ー39ー 【異世界~第三の眼】
「・・・お父さん!お母さん!」
セトの目から大粒の涙が溢れ落ちた。
そこにいるのは、本当にジンとマキだった。少なくとも悟には、否定する根拠が見当たらなかった。
悟も目頭が熱くなる。2人を埋葬した日が、遥か昔の出来事に感じた。
「生きてた、ってことだよね?」
悟の問いに、意外な答えが返ってきた。
「悟くん。私は警視庁の土御門だ」
「えっ?」
悟とセトは同時に声をあげた。
確かに通信の声とよく似ている。しかし、ここまで瓜二つとは、偶然の領域を越えている。
「私は、警視庁の鏑木よ。ごめんなさい、何か勘違いさせてしまったみたい」
「いえ、いいんです・・・」
「すまんが説明は後だ。とにかく奴を倒すことに集中しよう」
土御門の言葉で我に返る。振り向くと、ガクトは10m程の距離まで迫っていた。
「驚いたな。時空を操れるのか?僕の『ラウム・ツァイト』とも違うみたいだけど」
好奇心からか、興奮気味にガクトが土御門に話しかけた。
土御門はガクトの問いかけを無視し、代わりに鏑木が前に出た。
「ご想像にお任せします」
ガクトは土御門達の対応に不満げだったが、すぐに話を切り替えた。
「ところで、招かねざる客のお二人、自己紹介くらいしてくれるんだよね」
ガクトは品定めする目だ。
「私は鏑木、こっちは土御門です。2人とも治安を守る組織に属していて、今回はあなたの討伐が目的です」
「治安を守る?どこの組織か知らないが、地下世界の治安は僕が王になってから乱れてなどいないよ」
「それはあなたの勝手な思い込みだわ。治安は乱れきっているのよ、あなたのせいで」
ガクトは苛立ちの表情を見せた。
「なるほど、随分な物言いだね。僕のやり方に意見するわけだ」
「力で民を押さえつけるあなたのやり方は野蛮だわ。民の幸福を実現してこそ、王と呼べるのよ」
議論が加熱していくのを、悟は冷や冷やしながら見ていた。
「土御門さん、鏑木さんに任せて大丈夫ですか?奴を逆上させかねませんよ」
小声で土御門に尋ねる。
「彼女は犯罪心理学のエキスパートで、ネゴシエーターとしての経験も豊富だ。任せて問題ない」
「僕は皆を幸福にしているよ。僕の身体には、これまで何万という民が取り込まれてきた。彼等は僕と共に、永遠の平穏を約束されたわけだからね」
鏑木は鼻で笑った。
「呆れて物も言えない。あなたが若さを保っているのは、民を取り込んできたからなのね。彼等はあなたと共に生きてなんていない。単にあなたに消費されただけよ。そうやって消費し続けた先に何があるの?一人ぼっちになっても自分を王と呼ぶなんて滑稽だわ」
「僕は王ではなく、世界そのものになるのさ」
「夢物語をいつまでも語ってらっしゃい。みんな、目を瞑って!」
鏑木が突然叫び、自身も目を閉ざした。
次の瞬間、眩い光がガクトの目を貫いた。光線は土御門の掌から発射されている。
警察官である土御門にこんな能力があることに、悟達は驚いた。
土御門は肩で息をしており、相当なエネルギーを費やしたようだ。鏑木の交渉は、土御門が光を発射する力を溜めるまでの、単なる時間稼ぎだったのかもしれない。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
光をまともに浴びたガクトは、両手で目を覆い、その場に踞った。
「岸から一定の情報は得てきた。奴が目を使って相手を支配するらしいと聞いて、私のこの力を使うことを思いついた」
「土御門さん、あなたって一体?」
悟が尋ねる。
「私の真の姿は陰陽師なのだ。陰陽道継承者としての肩書を買われ、今の職に就いている」
陰陽師。漫画の世界の職業だと思っていたが、現代にまで継承されていたとは。悟は光線を見てもなお、俄には信じられなかった。
「・・・不覚」
ガクトは手探りで立ち上がった。
「両眼とも失明したか。まさかこの力を使う時が来るとはね」
そう言うと、ガクトはこめかみに青筋を立て、いきみ始めた。
「ぐむむむむぅぅぅぅぅぅ」
ギリギリと歯軋りを立て、奥歯がミシミシと悲鳴をあげている。
「ぐあぁぁぁぁぁあ!」
叫び声をあげたガクトの額が割れ、第三の眼が現れた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」
ガクトの髪は乱れ、呼吸も荒くなった。
第三の眼は、光彩が青く、瞳孔は普通の眼より極端に小さい。瞼はなく、前面に飛び出していて、不気味な印象を与えた。
「よく見えるぞ」
青い眼をギョロギョロさせて、ガクトは笑った。
「この眼の最初の餌食は誰かな」
ガクトは青い眼から青白い閃光を放った。閃光は悟に向かっていく。
悟の黄金の玉が光り、岩の楯を創った。閃光は楯に弾かれ壁に穴を開けた。
壁の穴は、ドロドロと腐ったようになっている。岩の楯も同様に、腐って崩れ去った。
「悟くん!みんなも、私のうしろに隠れろ!」
土御門が叫ぶ。悟達は慌てて指示に従った。
「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女!」
九字切りを素早く念じて手印を結び、土御門は結界を張る。ガクトは続けざまに眼から閃光を放つが、結界がそれを阻んだ。
「いつまで持つかな」
ガクトは攻撃の手を弛めない。徐々に結界に綻びが出始め、ついに土御門の耳の先が閃光に触れて腐り、血が噴き出した。
「・・・っ!」
精神の集中が途切れ、結界が大きく歪む。
「しまった!」
土御門は慌てて九字切りをやり直す。
「遅い!」
ガクトの眼が光った刹那、ガクトに金色の砂が降り注いだ。悟が駄目元で黄金の玉を擦って湧いた砂が、風に乗って舞ったのだ。
眼に砂が入り、ガクトは痛みから思わず眼を押さえ、屈みこんだ。
「今だ!」
土御門の声を合図に、全員が一斉にガクトへ向かって走る。
土御門は「犬神」を召喚してガクトに取り憑かせた。
「待て」
土御門が号令をかけると、ガクトの手足は固まり、身動きが取れなくなった。
鏑木は、ナギサの機関銃から外れた朱の玉を拾い、ガクトの両脚を焼いた。
悟は、黄金の玉を使って拳を岩で纏い、ガクトの両腕を殴りつけた。
最後に、セトが風迅雷刃斬をガクトの第三の眼に叩き込んだ。
「ぎゃあああああああああ!!!」
ガクトの額は割れ、第三の眼は血を噴いた。そのままうつ伏せに倒れこみ、四肢はだらりと垂れた。
どこからともなく、ポポとブイブイが現れた。おそらく隅に隠れて様子を窺っていたが、いよいよガクトが心配になったのだろう。二匹は、こそこそとガクトに近寄った。
ガクトが顔を上げ、二匹を認識した直後、ガクトは素早く口を開き、一気に二匹を口に含んだ。
そのままボリボリと音を立て、骨ごと咀嚼し呑み込む。すると、背中がメキメキと音をあげて裂け、蝙蝠の翼と蜘蛛の足が生えた。
ガクトは高笑いした。
「実にいいところに来た!誉めてつかわすぞ!」




