ー14ー 【現実世界~夢】
「ドンドンドン!ドンドンドン!」
激しいノックの音で土御門は目を覚ました。読書灯を付け、時刻を確認しようとするが時計が見当たらない。ふと隣を見ると、鏑木が寝ている。驚いてベッドから落ちると、その音で鏑木が目を覚ました。
「大丈夫ですか、あなた」
心配そうにこちらを見ている。
何だ、夢か。鏑木が妻という設定らしい。そういう目で見たことがない、と言えば嘘になるが、まさか夢にまで登場するとは、夢にも思わなかった。
「ドンドンドン!」
またノックだ。正確な時刻はわからないが、夜中に違いない。余程の緊急事態か、酔っ払いの仕業かの、どちらかだろう。
「ちょっと見てくる」
夢とはいえ、些か迷惑なので、玄関へ向かう。
「どちらさまですか」
古い家で、ドアを開けないと訪問者が確認できない。仕方なくドアを開けると、マントに身を包んだ男が立っていた。
「夜分にすいません。丸二日食べていなくて空腹なんです。牛舎にいる牛を一頭分けてもらえませんか」
どう見ても怪しい男だ。食事がとりたいなら、何故飲食店に行かないのか。さらに、パンとか握り飯ではなく、牛一頭要求するとはどういうことか。土御門は男の真意を諮りかねた。
「さすがに牛一頭は差し上げられない。キッチンから見繕ってくるから待っててくれ」
「いや、牛が食べたいんだ。他のものは今はいらない」
我儘な奴だ。牛はそれ相応の価値があるだろうから、換金目的か?それなら貴金属か、金自体を要求しそうなものだ。本当に牛が食いたいのかもしれない。
「他をあたってくれ。牛で生計を立ててるんだ。大事な牛はやれん」
鏑木が玄関まで来た。
土御門は小声で話す。
「厄介な奴だ。牛が欲しいとか言っている」
鏑木の顔色が変わった。
「あなた、この人は呪いにかかってるんだわ。早く皆を逃がさないと」
呪い?設定についていけない。
そこへ老婆がやってきた。
「どうしたんだべ、ジン」
誰かは知らんが家人だろう。鏑木が逃がせと言うなら逃がしてやろう。
「お婆さん、ちょっと危ない奴が来た。とにかく逃げてくれ」
「誰が来たんだ」
土御門は首を横に振った。私が教えて欲しい。
「子供らはどうするべ」
「一緒に逃げるんだ。我々も後で合流するから」
老婆は頷き、部屋へ戻っていった。
玄関へ戻ると、男は苛立ちを隠さなくなっていた。
「いいから、牛を寄越せ。腹が減って死にそうだ」
鏑木が困った顔でこちらを見ている。
「いいかげんにしろ。お前にやれるものなどない」
土御門が言い放つと、男はマントを脱ぎ捨てた。男の身体は、手足が獣だった。さすがに土御門も驚き、後退りする。
「めんどくせえ。お前らを殺して、牛を戴くことにする」
「逃げろ、鏑木!」
鏑木は一瞬不思議そうな顔をしたが、廊下を走り出した。
「逃がすか」
男が鏑木の裾に爪を立てる。鏑木は掠り傷を負い、廊下に倒れた。
「貴様!」
土御門は男の懐に入り、背負い投げを見舞った。男はしたたかに後頭部を打ち、苦悶の顔を浮かべた。その隙に、鏑木を抱き抱え、元の寝室に戻る。
鏑木の盾になる格好で土御門は男が部屋に入ってくるのを待ち構えた。ー殺られるかも知れない。先刻、男と組んだ感触で、土御門は直感した。
「痛えじゃねえか!グルオオオ!」
男は吠えながら、寝室のドアを力任せに開けた。
怯える鏑木を身体で隠しながら、土御門は男を睨み付けた。
次の瞬間、男の爪が土御門を襲った。背中に焼けるような痛みが走る。それでも鏑木を庇い続けた。
「あなた!」
鏑木の涙を見ながら、土御門は意識を失った。
気がつくと、いつもの朝だった。妙にリアルな夢だった。土御門の手には、抱き締めていた鏑木の肌の感触がまだ残っていた。
ふと頬に触れると冷たい感触があり、それが自分が流した涙だとわかった。呑み込んだ冷たい石が、胃の中で転がり続けているような、嫌な感覚が土御門に残った。