ー4ー 【現実世界~警視庁公安部特殊捜査対策室】
「一七二○、マルタイ消失!繰り返す、一七二○、マルタイ消失!!」
土御門仁のイヤホンが叫んだ。くそ、失敗だ。土御門は舌打ちし、左耳のイヤホンを毟り取った。
「撤収!」
無線に向かってそれだけ叫ぶと、土御門は、運転席の鏑木真希に顎で発車を合図した。黒塗りのセダンはその場でUターンし、警視庁へ向かった。
警視庁公安部特殊捜査対策室。略称「特殊」。常識では説明のつかない事件ばかりを扱う、文字通り特殊な部署で、一部の人間しか知らない極秘組織だ。ここに所属するメンバーは単なる警察官ではなく、大学教授や傭兵など、様々な経歴、学問的知識を兼ね備えた、精鋭と言える。
専用エレベーターにセキュリティカードをかざし、階ボタンに表示の無い、地下7階へ降りる。エレベーターを降りた廊下の突き当たりが特殊の対策室だ。
ここでもセキュリティチェックをし、土御門と鏑木は入室した。
「全員集まってくれ」
土御門の号令に、即座に全員が反応し、中央の会議机に着座する。
「今回の作戦は失敗に終わった。保護対象の日下悟は、犯人に黒い飛行物体によって、移動もしくは消去されたものと判断する」
「飛行物体は遠隔操作されていたとみて間違いありませんね。また、悟くんが消える直前、飛行物体が物凄い速度で振動していましたが、この振動が何らかの影響を与えたと考えるのが自然でしょう」
説明したのは、土御門に無線で悟の消失を報告した、間宮太一だ。
「遠隔操作の拠点は割り出せないのか」
「飛行物体の正体が分からない以上は難しいですね。カメラレンズが内蔵されていましたから、飛行物体が直接見えない場所からでも操作は可能だと思いますし」
「重要参考人の岸の方は」
「尾行していた南田からは、喫茶店で取材中だったとのことで、特に怪しい動きは報告されていません」
「わかった。飛行物体から発せられた声の声紋照合を至急科捜研へ依頼するように。岸の尾行も継続。以上」
春に室長に就任して6か月が経ったが、この事件については、ようやくスタートラインに立てた、という印象を土御門は持っていた。
失踪事件は年間少なくない数で発生しているが、そのうち、失踪の理由や方法が不明なもので、かつ、不審な黒い飛行物体の目撃情報と合致するもの、となるとその数は絞られる。
きっかけは偶然だった。5月初旬に、大阪で不審な飛行物体の目撃情報があり、裏取りで聞き込みをしていた際、ある失踪事件の発生場所・時刻と、飛行物体のそれとが一致することが判明した。土御門は失踪事件との関連性の調査と、他に失踪事件と飛行物体の目撃情報とが合致する事件がないか、鏑木と間宮に指示した。
程なく、間宮から報告があがった。
「関連性が疑われるのは、3月に福岡で起きた甲野覚の失踪事件ですね。パンクバンドのボーカルをつとめる甲野はライブを終え、タクシーで帰宅、自宅アパートのドアの前で姿を消しており、同じアパートの住人が飛行物体を目撃してます。甲野はその3日後、何事もなかったようにアパートに戻っています。失踪中の記憶は全く無いそうです」
他にも類似事件があることについては、土御門の読みどおりだった。
関連性があると仮定した場合、失踪事件の犯人は、飛行物体を使用して被害者を連れ去ったことになる。ヘリや小型飛行機では目立ちすぎるが、ドローンのようなものでは、被害者を攻撃することはできても、連れ去るのは物理的に無理だ。催眠術の類いで被害者を誘導?はたまたUFO?いずれにせよ、説明のつかない手法で連れ去ったわけだ。こうした状況から、犯行は計画的である可能性が高い。
では、動機は?大阪の事件では身代金等の要求が出されていないため、金目的の線は消える。被害者に恨み?被害者が恨みを買う要因は見当たらない。北朝鮮のようなスパイ要員としての誘拐、これなら筋は通る。
こうした考察から土御門が出した結論は、計画的な犯行であり、何らかの人材確保を目的とした誘拐であること、犯行に極めて高度な技術を用いている可能性があり、その費用対効果もふまえると、一件のみではなく、連続性が予見される、というものだ。
しかし、3日後に記憶を消されて甲野が戻っている点が解せない。何らかの手違いがあったのだろうか。
「引き続き調べてくれ」
間宮にそれだけ言うと、土御門はまた思考の海へと潜っていった。
警察内に秘密組織があるのは、ケイゾク、SPECから着想しました。今後、現実世界と異世界が複雑に絡み合います。見失わないようについてきてください!