ー30ー 【異世界~休息】
スザクを倒し、南地区を統治から解放したジャンボは、これまでの戦いで疲れ果て、既に満身創痍といえる状況だった。
「私達の治癒の力では治せないわ。しばらく身も心も休養が必要だと思う」
ミコは治療の手を休め、ジャンボに助言した。ジャンボは躊躇いの表情を浮かべたが、心は既に折れてしまっていた。
「地上世界に逃がした妻子が待ってるんだ。・・・俺もここまでか。サトル、お前達ならガクトも退治できる気がする。託していいか」
「もちろん。戦死したジャンボの仲間達の分も僕達が引き継ぐ。ガクトは必ず倒すよ」
「ありがとう・・・」
ジャンボは俯き、ぽたぽたと涙を零した。
「北西に向かえ。西地区の入口は、地下世界唯一の娯楽街があって、外部からの侵入も容易だ。お前達も長旅で疲れが溜まっているだろう。鋭気を養うには丁度いいぞ」
「ありがとう。ブイブイの糸を昇れば地上世界に通じるよ。家族とゆっくり過ごしてね」
「そうさせてもらう。ガルーダの神のご加護を!」
ニキも飛び出してきて、ミコ・マコに抱きつき別れを惜しんだ。
2人に見送られ、悟達は西地区へ向かう。2人は豆粒になるまで手を振っていた。
『ようこそ西地区へ!地下世界最大のビアンコ鍾乳洞観光の前に、カジノに温泉に遊園地、最高の娯楽をどうぞ!』
ネオンで装飾された大きな看板を見上げながら、悟達は西地区に入った。どうやら鍾乳洞がこの地区の売りらしく、それ目当ての観光客を相手に、娯楽施設や宿泊施設が充実していったようだ。
最初は土産屋が軒を連ねる。「ビアンコ鍾乳洞に行ってきました」と印刷されたクッキーや、ペナント、偽物の刀、ウンコのキーホルダー、女の人が裸に変わるボールペン、どこの土産屋も売ってるものは似たり寄ったりだ。
次は遊園地。とはいえ絶叫マシンなどはなく、チャムカップが回転する乗り物や、アルマジロホースやキウイバードに乗るメリーゴーランド、ポポとブイブイのお化け屋敷などがあった。ゲームコーナーには、タルパ族たたきやポッピーのピンボールがあり、アリマは最高得点を叩き出した。
その次がカジノだ。未成年は入れず、タイガが中の様子を見てきてくれた。遊べるのは、ポーカー、ルーレット、スロットの三種類で、ポーカーのディーラーがイケメンだったとのことだ。
そのまま直進すると、ビアンコ鍾乳洞だが、左右に道が別れていて、いずれも宿が並び、全ての宿には温泉がついている。
悟達は「油屋」という老舗の旅館に一泊することにした。ジャンボの助言もあったが、こっちの世界の温泉に入ってみたい好奇心や、戦いばかりの日々から少し逃げたい気持ちも働いていた。
チェックインしてまずは部屋へ。男性の悟、アリマ、インロン、タイガ(少し迷ったが性別は男性なので)は「桔梗」、女性のセト、ナギサ、ミコ、マコは「杜若」に通された。部屋ごとに女中が付いた。桔梗には、リンという若いサバサバした女中、杜若には、トヨというよく喋るおばちゃん女中だ。
「お客さん達、どっから来たの?」
「・・・近くです」
「ビアンコ鍾乳洞は初めて?」
「・・・近過ぎて、逆に行ったことなかったから、一度行こうかってなって」
こういう何気ない会話が、一番返答に気を遣う。目的がバレるとマズイ。何とかリンとの会話を乗り切ることができた。セトによると、トヨの口撃はさらに厳しかったらしい。
館内案内を聞いたあと、浴衣に着替えて温泉へ。ここは源泉掛け流しが自慢で、オプションで薬湯も頼める。
1時間後に待ち合わせし、男湯、女湯の暖簾をくぐる。かけ湯をし、露天風呂へ向かう。乳白色で、少しぬるぬるする泉質だ。浴槽は総桧でいい匂いがする。男4人は湯に浸かると、揃って「あー」と声を洩らした。
「極楽だな!」
アリマはご満悦だ。
「お肌がすべすべになるらしいわよ」
宿の許可を得て、バスタオルを巻いて入浴しているタイガは、腕や顔にお湯をかけ、すべすべ効果を期待している。
インロンは打たせ湯に打たれながら、瞑想に入ってしまった。
女湯から、ふざけあう声が聞こえる。瞑想に入っていたはずのインロンが耳が澄ましている。アリマも女湯が気になって仕方なくなり、ついには、男湯と女湯の間の塀に隙間がないか、探しだす始末だ。
インロンがアリマを止めにいった、と思いきや、インロンがアリマを肩車し、塀の上から覗く作戦に出た。タイガは呆れ果て、もはや放任の構えだ。
「インロン、もうちょい右だ、右!」
必死に指示に従うインロン。
「・・見えそうか?」
「くそ、湯気で見えねえ」
突然、突風がアリマの顔面を襲った。
「うわぁぁぁぁ」
アリマが慌てて反り返り、バランスが崩れる。インロンもろとも後ろに倒れ、2人とも、したたかに後頭部を岩に叩きつけた。
「スケベどもー!ざまあみろ」
あの声はナギサに違いない。おそらくミコ・マコの翼による突風だろう。2人はそのまましばらく伸びていた。
風呂からあがると、セトが腰に左手を置き、右手で牛乳瓶を持ち、一気に飲み干していた。
「ぷはー。やっぱりお風呂あがりはこれよね」
「いや、スカッと爽やか、ライム味のポッピーが、風呂あがりのお供の最強だろ」
アリマが対抗してポッピーを飲み干す。
2人はひとしきり、どちらが最強かの口論を続けていた。
その後は、卓球によく似た「パッキュウ」大会を開催した。ルール等は同じだが、唯一の相違点は、ラケットの代わりに室内用の履物、つまりスリッパを使う点だ。
まずは、個人トーナメント戦。インロンとセトが勝ち抜き、決勝。お互いマッチポイントで次の一点で勝負が決する。インロンが回転サーブを放ち、セトが打ち返す。インロンは狙いを定め、スマッシュを打ち込んだが、セトはコースを読んでおり、スマッシュ返しで決着。
次は、ペア総当たり戦。悟とセト、アリマとナギサ、インロンとタイガ、ミコとマコのペアになった。個人戦で強かったセトとインロンはペアでも強かったが、双子には勝てず、ミコ・マコが優勝した。
夕食はビュッフェスタイルだった。鍾乳石で焼く、ステーキや魚介が絶品で、みんなお腹一杯堪能した。
部屋に戻ってもなかなかみんな寝ようとせず、お互いの部屋でトランプをしたり、語り合ったりしていたが、セトが眠たくなり、就寝することにした。
翌朝は、朝風呂に入る者、近所を散歩する者、朝食もおかわりしまくる者、それぞれの朝を過ごし、9時にチェックアウトした。
「ジャンボの話では、ビアンコ鍾乳洞の奥、観光ルートから外れた先に、四天王の棲みかがあるらしい。気を引き締めていこう」
悟達は、すべすべの肌で、ビアンコ鍾乳洞に向かった。




