真夜中の侵入者
微かな物音だった…。
久しぶりに故郷の友人と食事をした。懐かしさのあまりお酒もけっこう飲んだ。帰宅したときにはシャワーを浴びる元気もないほど酔いつぶれていた。そのままベッドに倒れ込んだ。
倒れ込んだものの、なかなか寝付けなかった。カチカチと響く時計の音が気になる。そんなとき、玄関の方で物音がした。微かな音ではあったのだけれど、ちゃんと戸締りをしたかどうか急に不安になった。最近この辺りで通り魔の被害が相次いでいるという噂を思い出した。
ドアが開いて閉まる音。そして誰かが歩いて近づいてくるような気配を感じた。呼吸が止まる…。逃げなきゃ…。手探りでベッドわきに置いた眼鏡を探す。
「あっ」
落としてしまった。拾おうとしてベッドから起き上がる。床に足を置いた瞬間、何かを踏みつけた。
「やばい…」
踏みつけられて壊れた眼鏡を私は茫然と眺める。
「どうしよう…」
メガネがないとほとんど見えない。コンタクトレンズも持っているのだけれど、それは洗面所に置いてある。そうしている間にも足音が近づいてくる。ここはマンションの12階。ベランダから飛び降りて逃げることはできない。逃げ道は玄関しかないのだ。
そして、足音が止まる。しかし、どこで止まったのか見当がつかない。もしかしたらこの寝室の前まで来ているのかも知れない。あるいはリビングの方へ行ったのか…。リビングの方へ行ったのなら、見つからずに洗面所まで行ける。私は一か八かの賭けに出た。
寝室のドアを開けると、何かにぶつかる音がした。
「痛っ」
低い声がした。侵入者はこの部屋の前まで来ていたのだ。ドアの向こうでうずくまっている侵入者の姿がぼんやりと見えた。私は咄嗟にその侵入者を払いのけ、洗面所へ向かった。素早くコンタクトレンズをすると、薄暗い寝室で異様にうごめいてる侵入者の姿が見えた。まるで何かを探している様でもあった。電気をつけるとハッとした侵入者が振り返った。そして、一目散に私に向かってくる。手には何か光るものを持っている
「きゃーーーーーーっ」
「静かにしろ!」
侵入者は私を羽交い絞めにして首元へ手に持っていた光る何かを当てた。殺される…。そう思うと急に体が動かなくなった。
侵入者はやはり最近この辺りに出没している通り魔だった。私が酒に酔って一人で歩いているところを見かけて後をつけて来たらしい。一人暮らしであることを確信して侵入に踏み切ったのだとか。たまたま警戒中の警察官が不審に思い尾行していたところ犯行現場に出くわして確保したのだと言う。
あの時、私は首元にナイフを突きつけられていた。そんな状況で警察官は躊躇することなく侵入者に飛び掛かった。私の首が掻っ切られるかもしれないというのに、そんなことにはお構いなしに…。
リビングのソファにへたり込む私に後からやって来た刑事が声を掛けてきた。
「あなたが犯人を突き飛ばした拍子にヤツはコンタクトレンズを落としたらしい。それを探しているとあなたの眼鏡を見つけてそれを手に取った。その瞬間に明かりがついた。顔を見られたと思ってあなたを襲ったということです」
「ナイフは?」
「ナイフなんて持っていませんでしたよ」
「でも、首に何かを押し当てられて…」
「それはこれの事かな?」
刑事が見せてくれたのは私の壊れた眼鏡だった。
「犯人は相当目が悪かったようで、壊れたあなたの眼鏡を思わず手に取ったようですよ」