ー12ー 【異世界~クサリ島の決闘】
岩場を抜けしばらく進むと、ポツンと浮かぶ小さな島が見えてきた。あれがクサリ島に違いない。
アメノトリはゆっくりと着岸し、ナギサは錨を下ろした。辺りに気配が無いことを確認してから、砂浜に足を踏み入れる。
クサリ島は、一周30分程で歩ける小さな島で、中央が小高い山になっており、バナナやオレンジが自生している。天敵のいない派手な色の小鳥達が果物を啄み、その糞を栄養に木々が育つ。ウルマの話では、ズマイラの呪いはそんな平和な小山の頂上に封じてあるとのことだった。
「どこに小鳥がいて、どこに果物が成ってるっていうんだ?」
悟の目に映るのは枯れ果てた木々ばかり。痩せた土は触れるだけでぼろぼろと崩れた。そんな小山を登るにつれ、鼻をつく臭いが立ち込めてきた。
臭いの正体は、山頂にあった。かつて暮らしていた生物が山のように積み重なり、腐敗しているのだ。
「待ちくたびれたぜ、小僧ども」
突然、屍の山から声がして、一人の男が飛び降りてきた。
顔は人間だが、手足が虎で、尻尾も生えている。目は真っ赤に充血し、半開きの口からは鋭い牙が覗いている。ズマイラの呪いに侵されているのだ。
「呪いが俺をここに連れ戻したんだな。妙に嫌な予感がしたもんでね」
悟達は身構え、虎男の動きを窺った。
「この呪いを封じようとしてるんだろ?ポエルトの問屋街でお前らのことを耳にした。しかし、せっかく呪いで力を得たんだ。今更封じられちゃ困る」
虎男はポキポキと関節を鳴らし、ストレッチを始めた。殺る気だ。
「みんなを傷つける力なんて迷惑よ。邪魔しないで」
セトが虎男を睨み付けて叫んだ。
「迷惑?俺からすればお前らの方が迷惑だ。欲望に従って何が悪い?動物の世界には法律なんてない。喰うか喰われるか、それだけだ」
「半分人間ならルールには従おうぜ」
アリマがなだめ口調で反論する。
「この呪いの悪いところだ。俺は全身虎で別に構わないぜ」
「僕達の父と母は、その呪いのせいで殺されたんだ。お前の理屈は関係ない。呪いは封じる」
悟は怒りを押し込めて話した。
「俺は邪魔さえされなきゃ殺したりしない。キルトの先に牧場があるだろう?夜中に腹が減ったんで、牛を一頭分けてくれって頼んだんだ。丁寧に頼んだんだが、大事は牛はやれん、の一点張りで、こっちも空腹で気が立っててね。思わず殺しちまった」
言い終わるが早いか、悟は虎男に殴りかかっていた。悟の拳は虎男の顔面を捉えたに見えたが、手前で虎男の左手に掴まれ、鋭い爪が食い込んで血が滲んでいる。
「小僧の仇は俺だったか。これも運命だな」
虎男は拳を掴んだ左手をそのまま振り回し、悟は後方に飛ばされた。
「サトルっ!この野郎・・・」
アリマは飛びかかりたい衝動を抑え、虎男に有効な手段がないか、頭をフル回転させていた。
思案するアリマの横を何かが高速で飛んでいった。
飛んだ先に目を移すと、虎男の胸にワイヤーが何重にも巻き付き、きつく絞めあげている。
虎男にナギサが放ったのは、船と陸のポールとを結ぶワイヤーだった。陸との距離があっても、ポールに向かってワイヤーを発射できる、ボウガンのような装置があるのだ。
続けざまにもう一発発射されたワイヤーは足首に命中し、虎男は地面に転がった。
「糞っ!」
虎男は抵抗を諦め、天を仰いだ。
この隙に呪いを封じれば、虎男の呪いは解け、元の人間に戻すことができる。
アリマは急いで虎男の脇を抜け、屍の山を乗り越えた。
そこには吹き零れた鍋のように、結界の隙間から呪いが湧き出る泉があった。
アリマがやることは単純だ。傷口を塞ぐ瘡蓋が剥がれかけたなら、上から絆創膏を貼ればいい。
しかし、アリマは躊躇していた。虎男は人間に戻り、これまでの記憶もすっかり消えるはずだ。だが、奴の犯した罪は一体どこに消えると言うのだろうか?
そしてアリマは別の答を導き出した。