ー33ー 【異世界~セイリュウ】
広場の先の細い通路を進むと、ビアンコ鍾乳洞の裏出口があった。寒い暗闇から暑く明るい外に突然晒され、身体がついていけない。
しばらく緑道を進むと、中華街の入口にあるような赤い門が見えてきた。
「ここ、東地区かも。私の先生が昔、東地区で修行したことがあって、こんな街だって聞いた覚えがあるわ」
セトが門を眺めて呟いた。先生?確かに、農作業の合間にキルトへ習いごとに通っていたようだが、悟は詳しく聞いたことがなかった。
門を過ぎると、通りの店々から、美味しそうな匂いが漂ってくる。肉を焼く香ばしい匂い、点心を蒸す匂い、野菜を炒める匂い、どれも食欲をそそられる。
店の軒先には、灯籠が吊るされ、何やらめでたそうな文字が書かれている。
また、向かいの店同士を繋ぐように紐が張ってあり、爆竹が吊るされている。祝い事の時には、これが一斉に鳴らされるのだろう。
飲食店街を抜けると、食材や食器などを扱う問屋街に入った。頭を落とされた鶏が吊るされていたり、豚の顔が通路に向けて置かれていたり、少し不気味な雰囲気が醸されている。
「待って。誰かがこっちを視てる」
悟は気づかなかったが、セトの他、タイガとインロンも異変に気づいたようだ。
「拙者と同じ匂いがする」
インロンは、酒樽が積まれた軒下を睨んだ。
酒樽の陰から、一匹の青龍が現れた。蛇のような身のこなしで、音もなく近づいてくる。
インロンも呼応して銀の龍に変化し、鱗を逆立てて威嚇する。
青龍は渦を巻きながら上空高く昇って消えた。と思うと、一人の老人が、青龍の消えた場所に立っていた。確認するまでもなく、青龍が変化した姿だろう。
「ワタシ、セイリュウ。四天王の一人アル。オマエ達の「気」を視てた。オマエ達、ワタシ倒しに来た。違うか?」
片言なのが逆に不気味さを増幅させる。目は落ち窪み、白髪の頭髪と髭が胸まで伸びている。足が悪いらしく杖をついており、歩く度にコツ、コツ、と音を立てた。
「お見立てどおり、僕達は呪われた世界を救うべく、ここまで来ました。邪魔するというなら戦う所存です」
悟が毅然と答える。
セイリュウは大きく頷いた。
「ガクト様は素晴らしい人。みんな一緒に幸せになれる方法、ガクト様知ってる。それを聞かないは馬鹿な人ネ。馬鹿な邪魔者は殺す。それだけ」
セイリュウは杖を悟達に向け、杖の先から、極限まで圧力をかけた水の弾を連射した。
インロンが咄嗟に楯となるが、流れ弾がミコの左翼を貫いた。
「きゃあああ!」
左に回転しながら、ミコは倒れこんだ。アリマが急いで駆け寄り、建物の陰へ避難させる。マコが泣きながら、治療を施す。
「許せない。サトル、私に任せて」
セトが前に歩み出た。何か策があるのだろうか。
「あなた、気功を使うのね。奇遇だけど、私も気功の使い手なの。お手合わせ願いたいわ」
セイリュウは窪んだ目をセトに向けた。
「ほう。確かに気の流れが他の奴よりスムーズ。いいだろう、かかってきなさい」
セイリュウが再び水の弾を発射した。セトは、寸前で弾に掌底を打ち込み、軌道を巧みに変えて避けていく。
「じゃあ、これならどうアル!」
気を溜めた動作のあと、滝を真横にしたような衝撃波が、セトに襲いかかった。
「きゃあああ!」
両手を十字に組んで水の流れに抵抗したが、堪えきれずに流れに呑み込まれる。
「セト!」
流れの中で必死にもがくセト。何とか体勢を立て直し、水中から気功砲を放った。
気功砲は流れを逆流し、セイリュウを弾き飛ばす。
「ぐおおっ!」
セイリュウは背後の壁に叩きつけられた。
セトは高速回転を始めた。周りに竜巻が発生し、竜巻と同化したセトが、セイリュウの身体を、かまいたちの如く八つ裂きにする。
「疾 風 熾 円 撃 !!!」
「ぐあああああああああ!!!」
セトの技が決まった。セイリュウの四肢が切り裂かれ、血が噴き出す。杖を頼りに、立つのがやっとのようだ。
「ヤルネ、お前。ワタシも本気出す」
セイリュウはおもむろに、軒下の酒樽を抱え、一気に飲み干した。顔は真っ赤に上気し、千鳥足になっている。
「がはははは!ワタシの本領、ここからネ!」
足を肩幅より開き、腰を低く落とす。両手広げた後、素早く溝尾で印を結ぶと、指の間から煮えたぎる熱湯が湧き上がった。
「瀑 布 焼 酔 拳 !!!」
熱湯が渦を巻き、うねりながらセトを襲う。直撃すれば全身火傷し、戦闘不能は免れない。
悟が白の玉を投げた。放物線を描き、熱湯の中に玉が飛び込む。
途端、玉の辺りが凍りつき、あっという間に、熱湯が氷の柱に変わった。
「行け!セト!!」
悟の声に応じるようにセトは飛び上がり、氷の柱の上を脱兎のごとく駆け抜けた。セトは前方宙返りし、その勢いのまま、セイリュウの額に踵落としを打ち込む。
「風 迅 雷 刃 斬 !!!!!」
踵が額に触れた瞬間、稲妻が走り、セイリュウの脳天を貫いた。セイリュウの額が割れ、噴水のように血が噴き出した。泡を吐きながらセイリュウは崩れ落ち、灰と化した。
セトは狂気と正気の狭間にいた。悟達が駆け寄る音で我に返ったが、このまま闘いが続けば、狂気に呑み込まれていたかもしれない。セトは身震いした。
「セト、お前こんな力隠してたのかよ!すげえじゃん」
アリマは驚きで目を丸くしている。
「セト殿、一生ついていきます」
インロンは悟から簡単に乗り換えたようだ。
「先生からは、この力は危険を孕んでいるものだから、いざという時以外の使用を禁止されてたの。もう使わないで済むことを願うわ」
セトの言葉は、悟には謙遜ではなく、本音に聞こえた。
「これ、渡しておくね」
悟はセトから、蒼の玉を受け取った。手渡された時に触れたセトの手からは、激しい脈動が伝わってきた。小柄なセトの体内には、熱い血潮が滾り、全身を駆け巡っている。その事実が、悟に漠とした不安を呼び起こしていた。




