ー13ー 【異世界~ズマイラの呪い】
ワイヤーで縛られた虎男は、もはや死んだように、静かに横たわったまま動かなくなった。
悟は起き上がり、木の枝を拾って虎男に近付いた。
「お前は許すわけにいかない」
仰向けになった虎男の喉に向け、悟は枝の先端を突き刺した。
「!?」
喉に刺したはずの枝を、セトが掴んでいた。掴んだ手から血が滴り落ちている。
「なんで止めるんだ?仇をとると、あの日誓ったんだ」
セトは泣いていた。
「父さんと母さんは、そんなこと望んでないわ。私も怒りに我を忘れたサトルはもう見たくない」
悟は枝を引っ込めた。セトは続けた。
「怒りはすべてを焼き尽くす恐ろしいもの。ガルーダの伝説でも、妻を殺された男が、怒りに支配され、周りのすべてが敵に見えて殺人鬼と化し、最後は鏡に映る自分を敵と錯覚して襲いかかり、割れた鏡が胸に刺さって死んでしまう話が出てくるわ」
「でも、どうしたらいいんだ」
悟は虎男を睨み付けた。
「まずは抱き締めている怒りから手を離してみて。次に、父さんと母さんが何て言ってるか、耳を傾けるの」
「悔しい、殺してくれ、って聞こえる」
「違うわ。あなたを護れてよかった、あなた達は、どうかいつまでも幸せに暮らして欲しい、私にはそう聞こえる」
怒りが少しだけ薄らいだ気がした。そして、睨み付けていた虎男が、少し憐れに見えた。
アリマが屍の山から降りて、戻ってきた。
「終わったぜ」
フラフラだが、顔には達成感が滲んでいる。
「その顔は、無事封印できたのね」
ナギサが声をかける。
「いや、ちょっと違う」
アリマはその場に座り、説明を始めた。
ー結界が破れかけた泉の前で、俺はこの呪いを封印するべきが、悩んじまった。封印すれば奴の記憶は消え、何も知らない元の人間に戻る。
そりゃないんじゃないか、って俺、思ったんだ。奴が犯した罪は奴が償うべきじゃないか。全部なかったことになんてできない。じゃあどうしたらいいか、俺は考えた。
思いついた方法はこうだ。呪いを封じるんじゃなく、呪いじゃないものに変えられないか、って。毒も使いようによっては薬にもなるじゃないか。それに、獣って、恐ろしい奴だけじゃなく、俺達を乗せて運んでくれたり、牛乳やチーズなんかを恵んでもくれる。
そういう感じにうまく共存できるように、呪いの凶暴な部分だけを取り除いてみた。封じるより、呪いの細かい部分をいじらなくちゃいけないから、めちゃくちゃ難しかったけど、多分うまくいったと思うー
「そういう訳で、悪性の呪いを良性に転化させた感じだから、奴の記憶も残ったままだし、姿も虎男のまんまだ」
悟達は、虎男の方を見た。確かに、姿に変化はない。ここからでは、良性になったかどうかなど、判断できなかった。
「うう・・・」
虎男が呻き声をあげている。
悟は恐る恐る、虎男に近づいてみた。虎男はうっすらと目を開け、悟を見た。
「・・なんだか身体が軽くなった感じ。憑き物が取れたっていうの?ああいう感じよ」
虎男は女言葉になっていた。悟の頭は混乱した。
「坊や、さっきはごめんなさい、乱暴して。それに、あなたのご両親を殺めてしまったのよね、私・・・。どう償ったらいいのか検討もつかないわ。本当にごめんなさい・・・」
虎男は大粒の涙を流し、何度も何度も謝った。
「やっぱりあなたに殺して貰うのがいいのかしら・・・。でもあなたが罪を犯すことになっちゃうし・・・」
「だったら、罪滅ぼしに、俺達に手を貸す、ってのはどうだ?」
提案したのはアリマだ。
「封印してあるのは、ズマイラの呪いだけじゃないんだ。他の呪いも危ない気がする。戦力は一人でも多い方がいい」
アリマは悟を見た。
「誰か一人でも反対するなら、俺は別の案でもいいけどな」
「アリマらしい考えね。いいんじゃない?力仕事頼めるし」
ナギサが賛同した。
「私もアリマの案に乗るわ。仮に呪いがまた悪性に変化したとしても、アリマが傍にいれば対処できて安心だし」
セトはそう言って、悟の方を見た。
悟はしばらく俯いてから、ゆっくりと顔を上げた。
「わかった。まだ許すなんて気持ちにはとてもなれないけど、一緒に戦っていくうちに、いつか許せるんじゃないかと思う」
「よし、決まった。そういうわけでよろしく頼むよ、虎子ちゃん」
アリマはワイヤーを弛めてあげた。
「あらやだ、私名乗ってなかったのね。虎子じゃないのよ、タイガっていうの」
タイガは立ち上がり、服の汚れを手で丁寧に払ってから、深々とお辞儀した。
「みなさん、本当にありがとう。お役に立てるように、精一杯頑張るわ」
タイガの毛並みは、黄色から、雪のような白色に変わっていた。月に照らされ、タイガは銀色に輝いて見えた。