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06

「……難しい単語ばっかりだけど、読めるの?」

「まあ」

「へえ……」


 意外だった。ミーアは何となく、テオの学力は自分と同じくらいだろうと勝手に思っていた。案外勉強ができるらしい。庭師とはいえ、公爵家勤めをするには頭も良くなければならないのだろうか。


「ここだな。『返済期間及び月々の返済額は、商会の都合により変更が可能である』。確かに記載があるな」

「やっぱりあるんだぁ。お父さん、何で署名しちゃったかなぁ。まったく。おおざっぱなところあったから」

「親父さんが悪いってわけじゃない。たいていの契約書には、商会が優位に立つためにこの手の記載がある。呑まなきゃ援助を受けられなかったんだろうな」

「そっ、か」

「その……、お前の、父親って……」

「ああ、うん。去年亡くなってる。ちょうど、一年経つかなぁ。……秋、だったから」


 食材を安く仕入れるため、よく山を抜けて近くの村まで買い出しに出ていた。その時、土砂崩れに巻き込まれた。冷たい雨が降る日だった。


 テオがたんぽぽ亭に来るようになったのは今年の春頃だ。だからテオはたんぽぽ亭が三人で営まれていた当然の風景を知らない。当たり前だった日々を知らない人がいると思うと、いつの間にか時間が経ったのだなと感じる。


「たんぽぽ亭は、お父さんとお母さんが結婚して始めたのよ。それが二十年前。その頃に比べて土地の価値は上がってるみたいで、商会はわたしたちを立ち退かせたくて、前々から返済期限を縮めて月々の返済額を増やそうとしてたの。でも、何だかんだで先延ばしになってて……この店だけの話じゃないからね。でも、ついに三ヶ月前に強引に引き上げられたのよ。――わたしのせいで」

「お前のせい?」

「今年から、返済金回収に来る人が変わってね。まだ二十歳手前の、西商会の会長の五男坊が、回収に来るようになったの。そいつが女遊びが激しくて、わたしにも言い寄ってきて。適当にかわしてたんだけど、ある日、ついにお尻を触られたの。それで思わず手に持ってたお盆で、頭を、こう」

「殴ったのか」

「すごくきれいに決まったわ。いい音してたもの。手加減なしだったもんだから、派手に転んで卓に突っ込んじゃって。やっちゃったぁって思った時にはもう遅くて。それから返済額が倍になったってわけ」

「まあ……お前は悪くねえな。殴るべきではなかったろうけど」

「ほんと、権力持ってる人ってろくな人がいないわよね」

「金、貸そうか?」


 なんの気無しにテオが言い出した。ミーアは思わず彼の顔を見返した。


「俺、多少は蓄えあるし。書類見た感じ、借入金は土地と建物代と利息含めて、金貨三十五枚。三十年返済で、この二十年間ちゃんと払ってきてる。つまり残すところ金貨十枚ちょっとってとこだろ? 貸そうか?」

「テオ……金貨十枚も、貯金あるの?」


 労働者階級の月収は銀貨二十枚といったところだ。金貨一枚は銀貨百枚だ。十八になるばかりの青年が貯金をしているというだけでもすごいのに、それが金貨十枚ともなればどこかの商家の貯蓄額にも匹敵する。怪訝な顔になるミーアに、テオは慌てて言い足した。


「いや、俺の蓄えは、せいぜい金貨一枚くらいだけどさ。師匠とか、仕事仲間とかに借りれば、金貨十枚くらいすぐに集まると思う。だから――」

「そんなこと、してもらえないわ!」


 自分たちの借金を返すために、テオや彼の知人にまで借金をするということだ。頼めるわけがない。テオの交友関係が悪くなる可能性だってある。


「気持ちはうれしいけど、でもそんなの、お母さんだって反対するに決まってるもの。みんなに迷惑かけるようなこと」

「大丈夫だって。みんないい人たちだし」

「だめよ。絶対っ」


 テオは頬を掻きながら、「そっか」と一旦口を閉ざした後、別の提案をした。


「じゃあ、せめて店手伝うか? ミンロさんが元気になるまでの間」

「え?」


 ミーアは表情を輝かせて顔を上げた。だがすぐに視線を惑わせる。


「あ、でも……。テオだって仕事が……」

「しばらく休みもらうよ。理由話せば納得してもらえるだろ」

「でもその……お給料を出す余裕も、ないというか……」

「いいよそんなん」

「そんなわけには、いかないわよ」

「じゃあ、代わりにミーアが飯作ってくれよ。まかない飯。昼と夜と。なっ?」


 テオが明るく笑った。ミーアはそんなのでいいのかと迷ったが、テオの厚意に押され、頷いた。困っているのは確かなのだから甘えさせてもらうしかない。


「わかったわ。作れるものなら、何でも作るから! 遠慮しないで、食べたい物言ってね!」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 こうして、しばらくの間、テオがたんぽぽ亭を手伝うことになった。



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