ー11ー 【異世界~クジラザメ】
アリマとナギサが加わり、ズマイラの呪いを封じる条件は整った。ナギサを中心に、クサリ島への航路を確認していた。
「問題はクサリ島の手前にある岩場ね。この辺りは、殺人魚と呼ばれるクジラザメの縄張りなの。安全を考えるなら南に迂回するしかないわ」
「迂回に賛成」
アリマはナギサに服従を誓ったようだ。
「その分もちろん時間が余分にかかるわけだよね」
悟の質問にナギサは頷く。
「最短コースなら3日、迂回コースなら5日ってとこね」
「なら、私は最短がいいと思う。獣化した人間をこれ以上増やすわけにはいかないわ」
ジンとマキを思い出してか、セトは悔しそうな顔で意見した。
「クジラザメを大人しくする方法はないかな」
悟の問いかけに、ナギサは思い出したように手を叩いた。
「強い光に彼等は弱いの。ありったけの照明を一斉に焚けば、その間に通り抜けられるはず」
「じゃあ問屋街で照明を調達してくる」
アリマが腰を上げると、ナギサが手で制した。
「待って。船のバッテリーが飛んじゃうかも・・・、あ、いい考えが浮かんだわ、アリマ、買い出しお願い」
ナギサはウインクしてみせた。
朝日が水面を反射し、悟達を容赦なく照りつける。荷物をアメノトリに積み込んだ頃には、もうすぐ冬にもかかわらず、全員汗だくになっていた。
「かぁーーー!ポッピー飲みてえーーー!」
アリマは海に向かって叫んだ。
「何?ポッピーって」
「はあ?サトル、ポッピー知らないの?どこの田舎者だよ」
セトが口を挟む。
「田舎者を馬鹿にしないでよ。私だってポッピーくらい飲んだことあるわよ。サトルは、なんていうか、特別なのよ」
悟が記憶喪失であることへの配慮なのだが、特別、という響きが悟には妙にくすぐったかった。
「ハイハイ、兄妹仲のいいことで」
アリマとナギサには、年子の兄妹ということで説明していた。アリマは二人が恋人同士のように仲が良いことに半ば呆れていた。
ポッピーとはこの世界の炭酸飲料で、若者は全員飲んでいると言っても過言ではない。様々なフルーツのフレーバーが季節毎に発売され、秋から冬にかけては、マロンやスイートポテトが売れ筋だ。
「これでいつでも出航できるわ。忘れ物はない?」
ナギサが確認する。キウイバードのグリとゴルは宿の納屋でしばらく世話してもらうことにした。
アリマは両手で顔を平手打ちし、気合いを入れ直した。
「よっしゃ、出発だ!」
アメノトリはナギサが手がけただけあって、高性能で快適な船だった。
多少の高波では船内で揺れを感じないほどで、エンジンの音は静かだが馬力があり、ポエルトを出て3時間ほどで、虹色珊瑚礁のエリアまで悟達を運んだ。
海が七色に輝き、ミラーボールの中を進んでいるようだ。しばし眺めに見とれた後、ナギサが船内を案内してくれた。
甲板のフロアを二階とすると、アメノトリは二階建ての構造になっている。
甲板の先はダイニングキッチンになっていて、4人掛けの備え付けのテーブルと、簡単な調理が可能なキッチンがある。
その先は運転席になっていて、ナギサの指定席だ。自動運転機能が付いており、波が穏やかなエリアなどで活用している。
階段を降りると、寝室が二部屋。それぞれ二段ベッドが据え付けてある。その奥には、バス・トイレ、一番奥は機械室で、ここはナギサ以外立入禁止だ。
「船というか、お家みたいね」
セトが素直な感想を口にした。
「長旅になることも考えると、やっぱり快適でないとね」
ナギサが自慢げに答える。
「寝室のペア決めは当然ジャンケンだよな」
アリマの発言に、女子二人の冷たい視線が寄せられた。
「・・・冗談冗談。サトル、俺、絶対二段ベッド上だからな!」
悟は笑いながら、アリマは本気で言ってたな、と思った。
航海は順調だった。夜は自動運転に切り替え、二時間おきに交替で海の様子を確認するようにし、睡眠もしっかり確保できた。そして、2日目の夜、悟達はクジラザメの縄張りである岩場に差し掛かった。
「いよいよだな」
アリマがひそひそ声で悟に話しかける。
「もしかして、怖い?」
「んなわけあるか、俺も賢者の端くれだぞ。馬鹿にすんな」
そう言いながら、悟の袖を掴んで離さない。
海は暗闇と同化して、真っ黒なひとつの生き物のようにうねっていた。その中に、蒼白い一対の眼が見えた。こちらを窺っている。一頭発見すると、その周りに何頭もいることが判った。どうやら知らぬ間に囲まれている。
「いい?なるべく近くまで引き付けて、一発で全頭の目を眩ませるわよ」
ナギサの問いかけに、全員頷いた。
「アリマ賢者は、こちらへどうぞ」
ナギサが奥へ手招きする。アリマは訳が判らないまま、ナギサに従った。
そこには自転車が固定されており、何本もの配線が繋がれている。
「・・・これを漕げってこと?」
「そう。自家発電装置よ。思いっきり漕いでね、じゃないとクジラザメの餌になるわよ」
ナギサは笑っているが、目の奥は真剣だ。
「よし、ま、任せとけ」
アリマは上着を脱ぎ捨て、サドルに跨がった。
「サトルは前方、セトは後方を見張って。クジラザメがギリギリまで近づいたら手で合図して。そのタイミングで、あたしが照明を焚く」
「了解」
「わかった」
各自配置につき、息を呑んだ。
クジラザメはぐるぐると船の周りを旋回しながら、徐々に間合いを詰めてくる。悟の背後でセトが手を上げた。悟は躊躇った。いや、まだだ。
やや小さめのクジラザメが、いきなり船に正面を向け、今にも飛びかかろうとした。
「今だ!」
悟も手を上げる。
「うおおおおおおおおおお」
アリマが必死の形相でペダルを漕いでいる。
「点火ーーー!」
船の周り一帯だけが昼になったかのように明るくなり、ランプの熱で火傷しそうなほど暑い。
「ギャオオオウウウウウ」
クジラザメ達は叫び声をあげ、胸鰭で海面を叩いて悶えている。
「全速前進!フル・アヘッド!」
アメノトリは雄叫びのような音を立て、クジラザメの間を縫って加速した。
見る間にクジラザメの姿は小さくなり、危機を脱した実感が沸いてくる。
「よくやったわ、みんな」
ナギサが喜びの声をあげたが、アリマだけは自転車の脇に倒れたまま、灰になっていた。