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健全なS(意味不)






なんたる失態を犯してしまったのか。

まずい、かなりまずい。恐れていた状況が起きてしまっていた。


気が抜けていた。自分の顔面に気を取られて女の子を人質に取られてしまうとは。


「〜〜〜!!!」

「へへへ……俺にも運が回ってきたな」


力の弱い少女の口を塞ぎながら片腕で動きを完封している。ジタバタと抵抗はしているようだが男は全く動じていない。ニタニタ笑いながら片手でナイフをくるくる回しながら弄んでいる。首筋に冷たい刀身を当てられて、少女は顔に恐怖の色を滲ませながら声にならない悲鳴を上げている。


俺が何か不審な動きをしたらすぐに喉を掻っ切るという暗示だろうか。

危険物の除去まで忘れていた事に顔から血の気が引いていくのを感じる。



人質というのは厄介だ。

交渉を優位に進めるために特定の人物の身柄を拘束する。取られた人質の安全が保証されている場合があればもちろん逆もある。被害者(人質)に命の危険が及ぶ場合だ。今回は紛れもなく後者に当たる。


人はどうしても自分に及ぶ責任を考えてしまう。

己の判断で他人の命が左右されるならば尚更である。自分には全く関係のないはずの人物、それでも判断を迷ってしまう。その人物の命と責任を背負っているから。

その人にだって家族がいる。愛する人もいれば愛してくれる人もいる。もし死んでしまえば、それらからの怨嗟を全て受け止めなければならない。




ーーー人はそれが怖いのだ。



「……その人は一般人なんだ。離してくれないか」

「そしたら俺の首が飛んじまうだろ〜? そんな殺意剥き出しで言っても了承するわけねえだろうが」


こいつが言うのは最もな事かもしれない。

緊張を解いて出来る限り殺意を空気中に霧散させる。やはり少しばかりは残ってしまった。


「貴様は俺にどうして欲しいんだ」

「ん〜正直言うとなぁ。………殺してえよ」


男は顔に青筋を浮かべながら続ける。


「俺はサディストでね。毒かなんかでじわじわと苦しみながら死んでいくツラを拝んだ後に体をナイフでグチャグチャに穴だらけにしてやりてえ。四肢はぶった切って裏山の魔物の餌にでもしようかぁ? 胴体はケツの穴から串刺しだ! カレンダーがわりに一日置きに穴を開けて行くのはどうだ?頭は脳漿をぶちまけて目玉は鳥の餌行きだあああ!!!!」



ーーーこの男、やばいな。

真性のSだ! 『ドSのジャンヌ』に勝るとも劣らない、こんな変態初めて見た。ジャンヌのサディスティック性も中々の物だと思っていたが……こいつは規格外だ。


ジャンヌのSは健全なSなんだ! (俺を除いて)人には危害を加えない。だが行き過ぎた性的嗜好は危険である。この男がまさにその現れ! 世の害悪でしかないのだ。速攻に排除せねばならない!



なんだかんだで()る気が上がったアイルだった。



頭領は一人で勝手で“ハアハア”とキモさ全開で息をしていたが、やがて「フゥ」と息をついて調子を取り戻した。何が『フゥ』だよ、お前左下の女の子を見てみろよ。今もだけど物凄い顔してるぞ。


彼奴は俺と少女の恐怖と蔑み(ガチ)の視線に気付かずに再び喋り出した。


「俺直々に嬲り殺してやりたいところだが……こいつを抑えたままだと油断を突かれて反撃されるかもしれないからな」


そう言って男は懐に手を入れるとーーーちょっと待て、お前今どこに手を入れた?


「このナイフで……自害しろ。断ったらこの女の命はないと思え。首を掻っ切るでも心の臓に直接突き刺しても構わない。好きな方法でやってくれ。ただ俺をなるべく楽しませてくれよ?」


股の間から取り出した小刀を俺の近くに投げてくる。クルクルと回転したそれは綺麗に地面へと刺さる。正直なところ、話が全然入ってこなかった。なんで股間に刃物入れてんだよ。


どうしよう。シリアスな場面のはずなのに全然シリアスじゃない。何だこれ。


「……このナイフで、死ねと?」



絶対触りたくない。嘘だと言って。



「その通りだ」



無慈悲な言葉に俺は心の中で号哭した。








ーーーさて、巫山戯るのはこれくらいにしてそろそろどうするのか本気で考えないとな。

穢らわしいナイフを触りたくない一心で心の中でとはいえ号哭した俺だが、そもそも自殺する気なんて全く無いし。あの子供を助けないといけない。


そもそもこんな蛮族と対話しようとする事自体間違いなのだ。こちらが約束を守ったとして、向こうが約束を破らないなんて保証は一切ない。


人質がいるからといって諦めるつもりは毛頭無いし、この男を取り逃がすつもりもない。この場で決着をつける。




ーーだがやはり、人質の存在というのが厄介だ。この男は殺そうと思えばすぐにあの少女を殺すだろう。今までやってきた事だろうから今更抵抗はないと思う。


少女に向けられる凶刃をこちらに向けさせるには……



「これしか思いつかない……な」



決断をした。

正しいかはわからない。上手くいくとも限らない。

ただ無事に成功することを祈るだけ……



「俺が死ねばいいという話だが……」



肩に背負っていたハルバードを地面にーーーー置くことなく、男めがけて走り出した。手を抜かずに。自分が出せる最大のスピードで。



「断らせてもらう!」

「キハハハ! お前なら突っ込んでくると思ってたぞ!」


やはり男はナイフを少女に対してではなく、俺に向けて振り下ろしてきた。

こいつはさっき自分でサディストと言って俺への憎悪を滾らせていることを教えてくれた。憎むべき相手が近づいてきたのだから標的は俺に移るのではないか……と考えていたのだが、当たったようだった。


磨き上げられた剣なら分からないがこいつが持っているのは手入れなどされていない錆びれたナイフ、柄で受けることは容易にできる! 柄頭を持つ右手を自分の胸の方へ寄せると同時に刃側を持つ左手を押し出すことでカウンターを仕掛ける。大振りのハルバードの凶刃は男の背中側から襲う。


強めにやったら男の体を切り裂いてその先にいる少女にまでヤイバが及ぶ可能性もある。加減はしたのだが……感じからして男の背骨の合間に挟まっているようだ。


力を入れてハルバードを背中から抜くと血が出てくる出てくる。そりゃあもう大量に。右腕が脱力しナイフを地面に落とす。左腕も同様に力が抜けたようで少女が男の腕の中から抜け出した。


背中から裂けていく前に男は地面へ倒れる。まだ意識はあるようだが、この大切な内臓を破壊した事による出血量と痙攣しているところを見るにそう長くは持たないだろう。


「ぐ……うう……」


初めて男のにやけていない顔を見た気がする。苦痛に歪んだ顔を見ると今まで馬鹿にされてた分、清々しい気分になる。


“この男の最後を見る必要はない”と少女の方へ歩き出そうとしたら……



「き……グフッ!アバハハハッハバハ!!!」



男が口から血を吐きながら笑い出したのだ。

最期まで笑っているのか、この男は。



「さぞがじい゛い゛ぎぶんなんだろお゛な゛ぁぁ! デブなぎじざんよお゛お゛! おんな゛をだずげでよ゛!!」

「お前……もう喋るなよ。見てるこっちが嫌になってくる」


いい気分な訳がないだろうが。こんなに一度に沢山の人を殺しといてスッキリしてるのは狂戦士(ベルセルク)とか快楽殺人者か……俺はそんなんじゃあない。闘争を好むことは認めるけど。


今はとりあえず、手を洗いたい。


女を助けてというのは……ラノベとかお伽話じゃないんだから惚れられるとか絶対ありえないし、精々『ありがとう』って言われるくらいじゃないか? 俺はそれだけで結構嬉しいけど。

欲を言うなら褒賞金(かね)が欲しい。


「最期まで笑っているとか、ほんと不気味なやつだな」

「へ……へへ……へ……」


寒気のする笑みを浮かべながら男は生き絶えた。

結局何だったんだろうか……






どさり



「う……うぅ……」




何かが倒れる音がした。

何かが苦しむ声がした。



俺がそちらを振り向くと、横腹に深々とナイフの刺さった少女がいた。




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