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「アイル、もうすぐ外壁が見えてくるはずだよ」
「え? あ〜本当だ。まだまだ先だけど灰色の壁が見えますね」
「どこ? 全く見えないんだけど」
カタカタと揺れる馬車、のんびりと進んでいるその馬車は帰り道を辿り、ゆっくりと、だが確実に王都へと向かっていた。
べラルゴの言葉にアイルとジャンヌが荷台から顔を出して遥か前方を見やる。俺には見えているのだが、ジャンヌには方角が分からずに目を凝らしながらキョロキョロと探し回っている。
俺は指をさして『あの辺りだよ』と教えてあげるとジャンヌは『本当だ!』と言ってはしゃいでいた。年相応の反応を見せたジャンヌに自然と口元が緩む。
それをジャンヌに指摘されて責められでもしたら面倒臭いので、口元をキュッ!と閉じると再び地平線に浮かぶ王都の外壁を見つめた。
「ーーー本当に帰ってきたんだな〜王都に」
たった二週間の旅とはいえ、ひどく感傷的な気持ちになった。
死にそうな思いをしたのが理由かもしれない。何はともあれ、無事に帰ってこれた。今はそれが無性に嬉しかった。
◇
もっと温泉に浸かったりしてゆっくり休息をしたかったのだが、依頼達成の報告を王都にもしなければいけなかったので、傷だらけの体に鞭打って帰ってきた。
懐かしの兵団に戻ってきた時は多くの冒険者に『お帰り』との挨拶をいただいた。温かさ溢れるこの兵団はすでに、俺の中で自分の家となっていた。
その後階段を上がって団長の部屋をジンと訪れた。
「おおお!! アイル! 帰ってきたかぁぁあ!!」
アニキが包帯だらけの痛ましい俺の姿を見て泣きながら抱きついてきた。クリストフィアさんは冷たい視線を、ジンは白けてポカンとしていたが、俺も久しぶりに再会できて嬉しかったので無理に腕を解こうとはせずにされるがままにしていた。
「アニキ、怪我はしましたが別に問題はないですよ。それより、今回の依頼の報告を」
「ああ、すまない。年柄にもなくはしゃいじまった。まあ座ってくれや」
アニキが俺を解放すると二人がけの長椅子に座る。俺とジンにも対面の椅子に座るよう促した。言われるがまま席に着くとアニキが怖い顔をジンに向ける。
「さて、それじゃあうちの可愛い弟子をこんなにさせた弁明を聞こうか」
「ヒ〜〜!!」
アニキに凄まれて怯えた声を出すジン、そこまで怖がらなくてもいいじゃないかな? 殺気を抑えようともしないアニキもアニキだけど。
「気を抑えてくださいアニキ。断罪は報告を終わってからにしましょう。剣を納めて」
「……そうだな」
「俺が処されることは決定事項なのか!?」
何を当たり前のことを。
全滅もあり得た今回の無謀な討伐、首打ちとかじゃなくて遊ばれる程度で済むのだから軽いほうだと思うが。
どうやらジンは命の大切さについて説く必要がありそうだ。
人の命は回帰しない。二度と生き返ったりはしない。当たり前のことだが人はあまりそれに目を向けない。冒険者なんて命の価値が軽い、常に死が隣にある仕事をやってれば、これを軽視してしまう無理はないと思うけど。
それでもジンは意識が薄い!
これは命というものの大切さ、そして儚さを体に覚えこませる必要があるな。アニキ直々に24時間ぶっ続けで臨死体験してれば分かるよ。
俺だってできたんだ。ジンにも出来るよ。うふふ……
「……なんか寒気がするんだが」
「もう春になってるはずだけどなぁ。薄ら寒いっていうのは時たまあるんじゃないか?」
タンクトップなんか着てるからだろ。
まだ夜は寒いって時期にタンクトップ一枚で過ごすジンの気がしれない。
「ジン、報告」
「ああ、そういやそうだったな……今回の依頼についてなんだがーーー」
改まってジンは以来の報告をし始めた。ジンが大まかな内容を話し、俺が所々話の補足をする。話の内容は主に討伐の流れ、パーティの損傷具合、そして今回の以来のランク間違いなどだった。
監視はともかく、討伐はCランクの範疇をはるかに超えていたなんて事をジンは熱弁していた。アニキはなにやら複雑な表情をしながら報告を聞いていた。
ランクがどうとか詳しい事は分からない。だが全滅もあり得た今回の討伐はジンたちの強さにそぐわないものだった事は自身も理解している。
「ーーーそうか、報告ご苦労」
報告というのは存外早く終わった。アニキは何かを紙に書き留めていたが、ジンに訓練という名の折檻の日時を伝えた後、『戻っていいぞ』と言った。
ジンが震えながらブツブツと独り言を発しながら退室していくのを見て、長く歩き馬車に揺られた疲れが溜まっているので、俺も自分の部屋代わりに使ってる来客用の待合室に戻って羽を伸ばそうと思っていた。
「アイル、ちょっと話していいか?」
だが、部屋を出る前にアニキに呼び止められる。
何だろうか。筋肉談義でもしたいのだろうか。俺も最近はジンたちが筋肉の素晴らしさを理解してないため、十分に語り合うことができず不完全燃焼だったので大歓迎なのだが。
「筋肉談義はまた今度にしような」
「アニキはエスパーですか?」
「アイルは考えてる事が顔に出やすいぞ」
まじで? これでもブラック時代に交渉とかでポーカーフェイスはマスターしてるはずなのだが……今度手鏡で確認しておこう。
「では話とは何ですか?」
「ああ、アイルには今のうちに聞いておきたい事があるんだ」
アニキは腕を組んで俺の顔を真正面に見上げると1つの問いを投げかけた。
「アイルは何の為に、体を鍛えるんだ?」
「目的……ですか」
質問の内容は至ってシンプルだった。
俺は顎に手を当てて少し考えたが、思った通りのことを話すことにした。
「そうですねえ、最初にこの街に来て、兵団に入った時はとにかくダイエットとして痩せる事を目的に筋トレなどをしてました。豚の様に堕落した自分を変えたい、そんな思いがあっての事です」
前世の記憶が蘇った事ももちろん、一因としてある。
だがやはり、1番の原因は父上から次期領主の座を罷免された時だ。
俺は衝撃を受けた。
悲しんだ。恨んだ。納得できなかった。
何故こんな事になったのか。
理由を探せば、そこには当たり前の理由がゴロゴロと転がっていた。
自分に酔いしれて、高飛車かつ高慢だった俺は自らの行いを自分の中で勝手に正当化していた。浅ましい言い訳、呆れる様な言いがかりをつけて逃げていた。
だが、目が覚めて客観的に見ると如何だろうか?
何とも愚かなことをしたものだ。日本人の魂では到底考えられない愚業を、犯していた。
それに気づいて、初めて自分を変えなければと思った。
もう、遅かったわけだが。
罷免されてなんやかんやで王都に身一つで投げ出された。
勉学を怠っていた俺は何をすればいいのかわからなくて、就ける仕事は見つからずに命を削ってお金を得る冒険者になった。
冒険者として死なない様に、そして愚かな己の象徴である醜い体をまずは変えようとしていた。
俺がデブだってことは変わってないし、今もダイエットという目的があるのは変わりない、けど……
「でも、今は純粋に強くなりたい。そっちの方が大きいですかね」
「それじゃあ、なんで今は強くなろうとしてるんだ?」
一つは冒険者として、効率良くお金を稼ぐため。
もう一つはーーー
「命を賭けてまで、とは言えないけど……守りたい人ができたから、ですね」
せっかく見つけた家族の様な存在。
ジャンヌを失いたくはない。命が軽いこの世界で、アイツの命を守りたい。
そう思えた。
「……守りたい人ってのは、ジャンヌの事か?」
「秘密です」
口の前で人差し指を交差させてばってんを作る。
まあ、言わなくともアニキは分かっている様だけどね。
「アイルらしい、いい理由だ。明確な理由があった方がより強くなれる。その守りたい人をしっかりと守れる様に、もっと強くならなくちゃな!」
「守りたいと言っても命は懸けれないですけどね」
「それで良いんだよ。軽々しく命を賭けるなんざ、愚か者のする事だ」
アニキが立ち上がって俺の背中をバシバシ叩いてくる。
豪快に笑うアニキを見ると俺も安心する。
「時間をとって悪かったな! 今日はゆっくり休めよ」
「了解。明日からまた訓練つけてくださいね」
「おう! 楽しみにしとけ!」
そっとドアを閉めると短い廊下を歩きながら一人階段を降りていく。
ジンは俺を残して先に帰ってしまったようだ。薄情だなぁ。
「………」
改めて今回の依頼について思い返した。
あれは厄災そのものだ。
関わってはいけないもの、間違っても戦おうだなんて思ってはいけない存在だった。
アニキみたいな圧倒的強者なら話は別だろう。
だが俺のような弱者にとって、アレは死の象徴でしかない。
改めて自分の力不足を思い知った。
だけど、だからこそ強くなれる。
その死の象徵を倒してみせた。それでもやはり無念や後悔は残る。それをバネにして成長するんだ。だって、俺は生きているんだから。
俺はまだまだ強くなれる。
これからもっと、強くなってやる。
※グラブル談議
ヘルエス様出たよ。徹夜で勉強した甲斐あったね。




