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そこから先は戦いというよりは虐殺という方が正しかった。略奪や虐殺を繰り返していた彼らにそれ以上の戦闘力を持つ者に抵抗する方法を知らなかった。
ハルバードを振るえば首が飛び、木などの障害物に身を隠しても障害物ごと胴体を二分される。逃走しようにも明かりがない状態ではこの森の中を満足に逃げ回ることもできず、長時間暗闇にいた事で多少夜目の効くアイルに武器を投擲されて命は散っていった。
ある程度の事が終わり、血をばら撒いて倒れ伏す残骸の中で顔に着いた返り血を拭いながら、元からそのような彩色が施されていたかのように綺麗な真っ赤に染まったハルバードを持つと俺はある1人の男に詰め寄る。
この男は他の男たちに比べて一回り体の大きく、襲う前は列の最前を歩いていた。俺が暴れていた際も散り散りになった山賊たちを必死にまとめようと指示を飛ばしていた。これらの理由から彼奴を山賊の頭領だと判断した。
「誘拐した人達は返してもらおう。女はどこだ」
冷静に、冷たく冷徹な感じで。
これだけの殺人劇をしたのだから甘い人間だとは思われてない筈だが、俺の外見は太った子供だからな。どうしても下に見られてしまう。
残虐非道。冷酷無残な人として。
刀身の短い小型のナイフを首に当てて問う。
「てめえは王都が送り込んできた刺客か?」
「貴様の質問に答える義理はない。俺の質問に答えろ」
「……王都ではガキですらこんな化け物じみてるのかよ。やっぱり近くに越してきたのは間違いだったな」
「ーーー質問に答えろ」
こんだけ脅しても『やれやれ』といった感じで馬鹿にした様子の男。やはりこの体で人を脅すのは無理があるのか。
舌打ちしそうになるのを抑えて体から出す殺気を上げる。殺意、殺気の出し方なら熟知している。“弱い魔物なら密度の濃い殺気を当てるだけで蜘蛛の子を散らすように逃げていくから”と。最高出力を出せば殺意に敏感な角兎なんかは死んでしまい、そういうのに疎い小鬼なんかですら泡を吹いて倒れてしまう。
ナイフを少し動かして『殺せる』という意を送りながら、無表情で男を見据える。
「どこにいる?」
「……俺たちの住処にいる。最奥に纏めて置いてある」
奥? 無造作に壊れた武器が放置されていただけで何もなかったはずだが……ひょっとしたら俺が気づいてないだけでもっと奥につながる道があったとか? 天然の洞窟だから見落としなんかはあるかもしれない。
「……案内しろ」
「へいへい。どうせ選択肢なんてないだろうしなぁ」
適当な縄で腕を縛ってから洞窟へ歩かせる。別に洞窟までの道が分からないとかじゃないからな? 俺は洞窟内の案内をさせようとしてるだけで、現在地がどこかも分からないみたいなそういうのじゃないよ? ホントだよ?
「少しでも不審な動きを見せたら殺すからな」
「分かってますよ〜刺客どの」
この鼻に付く態度は全く変わってないな。イライラする。無論顔には出さないが。
「刺客というからにはもっと普通のやつが送られてくると思ってたんだがなあ〜随分とデブな刺客が来たもんだ。ゲハハハハ!!」
……全てが終わったらこの男は絶対絞め殺す。絶対にだ。
◇
戻ってきました。山賊の住処というだけあって相変わらずくっせー匂いが漂っております(怨)
「着いたぜ、デブな刺客さんよぅ」
「……」
この男、移動中ずっと俺の事を馬鹿にしてきたのだ。途中ムカついて首の皮を剥いでやったら少しは大人しくなったけど、少し経ったらまた貶してきて自分を抑えるのに大変だった。
今も変わらずニヤニヤしてるこの男の顔面を見ると、3回ほど殴り飛ばした後に首を刎ねたくなってくる。今すぐ実行したいけれど捕まった女性達を野放しにしておくわけにはいかない。一番近い王都から憲兵がここに来るのには五時間ほど時間がかかるだろうし……今は真夜中だから早くても明日の午後になってしまう。
ちょっと。本当にちょっぴりだけつまみ食いしたけど、彼女らの為に食料は持ってきてる。満足に食事は与えられてないだろうし、早く助けだしたいものだ。
「洞窟は狭いから入ったらすぐそこだ。さっさと行った方がいいんじゃねえか」
さっきからニヤニヤして、なんだこいつ。キモいんだよ。ムカつくんだよ。死んでくれよ。
心の中で大いなる殺意のこもった呪詛を吐きながら男のニヤケ顔の理由を考える。それは足元に転がっていた物を見てすぐに思い当たった。
「もしかすれば先にここへ来た三人との挟撃を企んでるかもしれんが、彼奴らは骸となって地に伏せているぞ」
「……チッ」
舌打ちしやがったぞコイツ。俺の予想通りだったのか。
諦めの悪い奴め。
「さっさと人質の元へ案内しろ」
「……一番奥の武器溜まり、その手前に茣蓙で隠された隠し穴がある。そこに女共はいる。とっとと行って来いや」
「今さっきのやり取りがあって、お前に背中を見せると思うか? 逃げられても面倒だ。来い」
頭領は黙って従った。
カンテラで洞窟を照らしながら奥へ進むと茣蓙が立てかけられている所があった。その茣蓙を払いのけると盗賊の言う通り、小さい分かれ道が存在していた。こんなところに隠してあったとは。意外と近くにあったのか。
「ここを動くなよ。少しでも逃げる仕草をしたらすぐに分かるからな」
「……分かってんよ」
頭領は不機嫌に仏頂面で頷いた。正直信用できないがもし本当にこの先に女の人たちが囚われてる場合、コイツを連れて入り俺が油断した隙に人質を取られても面倒だ。
もし仮に逃げられたとしても山賊はほとんどが壊滅、一人では何もできやしない。ここに来た憲兵達に簡単に捕まるだろう。
俺はカンテラの火を適当な木の棒に移してなんちゃって松明を作ると、それを持って低い入り口を潜り抜ける。
その空間は狭かった。畳が四畳半くらいの広さだろうか。頭高が低いのは入り口だけで中は俺が立ってもかなり余裕がある。
何処かのワンルームアパートみたいな感じのこの隠されていた空間に、自分以外の人間はーーーーーいた。
「……三人、いや四人か」
その場所にはグッタリとしている女の人が転がっていた。壁に寄りかかったり地面に伏せていたりなど、状態は様々だが全員が全員ボロボロで乱暴された跡があった。
ツンとするような臭い匂いに顔を顰めながら俺は一人に話しかける。
「どうも、アイルです。生きていますか?」
なんで俺は倒れている女性に自己紹介と生存確認をしてるんだろうか。
いや、理由は分かってるんだ。『助けに来ました』って言うのが妙に恥ずかしくて気まずいんだ。俺は正義のヒーローなんかじゃないし、精神年齢だってそういう恥ずかしいことでもさらりと言えるような若い年齢じゃないんだ。
女性の方だって助けに来たのが、デブなブサイク少年で+中身はオッサンの救世主なんて絶対嫌に決まってる。輝かしい瞬間のはずなのに黒歴史になっちゃう。
ーーでも今はそんなこと言ってる場合じゃないか。
「水と食料がありますけど、要りますか?」
「…………」
だめだ、反応がない。
目は開いてるんだけど手を振っても一切反応しない。ただ死んだ目で虚空を見つめてるだけだ。取り敢えず水だけでも飲ませないと。
女性を仰向けにして額に手を当てて顎に指を添えて上を向くようにする。社内の人命救助の講習で見たが、こうする事で気道が開く……らしい。上半身を少しだけ起こして口に袋を突っ込むと水を流し込む。
雑だって? しょうがないだろ。気絶してる人に水を飲ませる正確なやり方なんて知らないし。一番確実なのは人の口から移すやつなんだろうけどほら、俺ってオッチャンだから。日本だと人命救助の際のこれはセクハラにならないらしい。でもここ異世界だから分からないし。
後々禍根は残したくないのです。変な所で小心者だとはよく言われる。それだからいつまでも童貞なのだともよく言われるが。
「……ゲホッ! ゴホッ! ゲホッ!?」
あ、咳き込んだ。
そういえば水を流し込むのに気道を開いちゃだめだ……空気を送り込む人工呼吸の時だけか、俺ってバカだ。
「意識は戻りましたか?」
「あ……な…た…………は。……?」
まあ意識が戻ったようで何より。
やはり俺のやり方は間違っていなかった!(どやあ)
「ここに水と乾パンもどきを置いておくんで。お腹が減っているのなら食べてください」
もっと多くの人数を想定していたから大丈夫。全員に満足な量の水と食料は行き渡るはずだ。
その後も気道を開けてからの激流コンボで(強制的に)目を覚まさせていく。鬼畜とはよく言われます。はい。
いよいよ最後の人に治療を施す番だ。待っててね。すぐに眼が覚めるよ(ニヤリ)
「………あ…」
「およ?」
どうやら最後のお一人は意識があった様子。残念、もう少しで俺の新しい扉が開かれようとしてたのに。
後々禍根は残したくない? 僕、過去は振り返らないタイプだから。
「意識があるなら話は早い」
「………」
「水は飲めますか? もしお腹が減ってるなら乾パンしかないけどどうぞ」
それにしてもこの人は他の人たちに比べて一段と若いな。もしかしたら俺と同い年くらいなんじゃないか?こんな子供が山賊に捕まるなんてなぁ……
もしジャンヌが捕まったらと思うと……ああ、気分が悪い。一先ずその賊達を深く地面に埋めないと気が済まない。
「もしもし、大丈夫ですかー?」
「…………」
おかしいな、反応がない。最初は確かに意識があったはずなんだが……
「………い……」
「い?」
「いやああああぁぁぁぁあああああ!!!!」
大きな叫び声を出しながら少女は起き上がると俺を思い切り突き飛ばす。痩せ細った腕だったので尻餅をついただけだったが。少女はそのまま何かに怯えた様子で逃げて行ってしまった。
「……」
いや……別に分かってたよ。仲良くなれるわけはないってさ。でもさ、初対面なのに突き飛ばされた挙句絶叫されながら逃げられるってどうよ? 俺のメンタリティでも結構傷ついた。
やっぱり顔、なのかあ……
俺の顔が歪んでてそのあまりの不細工さに思わず発狂してしまったと。うむ、筋が通る。
凹むわぁ……
「そんなに歪んでるのかな……」
顔をペタペタと触っていると手に何かがついた。見てみるとそれは真っ赤なKA☆E☆RI☆TIだった。視界確保のために目の周りだけしか血は拭っていなかった。目つきの悪さは筋金入り、地面に置いたカンテラの光でさらに下からライトアップ……
「………」
懐から手鏡を取り出すと今の自分の顔を確認してみる。
見てみると、ゾンビも裸足で逃げ出すようなホラーフェイスだった。自分でも思わず『おおう……』という声を漏らしてしまったよ。
これは……逃げるわな。
今までの人たちは眼が覚めたばかりで視界がはっきりしてなかったのか。
手拭いで血が完全に乾く前に拭き取る。手鏡で確認したがいつもの顔だ。これでもう絶叫されることはない……はずだ。
さっさと逃げ出した少女を追いかけなければ………
ーーーーーーーーーーー逃げた。何処に?
急いで周りを見渡す。ーーー三人!
この空間の外には………
まさか。
まさかまさかまさか。
すぐさまハルバードを持って駆け出す。
水を飲んでいる女性の間を抜けて、高さの低い入り口をかがんで抜けると……
「よ〜う? とりあえず、その危険な武器をこっち渡してもらおうか?」
「〜〜〜!? 〜〜〜〜〜!!」
ーーーそこには最悪の状況があった。




