くことができなかった。悟に沸き上がった感情は猛烈な怒りだった。見ず知らずの自分を家族のように迎え入れてくれた。そんな2人が何故殺されなくてはならないのか。許せない。絶対に許さない。悟は怒りに目が眩んだ。
一方、セトの心は哀しみで溢れた。大好きな父と母を唐突に失った。想い出が泉のように沸きだし、抱き留めようとする腕の隙間から、零れ落ちていく。壊れた蛇口の如く、涙が止まらない。セトは悲鳴のような泣き声をあげ、その場に崩れ落ちた。
どれくらい経っただろうか。悟は我に返り、隣で横たわるセトを抱き寄せた。泣き腫らした両目が悟を見上げる。
「大丈夫。君は僕が護る」
いつかセトが悟に言った言葉を裏返しにして、悟は呟いた。
ようやく頭が冷めてきた。ヤナギ婆さんとトキはどこだ?悟は立ち上がり、セトにここで待つように告げ、ヤナギ婆さんの寝室へ向かった。戸は開いており、ヤナギ婆さんの姿はない。部屋を調べてみると、普段は種火を残している暖炉の火が消されいる。悟は近づき、暖炉の奥を覗き込んだ。
「これは・・・!」
暖炉の灰の上に、悟は大人と子供、2人分の足跡を見つけた。ヤナギ婆さんとトキに違いない。悟はそう確信し、身を屈めて暖炉の奥へ進んだ。
普段は気づかなかったが、暖炉の奥は通路になっていた。始めは煉瓦で舗装されていたが、しばらく進むと、岩肌が剥き出しの洞穴になった。両側に据え付けてあるランタンの灯りを頼りに進むと、ようやく出口の明かりが見えた。
そこは、牧場の反対側に広がる森だった。夜明け前の森は蝙蝠や木菟の目が満月を反射して怪しく光り、湿った空気が重く立ちこめていた。地面に目を凝らしたが、足跡は見つからない。
「ヤナギ婆さん!トキ!」
反応は返ってこなかったが、2人はどこかへ逃げ延び、必ず生きていると悟は信じることにした。
夜が明けた。悟とセトは、ジンとマキが入るだけの穴を掘り、2人を埋葬した。黙祷を捧げ、悟は仇をとると固く心に誓った。
それから、悟とセトは身支度を整え、ヤナギ婆さんとトキを探すため、まずは隣町に行くことに決めた。
「今日は昨日より必ずいい日になる」
セトが呟いた。
「母さんがよく言ってたの。どんな辛いことがあっても、きっといいことが待ってるのよ、って」
「ヤナギ婆さんとトキは必ず見つかるよ」
悟は答えた。
2人はしばらく黙って家を見つめた。枯れ果てたはずの涙が込みあげてくる。振り切るように2人は踵を返し、町へと歩きだした。
死は誰にでも訪れるもので、それは時に唐突なものです。そして、死を受けとめることは、生きることについて考えることにもなります。生は死に、死は生に繋がっているのです。