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×××
翌日、また来ると言っていたテオが来なかった。ミーアは次の日も待ったが、テオが再びたんぽぽ亭を訪れることはなかった。
「テオくん、今日も来ないわねぇ。毎日のように来てたのに」
昼営業の後、ミンロがさりげない口調で言った。ミーアが気にかけていることに気づいているようだ。
「……お母さんって、テオがどこに住んでるかなんて、知らないよね?」
「そう言えば、聞いたことないわねぇ」
自宅を訊いておくのを忘れていたことをミーアは後悔した。
翌日の午後、買い出しの前に公爵邸へ寄ってみた。迷惑かもしれないとも思ったが、事故や急病なら耳に入れておきたかった。
ミーアは門番に、『庭師のテオ』を呼んでもらいたいと頼んだ。すると返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
「うちで雇ってる庭師に、テオなんて奴はいない」
「……え?」
呆けた顔で門番を見上げる。厳つい容貌に嘘をついている気配はない。そもそも嘘をつく理由もないだろうし、この手の問い合わせを受け付けていないのならば、正直に教えられないと答えるはずだ。
「えっと……、で、でも、そんなことは、ないと思うんです。ここで庭師として働いてるって、何度も聞いてて」
「だから、そんな名前の庭師はいない」
「でも……。あっ。見た目は、髪色は暗めの茶色で、歳は十八で、身長は高くて――」
ミーアが話すほどに、門番の表情は険しくなっていく。不審に思い始めているようだった。
「十八歳の庭師なんて、ここにはいない。一番若いので二十半ばだ。……ほら。ここからいま丁度見えているだろう。あの金髪の男だ」
門扉の鉄格子越しに、樹木の形を整えている痩身の青年が見えた。金髪を襟足のところで結い、顔や手足が小枝のようにひょろひょろとしている。ミーアがまったく知らない人だ。
それでも諦めずその場でまごついていると、門番の眉間のしわはさらに深くなった。困っていると、後ろから名前を呼ばれた。
「ミーア?」
振り向くとサラがいた。仕事着姿で、中身の入った籐のかごを持っている。買い出しに行っていたようだ。
「サラ……」
「どうしたの?」
「知り合いと、連絡がとれなくなって。ここで、庭師見習いとして働いてるはずなんだけど」
「庭師の見習いなら、フレディさんのこと?」
サラは、たったいまミーアが見ていた金髪の痩身男を指し示した。
「ミーア、フレディさんと知り合いだったんだ」
「違うの。あの人じゃなくて、もう少し若くて、髪は茶色で」
「庭師の見習いは、いまはフレディさんだけだけど……」
サラが首を傾げる。ミーアはいよいよ訳がわからなくなった。サラまで言うのだ。本当のことなのだろう。
「ほかの庭師の人は、もっとおじさんだし……。別のお邸と勘違いしてるとか?」
そんなはずはない。だがなおも主張することはできなかった。そのうち玄関からロッソが出て来た。二人いた門番のうちの一人が、いつの間にか彼を呼びに行っていた。
「公爵家に何かご用ですか?」
門扉が軽く開き、ロッソが門前へ出て来る。その時、ミーアは閃いた。
「そうだ! セオドアさまと、会わせてもらうことは、できませんか?」
セオドアならば、確実にテオを知っているはずだ。
「あの、知り合い、なんです。この前、うちのお店に来てくれて。たんぽぽ亭のミーアって伝えてくれれば、わかってもらえると思うんですけど……!」
門番の疑いの色が強くなった。サラまで戸惑い顔になる。ロッソは感情を込めず事務的に言った。
「あなたのような一般の方が、セオドアさまとお知り合いになられているとは思えません。何か、公爵家に害をなすおつもりなのではありませんか?」
「そんなことっ」
「お帰りください。これ以上門前に居座る気ならば、市の屯所へ連れて行かせてもらいます」
ロッソの瞳は冷ややかだった。最後に会った時とはまるで違う。ミーアはもう言葉を続けることができなかった。この場でおかしなことを言い続けているのは、明らかに自分だ。
「……ご迷惑、おかけしました」
ミーアは彼らに頭を下げ、悄然と門前から立ち去った。
×××
「――ロッソさんにしては、言い方、きついですね」
小さくなっていくミーアの背中を見ながら、サラは控えめにロッソに意見した。
「彼女には、この前うちの仕事を手伝ってもらったばっかりじゃないですか」
「……突き返せとの、旦那さまのご命令なのです」
「え……?」
「あなたは早く自分の仕事に戻りなさい。――この件は、もう終わりです」
ロッソは踵を返した。門扉は再び、固く閉じた。




