File35 カジノ専用コロニー『ロングショット』への貨客輸送② 接待をされる側にもマナーがある
行楽日和が続くのに、出かけられないのが辛い
ケビンは俺の声に反応して此方を向いた。
「あれ?ショウンじゃないか!おまえこんなところでなにやってるんだ?」
ケビンは驚いた顔で、おれを指差してくる。
「俺は仕事だ。そういうお前こそなんでカジノにいるんだよ?」
俺がそう質問すると、ケビンは急に暗い顔になった。
「取引先の接待だよ…」
「ここでか?」
普通、接待と言えば高級クラブやゴルフが思い出される。
カジノは接待には不向きのように思うのだが。
「こっちが軍資金を用意して遊んでもらうんだよ」
「勝ちゃあ良いだろうけど、負けたらどうするんだ?」
「負けても自分の懐は痛まないだろ?まあ、時々めんどくさいのがいるけど…」
成程。高級クラブやゴルフに使う金を、カジノの軍資金に使って遊び、勝ったらホクホク。負けても自分に損はない。
しかし、最後の言葉に疲労の色が出ていた。
「サラリーマンは大変だな」
俺がそういうと、ケビンは深くため息をついた。
「お前はいいよな。嫌な先輩や上司。生意気な後輩も居ないんだもんな」
どうやらそうとうやられているらしい。
「輸送業者だって、嫌な客も、嫌な同業者も腐るほどいるぞ。仕事は命懸けになることもあるしな」
ケビンは羨ましそうに言うが、こっちは1回の仕事に生死がかかる場合が何度もある。
「そういや仕事ってことは配達にきたのか?」
「ああ。正確には『ここに品物を売りにきた客とその品物の配達』だな。依頼主は商談中だ」
そういえばなかなか連絡が来ない。
まさかトラブル…じゃないな。
まだスロット談議をしているんだろう。
するとそこに、声をかけてきた奴がいた。
「おい!そんなとこでなにやってんだよ?!」
「やば…」
「なにをしてるんだコールマンくん!」
「あ、課長!」
声をかけてきたのは、俺達と年齢の近そうなチャラい男と、中年の男性だった。
チャラい男の方は、多分接待の相手で、中年の男性は、ケビンのセリフから同じ会社の上司なのがわかった。
チャラい男の方がケビンに近寄ると、不機嫌丸出しの顔でケビンに絡んできた。
「おい。さっさとビール持ってこいよ!」
「すみません。偶然友人に出くわして…」
「知るか!さっさと言われたとおりやれ!」
チャラい男は、怒鳴り付けながらケビンの足を蹴りつけた。
そして、ケビンの横にいた俺に気がつくと、
「お?へへへ…なかなか気が利くじゃねえか♪こういうのが本物の接待だよな♪」
いきなり俺の肩に手を回してきた。
「お前の会社との契約は、部長であるこの俺様の気分次第だからな。きっちりもてなせよ♪」
そういってそいつは、肩に回していないほうの手で、俺の胸をいきなり鷲掴みにした。
女性でも、相手が本当に故意でないのならば、怒らない人も中にはいるだろう。
ましてやシュメール人・しかも基本性別が男の俺にとって、女の姿で胸を触られても、気持ち悪いだけで、同じように故意に触ったのでなければ気にも止めない。
が、こいつみたいな奴に勝手に触られてムカつくのは間違いない。
「痴漢の現行犯だな」
「あぁん?」
俺がそう言い放つとそいつは、『なに言ってんだこの女?』というような顔と返事をしたので、俺は身体を回転させ、そいつの鳩尾に全力で拳を叩き込んでやった。
「げぼぅっ!」
男はおかしな悲鳴をあげながら、くの字になってから倒れ込み、床につっぷして最終的にへの字になった。
当然回りからはどよめきがあがる。
「どうかしましたか?」
そしてすぐに、中肉中背の中年と背の高いマッチョの青年の2人の警備員がやってきた。
フロアにでも待機していたのだろう。
「痴漢だ。いきなり人の肩に腕を回し、胸を鷲掴みされた」
俺の発言に、回りの客やバーテンが間違いないと証言してくれる。
が、一人だけその証言に異を唱えるやつがいた。
「違う…!その女は俺を接待するための、そっちのダサい奴の会社の社員だろ!」
俺が拳を叩き込んだ、接待対象のバカ男だった。
だが当然それには反論が入る。
「こいつは俺の友人ですけど、うちの社員じゃないですよ。たまたま偶然、ここで再会したんです」
これで押し黙るかとおもったが、そんなことではくじけなかった。
「だったらお前が納得させて、俺様に献上しろ!それが、この俺様を接待するってことだろうが!」
その一言に、回りの人達の空気が変わったのにバカ男は気がつかない。
警備員のうち、背の高いマッチョがバカ男を拘束する。
「先輩。とりあえずGCPOにしょっぴいてもらいましょうよ」
「そうだな。すぐ連絡するか」
2人の警備員もかなり気分を害したらしく、バカ男を早々にGCPOに引き渡す気満々だった。
「おいまてよ!俺様はアーノス・コーポレーションの社長令息のアンドリュー・アーノスだぞ!こんな扱いしていいと思ってんのか?!」
バカ男は自分がしでかした事を棚にあげ、自分が身分の高い人間だと主張する。
そこに、スロット談議が一段落したらしい、チャーリーとダンディー氏が、ティラナと一緒にやってきた。
「いったいどうしたんだ?」
「あ、オーナー。こいつが、此方のお客様にセクシャルハラスメントを」
そう、ダンディー氏はこのコロニーのオーナーのバデルテ・ギャンデック氏だった。
パンフレットに顔と名前が乗っていて物凄く驚いた。
最高責任者が、品物を売りにきたいちブローカーを出迎えるなと思う。
まあそれだけスロットマシンに思い入れがあるのだろう。
「お前、なにされたわけ?」
「胸を鷲掴みされた」
一緒にやってきたチャーリーの質問に答えたところ、ギャンデック氏の表情が変わった。
「通報は?」
「今からです」
「よし。すぐに通報しろ」
どうやらギャンデック氏はそういう事には厳しいらしい。
しかしそこに、意外な人物が割り込んできた。
「すみません!大事な取引先なんです!何とか穏便に済ませていただけませんか?」
「たのむ!うちの会社にとっては大事な取引先なんだ!」
課長さんとケビンの奴が俺とギャンデック氏に向かって土下座をしてきたのだ。
俺は友人の行動に思わずため息をついた。
ここで俺が頑としてこのバカを付き出した場合、ケビン達が責任を取らされるんだろう。
「すみません。通報はなしで」
それを聞くと、課長さんとケビンは安堵の表情を浮かべ、警備員はバカ男を解放した。
「まあ、被害者の貴女がいいというなら通報は控えますが、あの手合いは付け上がりますぞ」
ギャンデック氏は難しい顔をしながらバカ男=アンドリュー・アーノスを見つめた。
そのバカ男は、さっきまで拘束されていたのをどこ吹く風とばかりに、自分たちを助けてくれた課長さんとケビンに怒鳴り散らしていた。
「おい!どうするつもりなんだよ!俺様は殴られたんだぞ?あの女に責任とらせやがれ!」
「彼女はわが社の社員ではありませんので…」
「だったらお前らが納得させて、俺様に献上しろっつったろうが!」
「いやそれは…」
やっぱり付き出してやろうと考えた時、何故かチャーリーがそいつの前にでていった。
「よう兄さん。随分とご立腹だな」
「あぁん?なんだてめえ?」
不機嫌なバカ男とは対照的に、チャーリーは余裕の笑みを浮かべていた。
「そっちの女・ショウンの仕事の依頼主で友人だ。それより、ここはカジノだ。どうせならギャンブルで決着をつけたらどうだ?」
そう言いはなったチャーリーの顔は、悪党の笑顔に見えた。
買い物の帰り道にある公園の前を通ったおり、道路に子供が忘れたらしい小さなピコピコハンマーが落ちていた。
公園の中に入れておこうと思って拾ったところ、その柄にマジックで『みょるにーる』とひらがなで書いてあった。
思わず吹き出したが、ミョルニールには『粉砕する者』という意味があったはずなので、コロナウイルスを粉砕してもらうべく、なんどか振り回しておいた。
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