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「アイル……」

「ん、なんですか?」


ある時、俺はアニキと遠慮なしで拳をぶつけ合っていた。遠慮なし、と言ってもそれは俺に限った話でアニキはただそれを弾いているだけなのだが。カウンターありの勝負だったら最初の5秒でノックアウトされているはずだ。

俺がアニキの足元に及ぶ日はいつか来るのだろうか。


そんなことを考えている時だった。アニキが改まった様子で言葉をかけてきたのは。



「冒険者の依頼される内容の中に、護衛もそうだがお金を払って傭兵として雇われる事が結構あるんだ。それは分かるよな?」

「……はい、もちろんです。それが何か?」

「お金を出されればどんな所へも飛んでいく。それはつまりだ」


アニキは俺の拳を受け止めると顔を近づけて目と目をしっかりと合わせながら言った。


「国同士の戦争が起こった時、敵陣営の人殺しをする戦力として使われる……そんな事もあるって事だ」

「……はい」

「未だ殺人をしたことのないアイルにはいきなり敵を斬り殺せ、なんて言われても出来ないだろう」


アニキは俺の拳を離すと『休憩だ』と言って兵団(レギオン)の中に入って行く。俺も後に続いて適当な場所に座ると、再びアニキが話し始める。


「明確な理由が無い限り、戦争においてどちらが善でどちらが悪かなんて、そんなのないも等しいんだ。俺たち冒険者みたいな第三者の視点からしたら戦争なんかしてる時点でどっちも悪者だがな」


日本でも、戦争の理由なんての大抵下らないものだ。

領土、資源、宗教、どれも意見の違う者同士の激しい自己主張が戦争へとつながっている。


「殺しても良心が痛まない、ハッキリとした悪者であればまだ問題はない。だが戦争で明確な理由もない人間を殺すのはどんなに胆力の強いお前でも難しいと思う」

「そう、ですね」

「今は戦争もなくて平和な時間が続いてるが……いつ戦争になるかなんて分からない。アイルには一刻も早く、人を殺すという事を体感して欲しいんだ」



俺はまだ人を殺した事がない。

心構えはしているけど、いざ『やってみよう』となるとやはり躊躇ってしまうだろう。


「ちょうどこの近くに地方から来たであろう小さな盗賊団が近くの森で住み着いてるという話が入ってるんだ。彼らで殺しをやってみてほしい」

「……盗賊は捕縛して兵団(レギオン)に届けるわけではないのです?」

「生命与奪の権利は盗賊の討伐者が握っている。生かすも殺すも自由だ。死体でも後々誰かが確認すればきちんと証明される」


むむ……生きていようが死んでいようが関係ないってか。

ちゃんと身元を証明できれば死体でも構わないと。


「盗賊は生きて捕まるなんて滅多にないぞ? 奴らなんて拘束していてもただ暴れるだけの存在だからな。殺した方が手っ取り早いのさ。他にも理由はあるけど、それは実際にやってみれば分かるさ」

「……」

「冒険者である以上、これは避けては通れない道だ。みんな最初は必ず盗賊かなんかで経験をするもんさ。依頼がてらに体験してみてくれ。人を殺す事をな」



ーーーそれでも、俺は……



「金入りがいいぞ」

「行きましょう。 場所はどこですか?」


お金万歳。





金儲けにいいという事でやって行きましょう、盗賊退治。

退治による報奨金だけでなく、盗賊の持っていた財産の殆どが国に接収されるとはいえ、討伐者にも一部譲渡されるとの事。

こんなの聞いたらやるしかないでしょう。


持っていく得物(武器)は超重量の特製ハルバード。森の中という事で本来はリーチが短くて取り回しやすい短刀が好まれるらしいが、『今のアイルなら周りの木ごと斬り倒せるから問題ない』とアニキが言っていた。

アニキが言うんだから間違いない。それにセカンドウェポンとして二本で一対の双剣を持ってきてる。もっと他にも試してみたい武器はあったけど、食料とか小道具含めてこれ以上は荷物になるからやめておいた。他の冒険者から習った技を色々と試してみたいが……しょうがない。また今度だ。



前回ほど遠くはないので歩いて目的地まで移動する。ただでさえ体重が重い方なんだ。そこへ追い討ちをかけるようにハルバードなんて積んだら荷台が壊れちゃうよ。


「6キロくらい離れてるけど……二、三時間歩き続ければすぐか」


俺はハルバードを肩に担ぎ、目撃情報のあった南の森へと出発した。





「あれ? 蛮族のいる森ってここか?」


2時間ほど鼻歌を歌いながら歩いていた俺の目の前には数え切れない沢山の陰樹が鬱蒼と茂った森林が展開していた。奥には大きな岩場が覗いており、坂道で木がなんの法則性もなく生えており、道なども全く見当たらないのを見るにちょっとした山である。


少し上を見上げると日光を煌々と浴びている木々が山並みに沿って連なっている。どこからどうみても山である。

少し大きな森林という話はどこいったんだよ。


「この山で行方不明にになってる村の女性ってのも、多分さっき通った村の事を指してるんだよなぁ……ここで間違いないはずなんだけど……」


どうしよう。山登りなんてした事ないからよく分からないけど、なんかいっぱい道具が必要なんだよね? ほぼ手ぶらなんですが。


「さっきの村でなんか山登りの道具でも借りれるのか……? でも今更あそこまで戻るのも面倒臭いし……」



確実性と己の怠慢を天秤にかける。

結果、自分の中に巣食う怠慢が勝利することになった。やっぱり楽したいよね。


王都を出発したのは午後、早く着いたと言ってもすでに日は傾いてきている。これ以上遅くなれば山の中に入った時は真っ暗で何も見えなくなる。


松明を使うのもいいが、暗闇の中では嫌でも光へ目がいく。奇襲をかけようとするには都合が悪い。だから今すぐ山へと潜ることにした。


幸いアニキの(シゴ)きで体力だけは一人前だ。山の上手な登り方は知らなくても、有り余る体力のおかげで足を止めることはない。

登るスピードはやはり遅くなってしまうが……今はそれよりも、


「なんか嫌な予感するなぁ〜……」


道無き道を歩いているわけだが、さっきから嫌な気配をビンビン感じるのだ。頭の上に生えた一房のアホ毛、通称『ユキチセンサー』が感じる嫌な予感は実に6割強が実際に当たっている。


だってさ……行方が分からなくなったのが若い女性だけって時点でもう怪し過ぎるよ。聞いた時から『あ〜』ってなったもん。犯罪者が若い女性を求める理由なんて大して思いつかない。


最悪情事を目撃する覚悟もしとかないとならない。



山の中腹。

奇襲の可能性も兼ねて常にハルバードを手に持ち神経を鋭く張り巡らせる。特に物音や何かの気配は感じない。


盗賊……というよりは山賊か。山賊は最低でも10人は確認されている。ばらけて動くとは考えにくいので集団で行動、していることになる。耳を澄ませば話し声や歩く音、息づかいなども聞こえてくるはずだ。


「多分近くにはいないんだろうな……そうすると奴等は岩場の向こう側か……?」



俺は山賊を見つけ出すために感覚を鋭敏にさせて歩いていた。どんな音も聞き逃さないように。しかし、だからこそ。それ(、、)に足を引っ掛けるまで、足元に転がっている物に気づかなかったのだろう。


「え……」


首から上を切断されたそれは、とうの昔に息が絶えている。呼吸もしなければ動きもしない、死体だったのだから。






中庭のサンちゃん




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