ー15ー 【異世界~天使】
「港が見えたわ!」
悟達一行は、クサリ島を後にし、ポエルトへと戻ってきた。
帰りの船内では、タイガが、自身の生い立ちからズマイラの呪いにかかる経緯、罪に対する懺悔、生年月日、最近の趣味に至るまでを語ってくれた。
アリマは、タイガが呪われた理由を尋ねた。
「観光でたまたまクサリ島に寄った時に、迷っちゃって。気づいたら泉に着いてしまって、呪われちゃったの」
ナギサは、悟達より先にタイガがクサリ島に着けた理由を尋ねた。
「ポエルトから、丁度クサリ島を経由する観光客船があったから、それに忍び込んだの。大型船にはクジラザメも太刀打ちできないから」
タイガの記憶は消えていなかった。タイガの全て包み隠さず語る姿勢は真摯で、悟達に信頼感を与えた。
ポエルトに到着し、まずはウルマへ報告に向かった。
ウルマは、タイガの姿を見て、ひっくり返るほど怯えたが、アリマが事情を話すと、驚きながらも状況を呑み込んだようだった。
「アリマ、お前は末恐ろしい奴じゃのう。呪いを変化させるなど、聞いたこともない。もう見習いは卒業じゃ。今から、賢者として名乗るが良い」
アリマは予想以上に褒め称えられ、感激に震えている。
ウルマは続けた。
「ズマイラの呪いの他にも、各地に呪いは封じてある。いずれの呪いも封印が弛みつつあるようじゃ。早急に手を打たねばならん」
悟達は真剣な顔になった。
「儂は、呪いの封印が弛みはじめた元凶は、地下世界にあるのでは、と考えておる。地下世界とは最近まで貿易や外交が行われていたが、ガクト王政になって以降、ぱったり関係が途切れてしまった。この情勢の変化と呪いの間に何か関連があると考えても、不自然ではなかろう」
悟が小声でアリマに質問する。
「ごめん、地下世界って何?」
アリマは飲んでいたポッピーを思わず吹き出した。慌てて床を拭きながら答える。
「お前マジかよ。学校で習うだろ?『私達の暮らす世界は、地上世界、地下世界、天上世界の3つで構成されているのであーる』ってよ」
アリマは、先生の物真似に反応しないサトルに苛つきながら、レクチャーしてくれた。
「3つの世界は、独立しながらも共生し合う関係にあって、たまに仲が悪くなったり、文化の違いが元でいざこざが起きたりはするけど、なんだかんだバランス取りながら、これまでやってきた、ってわけ。ガクト王の事は、正直俺も良くわかんないけど、ウルマ様がおっしゃるように、ガクト王政になってからは、かなり関係が悪いのは確かだよ」
ウルマの家から出た悟達は、地下世界に向かうことに決めた。関係が切れたとはいえ、ガクト王政以前は交流があったのだから、その筋をあたれば何とかなるだろう、というのが、悟達の総意だった。
まずは情報だ、ということで漁業組合に向かう途中で、事件は起きた。
「海に女の子が落ちたみたいだぞ!」
野次馬の声が前方から聞こえてきた。悟達も野次馬を追いかけるように港へと駆け出した。
港には既に数人の人だかりができていた。隙間から覗くと、海から救助された女の子が2人、並んで仰向けに寝かされている。鏡で映したようにそっくりな双子で、薄い特殊な繊維で織られた羽衣を身に纏っている。背中には翼が生えているが、2人とも片方だけ翼がない。
「天上世界の子みたいだな」
「翼が片方だけもげちまってる。傷口が痛々しいな」
野次馬が口々に話している。
しばらくすると、双子は同時に目を覚ました。
「ここはどこ?」
質問の言葉もタイミングも同じだ。
野次馬の一人が、地上世界の港町ポエルトであることを教えると、2人は堰を切ったように泣き出した。
タイガが慌ててハンカチを差し出す。双子は少し驚いた表情を覗かせたが、ありがとう、と言って、涙を拭いた。
野次馬達はタイガの姿に驚き、一人、二人と退散していった。
「私達、天上世界に住む天使なの。お使いで雲の隙間を飛んでいたら、急に片方の翼が重たくなって。根本から翼が折れる音がして、気づいたら地上世界へ墜ちていたの」
泣き止んだあと、双子の姉、ミコが説明した。
「片方の翼だと、うまく飛べないわ。どうしよう、お家に帰れない」
また泣き出しそうな声を出したのは、妹のマコだ。
「まずは2人とも落ち着いて。一緒にお家に帰れる方法を考えましょう」
タイガが優しく語りかける。双子は既に見た目とのギャップに慣れ、タイガの言葉に素直に頷いている。
「どうやら私の出番かしらね」
不敵な笑みを浮かべ、ナギサが切り出した。
「私の船、アメノトリは、実は飛空艇にも変形できるのよ」
飛空艇・アメノトリは、船体の左右から翼が生え、船尾には、プロペラが装着されていた。甲板には、強化ガラスのような素材の天井が張られ、空中でも甲板に出ることができる。
飛空艇への変形はこれが初らしく、ナギサは興奮が覚めやらない。
「くうー!空気抵抗を計算しつくした滑らかな曲線美、ガルーダの羽根ような崇高な翼、たまらないわ」
涎を垂らしそうなナギサの横で、アリマはぼーっと一点を見つめている。その視線の先には、双子の姿があった。
「なあなあ、サトル。俺、初恋かも知れない」
視線は動かさずに、アリマは悟に話しかける。
「2人とも可愛いよね。どっちがミコでどっちがマコか、見分けはつかないけど」
「何言ってんだよ、サトル。マコちゃんの方が100倍可愛いだろ。あの、かたえくぼがたまらないぜ」
どうやらアリマが惚れた相手はマコの方で、アリマには2人が見分けられるらしい。
惚ける2人のことは放っておき、悟はセトの隣へ移動した。
「何だかにぎやかになったよね。2人で星を見たのが随分昔に感じる」
「確かに。サトルには人を引き寄せる力があるのかも。私もサトルにどんどん惹かれていったし」
2人は皆から見えない角度で、キスを交わした。
こうして悟達は、地下世界に行く方針を変更し、天上世界へと舵を切った。