ー25ー 【異世界~握手】
「改めまして、インロンです。サトルさんの活躍を耳にし、是非お供したいと思い、馳せ参じた次第です」
インロンは、悟に尊敬の念を抱いているらしく、悟だけを見て話している。
アリマは頭を掻きながら尋ねた。
「いやぁ助かったよ。サトルの噂って、天上世界にも轟いてるんだ?」
インロンは軽蔑した目をアリマに向けた。
「当たり前だろ。デイタラボノス退治に名乗りを挙げるだけでも勇気があるが、容易く成し遂げてしまうところが素晴らしい。仲間の個々の能力は大したことはないが、それを戦術と、咄嗟の判断力で補っている。学ぶべきところしかない」
アリマはカチンと来たが、彼なりに称賛しているのだと、自分を無理矢理納得させた。
周りの家屋に灯りが戻った。やはりゴミモンが原因だったようだ。
「拙者は発電所の中から見たのですが、あの怪物が発電機の中まで入り込んで、機能を停止させてしまったようです」
「インロンがゴミモンを食べちゃったから、ポリュートの呪いは解けたけど、あの廃棄物は問題よね」
セトが問題提起した。
「周りに住む人達の健康状態が心配だよね。オメガ王はあの廃棄物のことを知っているんだろうか」
「知っているとは思う。天上世界に住む人達は、あの村のことはみんな知ってるのよ。なんて言うか、知ってて、見て見ぬふりをしてるの。天上世界の住人として恥ずべき話だけど」
悟の質問に答えたのは、マコだった。
見て見ぬふり、そのとおりなんだろう。電力のために発電所は必要だが、危険な雷雲や廃棄物は遠ざけたい。発電所で働く人達は必要だが、その影響で健康被害を受けているかは知りたくない。
だが、目を背け続けても、問題は解決しないばかりか、今回のような、新たな問題の引き金にさえなる。
全体の利益のために一部の弱者が割を食う話はよくある話だが、それを統治する王までもが黙認していてよいものか。しかも、廃棄物の問題は何か解決策が見いだせるはずだ。手をつけていないのは怠慢と言ってもいい。
「インロン、君の力は僕達に必要だ。みんなも異論ないよね?」
アリマは何か言いかけたが、結局全員異論はなかった。
「ありがとうございます。必ずやお役に立ちます」
「じゃあ、まずはラグーンに戻って一眠りしよう。みんなくたくただから。その後、城に戻り、オメガ王に報告する」
太陽が昇り、悟達を正面から照りつける。季節は春から夏に変わろうとしていた。
「よくぞ戻られました!お見事!天晴れ!わたくしの語彙では称賛しきれません。さあさあ、王にご報告くださいませ」
城に戻ると、執事のタウは興奮して出迎えてくれた。悟達がここまでの働きをするとは思っていなかったのか、自分の手柄のように誇らしげだ。
「ありがとうございます」
悟はタウの喜びように思わず笑いながら答えた。
王の間の扉が開く。オメガ王とミュー王妃の表情は、前回とあまり変わらない。呪いを2つ解き、停電を復旧させてもなお、彼等にとっては無関係の出来事なのか。
「この度の功績、誠に喜ばしい。そなた達の栄誉を称え、特別貴族の称号を与える」
「王様、ご報告さしあげてもよろしいでしょうか」
オメガ王の言葉を断ち切るように、悟は切り出した。
「よいぞ」
オメガ王は初めて目の焦点を悟達に合わせた。
「まずはグルファの呪い。ここにいるミコ・マコの双子の翼を見て分かるとおり、呪いは解けました。デイタラボノスを退治したと伝わっているようですが、デイタラボノスは生きています。ただし、力が弱まっていますので、力が戻るまでは、星降山の保全に、これまで以上に手をかけてください」
オメガ王の黒目が少しだけ大きくなった。
「わかった。そうさせよう」
「次にポリュートの呪い。こちらも、ここにいるインロンによって解除でき、発電所の機能も回復しました。しかし、発電所の廃棄物が杜撰に管理されており、村の人達の健康状態が危ぶまれます。王様のお力で、改善をお願いします」
オメガ王の眉間に皺が寄った。ミュー王妃が慌てて間に入る。
「お話は分かりましたわ。ただ、事務的なお話は、できれば執事に申し付けていただきたいわ」
「・・・お言葉ですが、これは事務的な話ではありません。星降山も発電所も、なくてはならない資源であり、ましてやオーム村民の人命に関わる重要事項。王様のお耳に直接お伝えすべき、と考えての所業です」
王妃がさらに口を開きかけたが、王が制した。王は立ち上がり、階段を降りて悟の前に立った。
同じ床に立ってみると、王の背は悟より僅かに高いだけで、口髭で誤魔化されているが、歳も悟の父よりも若く見えた。慌てて悟は跪いた。
「サトルと申したか、よくぞ進言してくれた。執事や幹部から届く情報は、作為的に枝葉が落とされ、耳馴染みの良い言葉しか入ってこない。みな、私を無能だと思い、蚊帳の外に追い出しているのだ。確かに私は王の器ではないかもしれない。だが、人の血は通っている。痛みも分かる。立ってくれサトル、発電所の廃棄物の件、必ず解決させよう。握手をさせてくれ」
悟は立ち上がり、右手を差し出した。
「これは王としてというより、男と男の約束だ」
王は、固く悟の右手を握りしめた。




