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『悪なる魔力』、略して『悪魔』
はい。
なんだか勢いで魔物を倒すことになったけど、シャキッとやってこう。
あの後、町に出入りするのに必要な身分証として、小さいカードを貰った。
兵団に所属している証だというそのカードを見た、町の門番さんは凄い疑いの目を向けてきたがなんとか通してもらえた。
まるまる太った自分を冒険者と認めたくない気持ちは嫌という程分かるけどさ、あんな胡散なものを見る目で見ないで欲しかった……
俺は今、街道に沿って歩いているがもうすぐで目的地の森に着くはずだ。
さて、ここで簡単に魔物という存在について説明しておこう。
まず魔物には2つの種類があってそれぞれ魔獣系、邪物系というらしい。
魔獣系というのは獣を器として、悪なる魔力を宿している存在のことをいうらしい。これから殺りにいくホーンラビットもその一種だ。
なんでも兎がその悪なる魔力とやらを取り込んだ結果、頭蓋が変形、鋭いツノが生えるらしい。
悪なる魔力とか、そのせいで頭蓋が変化するとか、思わずなんでやねんと突っ込みたくなるけど。そこは追及してはいけないと、アニキに諭されてしまった。
次に邪物系、こちらは依り代が元からなく、悪なる魔力……小っ恥ずかしいから悪魔でいいや。悪魔で一から構成されている。
小鬼とかが最も有名だろうか?
魔獣系は殺したら実物がそのまま残るのに対して、邪物系は死骸は残らない。代わりに悪魔が凝縮された魔石と呼ばれる小さい石がその場に残るのだとか。
俺が分かるのはここまでだ。これ以上の詳しいことは知らん。魔物博士にでも聞いてくれ。
「やっと着いた……」
街を出て十分、ようやく目的地にたどり着いた。普通だったらこんなに時間かからないらしいけど、俺はデブな上に短足だからね。
歩幅が小さければ歩くスピードも遅いのだ。
ついさっきも足が短いせいでこけて笑い者になったし。
これ以上考えれば目から汗が出てきちゃうのでやめておこう。
もっと王都より離れた場所に行けば街道にも魔物が出ることがあるらしいし、凶暴な魔物が出現するらしい。周囲にはホーンラビットしかいないこの土地に王都を作った昔の人はよく考えている。
さあ! 狩りの時間だ!!
◇
「森は薄暗いな……昼間でもこんなに暗いんだ」
森は鬱蒼と茂った背の高い木々が日光を遮断している。ところどころ木漏れ日が漏れているのは見えるが森全体としては暗い雰囲気をしている。
それにしても……さっきはモンスターハ◯ターのごとく息巻いたはいいけど、ホーンラビットどこよ? 全く姿が見えないんだけど。
歩く地響き発生装置として森を闊歩してるのだが、生命の気配が一切しない。なんじぇ?
「ぐふふ……俺の強さを感じて逃げているのかな……?」
もちろん、そんなことは一ミリもないって分かってる。なんとなく言ってみたかった。
とその時、後ろからただならぬ殺気がーーーというのは嘘で単に物音がした。
「何者じゃあ!」
ガバッと後ろを振り返ると、日本にもいそうな普通の小さい兎がいた。気になる点といえば、頭にドリルが生えている事だろうか。
どう見てもホーンラビットの特徴だ。
まあ分かってはいたよ。この森にはホーンラビットしか出ないらしいし。
「キュピ?」
「あれを倒せというのか……」
ホーンラビットはツノを除けば見た目は完全な兎だ。ナイフを構えると、そんな兎がうるうるした目で見上げてくるのだ。
日本人であれを殺そうと出来るのはなかなかいないんじゃないだろうか?
「ぬっころ!」
「キャピィ!?」
だがしかし! 金が関わるとなれば話は別。たとえ銅貨5枚だとしても、食費のために稼ぐ必要がある。断食はこの体の場合じゃ命に関わる。
命のためなら、元日本人だとしても容赦なく殺らせてもらう!
相手のホーンラビットも戦う気になったようだ。
「滅!」
「キュアー!!」
攻撃、ナイフを振り回す! 技術? そんなの知るか!
俺はナイフを乱雑に振り回した。脂肪のたくさんついた短くて重い右腕を精一杯動かす。
こちらに体当たりしようとしたホーンラビットもナイフを警戒して動かないでいる。
このまま押す!
ナイフを振り回したままホーンラビットに一歩ずつ近づいていく。こちらが一歩近づくとあちらもジリジリと一歩下がる。
ナイフを投げて、ホーンラビットに当たったところを近づいて撲滅……なんてのも考えたけど、もしナイフが外れたときの怖さを考えて、やめておいた。
アニキの言っていた通りに、近づいて心臓を一刺し、という方法を取ることにした。問題はどうやって近づくかなんだけどね。
足の速さでいえばデブな俺の方が遅い。逃走でもされればそれまでだ。
「キューピー!」
ところが、ウサギはデブな俺を格下と捉えたのか、後退をやめて日本で有名なマヨネーズ会社の名前を叫びながら突撃してきた。
ウサギにまで格下認定されるとは……どうせ俺はデブでブサイクなダメ人間だよ!
「うおおお!!」
怒りを腕に乗せて、突撃してきたウサギの顔面をナイフで切るように腕を振った。
まさかの空振り。
イメージの自分とリアルの腕の長さが違いすぎた。恥ずかしすぎる。
だがそのおかげでウサギのタックルにも当たらずに済んだ。
思い切り空振ったせいで重心が傾いて横に倒れた。ウサギのツノによる突き刺しは自分の横を通り過ぎる。
地面をもんどりうってコロコロと転がる体を止めて後ろを見ると、地面にツノが刺さってもがいている哀れなウサギの姿が。
なんとか起き上がった俺は、可哀想に思った兎を楽にしてあげようと、尻にナイフを思い切り突き刺してあげた。
「ピギャアア!!」
「刃物によるカンチョーだ! 効くだろう!?」
あとで思い返すと、自分でもドン引くくらいにナイフでツンツンしまくった結果、ウサギはやがて動かなくなった。体がだらりと脱力する。
「勝った……疲れた……」
地面に倒れこんだ俺はしばらく勝利の余韻に浸ったあと、起き上がるのに数分、兎を引っこ抜くのに数分かかった。
兎を回収用の袋に入れ、俺は誇らしい気持ちで王都の街に帰った。
最近座禅を組むのにハマってる。