表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/38

15

   ×××


 翌日、また来ると言っていたテオが来なかった。ミーアは次の日も待ったが、テオが再びたんぽぽ亭を訪れることはなかった。


「テオくん、今日も来ないわねぇ。毎日のように来てたのに」


 昼営業の後、ミンロがさりげない口調で言った。ミーアが気にかけていることに気づいているようだ。


「……お母さんって、テオがどこに住んでるかなんて、知らないよね?」

「そう言えば、聞いたことないわねぇ」


 自宅を訊いておくのを忘れていたことをミーアは後悔した。


 翌日の午後、買い出しの前に公爵邸へ寄ってみた。迷惑かもしれないとも思ったが、事故や急病なら耳に入れておきたかった。


 ミーアは門番に、『庭師のテオ』を呼んでもらいたいと頼んだ。すると返ってきた言葉は思いもよらないものだった。


「うちで雇ってる庭師に、テオなんて奴はいない」

「……え?」


 呆けた顔で門番を見上げる。厳つい容貌に嘘をついている気配はない。そもそも嘘をつく理由もないだろうし、この手の問い合わせを受け付けていないのならば、正直に教えられないと答えるはずだ。


「えっと……、で、でも、そんなことは、ないと思うんです。ここで庭師として働いてるって、何度も聞いてて」

「だから、そんな名前の庭師はいない」

「でも……。あっ。見た目は、髪色は暗めの茶色で、歳は十八で、身長は高くて――」


 ミーアが話すほどに、門番の表情は険しくなっていく。不審に思い始めているようだった。


「十八歳の庭師なんて、ここにはいない。一番若いので二十半ばだ。……ほら。ここからいま丁度見えているだろう。あの金髪の男だ」


 門扉の鉄格子越しに、樹木の形を整えている痩身の青年が見えた。金髪を襟足のところで結い、顔や手足が小枝のようにひょろひょろとしている。ミーアがまったく知らない人だ。


 それでも諦めずその場でまごついていると、門番の眉間のしわはさらに深くなった。困っていると、後ろから名前を呼ばれた。


「ミーア?」


 振り向くとサラがいた。仕事着姿で、中身の入ったとうのかごを持っている。買い出しに行っていたようだ。


「サラ……」

「どうしたの?」

「知り合いと、連絡がとれなくなって。ここで、庭師見習いとして働いてるはずなんだけど」

「庭師の見習いなら、フレディさんのこと?」


 サラは、たったいまミーアが見ていた金髪の痩身男を指し示した。


「ミーア、フレディさんと知り合いだったんだ」

「違うの。あの人じゃなくて、もう少し若くて、髪は茶色で」

「庭師の見習いは、いまはフレディさんだけだけど……」


 サラが首を傾げる。ミーアはいよいよ訳がわからなくなった。サラまで言うのだ。本当のことなのだろう。


「ほかの庭師の人は、もっとおじさんだし……。別のおやしきと勘違いしてるとか?」


 そんなはずはない。だがなおも主張することはできなかった。そのうち玄関からロッソが出て来た。二人いた門番のうちの一人が、いつの間にか彼を呼びに行っていた。


「公爵家に何かご用ですか?」


 門扉が軽く開き、ロッソが門前へ出て来る。その時、ミーアは閃いた。


「そうだ! セオドアさまと、会わせてもらうことは、できませんか?」


 セオドアならば、確実にテオを知っているはずだ。


「あの、知り合い、なんです。この前、うちのお店に来てくれて。たんぽぽ亭のミーアって伝えてくれれば、わかってもらえると思うんですけど……!」


 門番の疑いの色が強くなった。サラまで戸惑い顔になる。ロッソは感情を込めず事務的に言った。


「あなたのような一般の方が、セオドアさまとお知り合いになられているとは思えません。何か、公爵家に害をなすおつもりなのではありませんか?」

「そんなことっ」

「お帰りください。これ以上門前に居座る気ならば、市の屯所へ連れて行かせてもらいます」


 ロッソの瞳は冷ややかだった。最後に会った時とはまるで違う。ミーアはもう言葉を続けることができなかった。この場でおかしなことを言い続けているのは、明らかに自分だ。


「……ご迷惑、おかけしました」


 ミーアは彼らに頭を下げ、悄然しょうぜんと門前から立ち去った。


   ×××


「――ロッソさんにしては、言い方、きついですね」


 小さくなっていくミーアの背中を見ながら、サラは控えめにロッソに意見した。


「彼女には、この前うちの仕事を手伝ってもらったばっかりじゃないですか」

「……突き返せとの、旦那さまのご命令なのです」

「え……?」

「あなたは早く自分の仕事に戻りなさい。――この件は、もう終わりです」


 ロッソは踵を返した。門扉は再び、固く閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇◆◇ 後日のお話(エブリスタ) ◇◆◇
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ