ー37ー 【異世界~目の奥】
通信を終えた悟は、少し苛ついていた。下手に出た聞き方から、逆に悟への信頼の無さが透けて見えたからだ。見返してやりたい、悟の自尊心がそう叫んだ。
ようやく崖の迷路を抜けることができた。眼前には湿地帯が広がり、その先に、ガクトが住むという、活火山のテロス山がそびえていた。
「活火山に住んでるなんて、ガクトって野郎は相当な変人だぜ」
アリマが山を見上げて言う。
確かにその通りだ。テロス山からは、オレンジ色のマグマが噴き出し、山肌を赤黒い溶岩が流れていく。
その光景は自然の脅威そのものであり、人間が立ち入る隙を与えていない。
山の麓まで辿り着いた。
草木は溶岩によって燃え、灰と化していた。
ごつごつとした岩に掴まりながら、山を登りはじめる。
川のように流れる溶岩が行く手を幾度も阻んだ。悟は白の玉を使い、溶岩を冷やし固めながら、道を切り拓いて進んでいった。
半日かかって、何とか山頂まで辿り着いた。山頂は巨大なカルデラが形成されており、マグマが噴き出す噴火口の上空に、城が浮かんでいる。
「拙者が城まで飛びます。乗ってください」
「私達も運ぶわ」
インロンとミコ・マコの手を借り、城内へと入った。
漆黒の巨大な門を開くと、吹き抜けのあるロビーに出た。
正面には大きな階段があり、最上階まで続いているようだ。
吸い込まれるように、悟達は階段を上っていく。
悟は、一段上る毎に、重力が増すような圧迫感を感じた。この上にガクトがいるからなのだろうか。
階段を二度折り返し、4階の最上階まで上った。
正面に正門と同じ漆黒の扉がある。おそらく王の間だ。
ゆっくりと扉を開く。4階全てがひとつの部屋になっているのでは、と思うほど広大な部屋だ。部屋の中央には穴が空いていて、穴から定期的にマグマが噴き出している。部屋の一番奥には、ガクトが鎮座していた。
部屋は壁紙から床のカーペットから、全てが血のような赤に統一されていた。
真っ赤な部屋に鎮座するガクトは、古い貴族のような金糸の装飾が施された黒いタキシードを身につけ、肘置き付の白い椅子に腰かけている。
雪のような白髪だが、歳は二十代に見える。ガクト王政になってから既に20年以上経過しているため、何かカラクリがあるに違いない。
ガクトはゆっくりと立ち上がり、ハキハキした声で語りだした。
「諸君、我が城へようこそ。よくここまで来たね。それだけでも十分称賛に値するよ」
ガクトは三度、拍手した。拍手の音が部屋に反響する。
「お前に誉められるためにここまで来たんじゃない」
悟はガクトを正視して、答えた。
「君がサトルくんか。なかなかいい目をしているね」
100メートルほどの距離を挟んで、2人は向き合った。
「僕は退屈が嫌いなんだ。さっそくはじめよう」
ガクトは手招きし、悟達を挑発した。
「サトルさんの手は煩わせない!拙者が相手だ!」
インロンは龍に変化すると、離れたガクトに向かって飛び出した。
一瞬でガクトの目の前まで迫り、口から銀の粉を撒き散らす。
「拙者の体内で生成した猛毒だ。吸い込めば、全身が痺れて動けなくなる」
「君がインロンくんだな。毒が効かない体質だから、こういう芸当もできる訳か。だが、覚えておくといい。自分だけが特別な存在だと思うのは、驕りというものだよ」
「何!?」
インロンに顔を近づけ、ガクトは目の奥を覗き込んだ。
「うあああああああああ」
目を覗き込まれた刹那、インロンの前に、悟達が現れた。皆、侮蔑的な目をインロンに向けている。
「インロン、君は使えないからもう用済みだ。さよなら」
「俺は初めからこいつは信用ならないと思ってたんだよ」
「あたしも。龍ってガサツで生理的に無理」
「わかる!顔がイケメンで騙されたけど、体臭も酷いわ」
「実は、龍族とは付き合っちゃいけないって、親に言われてたの」
「インロンくん、私からも言わせてもらうわ。あなたのこと、大っ嫌い」
どうして?これまで役に立ってきたじゃないか。話を聞いてくれ。拙者がガサツ?嫌い?龍族を汚さないでくれ!・・・
龍から人の姿に戻り、インロンは気絶して、床に転がった。
一瞬の出来事に、悟達は何が起きたか把握できなかった。
「よくも!」
タイガが四肢をバネのように使い、ガクトへ飛びかかった。
鋭い爪をガクトへ振りかざす。
「今度はタイガくんだね。ズマイラの呪いが解けたのに獣化されたまんまで可哀想な人」
ガクトは後ろへ下がり、タイガの爪を避ける。
「君以外にも罪を犯した人は沢山いるでしょう?君はいつまで償っているつもりなの?」
「あなたを倒すまでよ!」
避けられた右腕を振り下ろす力を利用して、身体を回転させ、左の爪をガクトの顔目掛けて振り下ろす。
爪がガクトの頬をかすった。血の色のカーペットに、同色の血が滴り落ちる。
「やるね」
ガクトは微笑み、タイガの髪を掴んだ。ガクトがタイガの目を覗く。タイガは思わず目を合わせた。
「牛はやれん、と言ったじゃあないか」
見覚えのある髭の男。目が落ち窪み、顔に血の気がない。
「こいつが大切な牛を殺したのよ、あなた」
髭の男の妻みたい。この人も見覚えがある。
そうか、キルトの先で牛をごねた夫婦だ。私が殺してしまったんだ。
許して。呪いのせいだったの。
「だめだ。罪を償え」
髭の男と妻がタイガの首を絞める。
苦しい。やめて。ごめんなさい。
「そうだ、殺せ」
「地獄へ落ちろ」
いつの間にか、今までに殺した人達に囲まれている。
お願い、許して・・・
「タイガ!」
タイガも気を失い、その場に倒れた。
「あいつの目を見ちゃだめだ!」
悟が叫ぶ。
一瞬で2人が倒され、全員の顔に恐怖の色が走った。
「さて、次は誰かな」
不敵な笑みを浮かべ、ガクトは首を鳴らした。




