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「アニキィ!!」
「アイルゥ!!」
俺は兵団の団長、オーウェンバルグさんと抱き合って喜んでいる。
デブとマッチョが抱擁しているなんて、側から見たらさぞシュールな光景になってることだろう。
だがそんなこと気にしない。俺はアニキと出会えて幸せなのだから……!
「団長。男同士でなに抱き合ってるんですか? 気持ち悪いですよ」
そんな俺の胸に毒矢を刺してきたのは眼鏡をかけた女の人。
その女の人が美人さんなだけに猛毒であった。俺の頭は一気にクールダウンすることになる。
「クリストフィア、見てくれ! 新しい冒険者の誕生だ!!」
ところがアニキは女の人、クリストフィアさんというらしい人の毒舌を意にも介さずに、相変わらず目を輝かせていた。
やっぱりアニキは大物である。
クリストフィアさんは俺の姿を一瞥するとこちらも変わらず冷たい目で言い放つ。
「冗談はおやめください。そんなブタに冒険者など務まるはずがないでしょう?」
「ブ、ブタ……」
真顔でブタと罵られた……
やばい。精神的ショックで立ち直れなそう。
「おいクリストフィア! アイルが死にそうになってるじゃないか!!」
「この程度で死ぬのだったら要らない人材でしょう。ブタは適当のそこらへんを歩いていれば良いのです」
「あ……が……」
女の人にここまで言われるなんて……死にたい……
「良い加減にしろ! クリストフィア!!」
「……申し訳ございません。完了した依頼の書類はデスクに置いておきますね」
彼女はアニキの仕事机の上に何枚かの紙を置くと部屋を出て行った。
吹雪は、去った。
「すまないなアイル、あいつは俺の秘書で、誰にでも口が悪いんだ。大丈夫か?」
「い……え……お気になさらず……」
「最初は慣れないだろうが、我慢してくれ」
アニキは日常的に辛辣な言葉を吐かれてるのだろうか……
俺は毎日ブタブタ言われたら絶対にメンタルが耐えられないと思う。
やっぱり、アニキは、凄かった。
◇
「アイル、お前を雇ったはいいが、まずはお前にダイエットをしてもらう」
「やっぱりそこからですよね……」
「ああ、冒険者は本当に危険な仕事だ。体重が多くて体を思うように動かせない奴が魔物なんかと戦ったら大抵は早死にする」
う……やっぱり死ぬこともあるんだよね……怖いなぁ。
でも今更怯えたってしょうがない。俺に残されたできることといえば、戦うことしかないんだから。
……考えたら日本にいた頃って幸せだったんだなぁ……
やっぱり平和が一番だよね。
「住むところは確保してやる。出世払いでいいから、お前はそこで日夜ダイエットに励め!」
「質問いいですかアニキ!」
「おう、どんと来い!!」
「金がありません! 食事は減らすつもりですがこのままだと近いうちにまた倒れます!」
そろそろいい感じに気絶するんじゃないかな。
昨日からずっと食べてないし、腹の音もなぜか鳴らなくなってる。それが余計に怖い。
「ううぬ……金銭的援助まですればクリストフィアに何言われるかわからんしな、どうするか……」
俺のせいでアニキがクリストフィアさんに辛口言われるのは心苦しい。
ここは賭けだ!
「今の俺でも倒せそうな弱い魔物いませんか!?」
「魔物って、お前まさかその状態で行くつもりか? いくら弱い魔物でも死ぬかもしれんぞ」
確かに、今は空腹状態で力が上手く出ないし、今の服に防御性能なんか期待できない……
がしかし!! 男にはやらねばならない時がある!
「何か武器だけ貸してもらえればいいです。あとは俺が自分で頑張りますから」
「いやしかしだな……」
「大丈夫です! 俺にはこの天然の脂肪がありますから!」
そう言ってお腹をポン!と叩くと揺れる揺れる。
お腹の脂肪がこんなにたくましいと思ったことはない。
「そう簡単にはやられませんよ」
「……分かった。何事も経験からだな。アイルには初任務を与えるとしよう」
アニキは部屋から出て数分経つとすぐに戻ってきた。
手には一枚の紙が。
『角兎、ホーンラビットのツノの採集』
「王都の街を出て近くの森に出る、頭に鋭いツノを生やしている兎を倒してほしい。解体は俺がやるから倒してここに持ってくるだけでいい」
報酬は銅貨5枚、だいたい250円か……まあ最低限の食事は出来そうだ。
中古ではあるが普通に使えるであろうナイフを貸してくれた。
「ホーンラビットは近郊で一番弱い魔物だ。心臓か頭を一刺しすればすぐに死ぬだろう。ただツノには気をつけろ? いくらお前が太ってても関係なしで突き刺してくるぞ」
太ってるって言うなー! もうちょっと遠回しに言え〜!!
でもアニキだから許す。
こうしてアイルはいきなり魔物と戦うことになった。