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『強くなりたいです』宣言をしたらやっぱりというか、案の定で訓練内容が一層ハードになった。今日はひたすら走り込み。兵団(レギオン)の周りをただひたすらぐるぐる回る。全力疾走の一段階前のギアで走り続ける。

結構ガチめの速さでかれこれ1時間以上は走っている。すでに体力は限界に達しているし、水分補給がしたい。でも、止まれない。



なんでって?

後ろ見ればわかる。俺の速さと並走して鬼の様な気迫が窺えるアニキが木刀を持ちながら追いかけてきてるからだよ。別に怒らせたわけじゃ無い。アレは喜びだ。俺が予想以上に訓練について来ているから嬉しいんだろう。


初めて最初の頃に足を滑らせて転んでしまい、アニキに追いつかれたことがある。立ち上がろうとしていた俺だが、圧倒的速さで俺の後ろに立ったアニキはな、木刀をケツバットの要領で思い切りお尻を叩いたんだよ。使い方絶対間違ってるだろ。


少し痩せたとはいえ70キロあるデブを、片手で木刀一振るいで五メートルも飛ばすなんておかしいだろ。アニキの腕力どうなってんの?


正直言って今でもまだヒリヒリするんだ、もう二度と喰らいたくない。あんなニッコニコ笑ってるアニキに捕まればタダじゃ済まない!


「うおおおおお!!!」

「ぬあはは!! いいぞ、その調子だぁ! アイルゥ!」



その後、正午近くに兵団(レギオン)の裏庭から一人の男の断末魔が聞こえたとか聞こえなかったとか。





「うう……もう少し加減してくれても良かったじゃないか……」


さっきトイレで確認したら真っ赤っかに腫れていたお尻、二本の赤い線は暫く消えない事だろう……水浴びの時絶対周りの冒険者(やつら)に笑われる……


「憂鬱だ……」


お尻を両手で抑えて、中央通り(メインストリート)を歩きながら『はあ……』と大きな溜息をついてると、落ち込んでる俺に声をかけてくる存在が。


「どうした(あん)ちゃん、溜め息なんてついて?」


声を掛けてくれたのは、買い物時にいつもお世話になっている八百屋のオッチャンが。王都に来たばっかで道がよく分からず、迷っていた俺にも気さくに声を掛けて色々教えてくれた親切な方だ。野菜を買うときもたまにサービスしてくれる。


ここまで親切で心が綺麗な人物はあまりいない。尊敬している人物の一人だ。



「いやあ……ちょっと疲れちゃって。気晴らしに中央通り(ここ)を歩いているんです。ここはたくさん人がいて、いつも騒がしいから余計なことを考えずに済む」

「カハハハ! 相変わらず子供らしくないな。そこら辺の爺さんを相手してるみたいだ」


声高に笑うおっちゃんを見てると疲れが取れる。


「兄ちゃんは最近頑張ってるよな、今朝も兵団(レギオン)の方でお前さんの頑張る声が聞こえてきたぜ」


スミマセン。それ断末魔です。

ケツ叩かれた衝撃で逝っちゃいそうになった時に出た声です。


「あれは〜……ちょっと違いますけどね。まあ確かに最近はもっと強くなるためにハードな訓練をこなしてますけど」

「日に日に肉体改造していく兄ちゃんを見てるとこれからが楽しみでしょうがないな」


わしゃわしゃと俺の頭を撫でながら嬉しいことを言ってくれるおっちゃん。

ランニング後に水浴びはしたけど臭くないかな?


精神的に40年生きて頭を撫でられるなんて思わなかったな。

まあ悪くはない。


「ほら、お前に餞別で大根をやろう!」

「ありがとうございます!」


大根、ゲットだぜ。

おっちゃん優しい。これからも絶対この店で買い物するよ。


八百屋のおっちゃんに手を振って別れると再び通りを歩き始める。

その後もしばらく歩いては買い物の時にお世話になっている人物と会ってはお裾分けをもらう。

この街に来て何ヶ月だ? 六ヶ月は経つのかなぁ、この半年で常に安さを追い求めて値切り交渉をしていた俺はすっかり色々な店の店主と顔馴染みになっている。


もしすれ違えば必ず挨拶をしてくれる。些細だけど嬉しい事だ。

街の人は本当に親切な人が多い。


まあ、もちろんそうじゃない人もいるけど。



「あ〜ら! 醜い豚は今日も必死にゴミ箱ひっくり返して残飯漁りかしら! 貧乏人は大変ねぇ!」


たくさんのお裾分けをもらってホクホク気分の俺がスキップしてると、真後ろから非常に煩い高い声が浴びせられた。


ああ、またか。

そんな思いを抱きながら後ろを振り返る。視線の先には以前俺に突っかかってきたいつぞやの縦ロール貴族が。俺の気分に反して、今日も竜巻のような髪は絶好調のようだ。


「……商店の親切な方から餞別をもらってただけですよ」


このドリル女、最近俺を見つけてはこんな調子で毎回馬鹿にしてくるのだ。こんなガキの悪口程度で怒るわけではないが、こうも毎回絡まれるとイライラするのは仕方ないと思う。


俺だけに限らず貴族はみんな平民街に住む俺たちの事を貶しているのは当たり前のことだが、この縦ロールは俺に嘲笑の矛先を向けている様子。買い物をしていると俺をわざわざ見つけては大声で取り巻きと馬鹿騒ぎをする。

ヒマか。ヒマなのか。



正直なところ、その顔面にパンチを打ち込んだ後に自慢の縦ロールを根元から引きちぎってやりたいのだが……もしやったら俺の首が飛ぶからな。貴族にはどんなやり返しもダメである。


俺にできることはただ嵐が過ぎ去るのを待つだけ……

とりあえず適当に返事だけは返しながら、縦ロールの気がすむまで待ち続ける。


「相変わらずここは汚いし、住んでる貧乏人達の気が知れないわ! 来たくもない」



“じゃあ来るなよ”


そんなツッコミを心の中でしたのは俺だけじゃないはず。

取り巻き共とケタケタ笑う彼女たちは周りから呆れと怒り、侮蔑の目線が注がれているのにお気づきでない。感情をコントロールできてないものはいないと思うが、そのままここにいても背中を刺されない保証なんて出来ないからな。



後ろの貴族集団を無視して、このまま中央通り(メインストリート)を進もうと足を進めていたが、さっきまで聞こえていた誹りと嘲笑が止まり、また別の声が聞こえてきた。


「おい、なんだこのガキは!!」

「急いでるからごめんなさい!!」


小さい足音がしてそちらを見てみると取り巻きの少年少女たちの間を走り抜けている小さい子供の姿が。貴族を掻き分けて進むなど無礼も甚だしいが、本当に急いでるのかかなり速いスピードで走っているので誰も捕まえられない。


あんな小さな子供が処されるところなんて見たくないし良かった。



「わきゃっ!」

「お姉さんごめんなさい!」


最前列にいた縦ロールとぶつかる子供、縦ロールが何かキーキー文句を言っているが、子供は口だけ謝罪を述べながらそのまま走り去ろうとしている。


だが俺は、ぶつかり様にその子供が縦ロールの懐から何かを掠めているのをしっかりと目撃していた。貴族どもは気づいてないようだが十中八九、財布だろうな。


だから早く帰った方が良かったのに。




………………



俺もなんだかんだでお人好しだな。




隣を通り過ぎようとする子供の手首を優しく掴むと足を引っ掛けて体勢を崩す。そこでつかんだ手首を中心に子供を一回転させて地面に組み伏せた。


「あ……れ……?」


一応頭を地面に打たないように配慮はしたが、この様子だと大丈夫そうだな。

子供は何が起きたか分からずに体を俺に抑えられながら困惑している。この子供は軽かったし、容易く組み伏せることができた。1秒もかかってないし、本人からしたら急に天地がひっくり返ったように感じたかもな。


子供の手には俺たち平民にはそぐわない派手な財布が。やはり財布を盗んでいたのは間違いなかったようだ。かなりボロボロな服を着ているのを見る限り、裏通りにある貧民街の子供だろうか。


ここは王都とはいえ、通りから少し外れた裏道には犯罪者や捨てられた子供たちが結構いる。俺もつい半年前までは裏通りで倒れていたわけなのだが。



「君、なんで捕まったか分かるよね?」

「っ……」


こんな言葉を喋ると自分がまるで犯罪Gメンにでもなった気がするな。


俺の言葉に子供は口を噤む。

この子だってわざと財布を盗んでいるわけではない。生きていくためにやっている事だ。お金がないと人の世では生きていけない。それは俺自身もこの半年で嫌という程分かっている。


だとしても、やはり盗みはダメだ。

この子の場合はどうしていいか分からず、盗む他に手段を見出せなかったのだろう。


この子のためを思うなら捕まえずに知らんぷりをすればいいかも知れない。だがあの貴族もいずれは財布がないことに気付くだろうし、取り巻きに守られている以上はよっぽどのバカじゃなければ、あの子供以外に可能性がないことに気付くだろう。


貴族からの窃盗は立派な犯罪、身寄りのない子供が捕まれば処刑は免れないと思う。そうしたこの子の未来を案じて捕まえたわけだが……あの縦ロールに対して情が湧いたというのもすこしあった。


あんなに虚仮にされた相手に対して情が湧くとは、俺は人に感情移入しすぎなのだろうか? 日本人だからしょうがないっていうのもあるかも知れないけど……うーん。


「それはやっちゃダメだよ。お金ならホラ、俺のを少しあげるから」

「!!……いいの?」

「ああ、貴族から財布は取っちゃダメだぞ。早く逃げろ。捕まったら面倒だぞ」


子供の手に銀貨2枚を握らせると子供を解放したら背中を叩いて逃げるよう促す。

ちょっと前だったら厳しかったけど、スパイダーフォレスト倒した金がまだ残ってるしな。それに巣で拾った色んな武器もあるし、今はお金に余裕がある。


少し前まで自分もあんな感じだったから、どうしても見過ごせなかった。銀貨2枚って結構大金な感じがするんだけど、そこは日本人のお人好しパワーのせいにしておこう。



子供が無事に裏通りに消えていったのを確認すると、恐る恐る縦ロール達の様子を見る。彼女達はフリーズ中、俺が子供とはいえ簡単に押さえつけたのがそんなに信じられなかったのだろうか。


まあこっちは命かけてるからな。遊びとか教養で武芸をやってる貴族には負けないと思う。


「ほら、財布」

「………」

「……落とすなよ」


せっかく手の上に乗っけてやったのに。

この様子ならあの子供が追われることはないかな。


生意気な縦ロールの鼻を明かすこともできたし、満足満足。

これで少しは絡まれることがなくなるといいな。


俺はちょっとした騒ぎを起こしたので周りに謝罪をした後、また街周りを歩き始めた。






こっからはアイルゥが強くなるまで小話を挟み続けます。

まあなるべく早く終わらせるんで、お願いします。




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