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それからは出来る限りのことをしたつもりだ。
まずは食料問題、そこは『これは俺の胃袋に入る予定だった食料……つまりはこれは俺のもの!』と豪語して厨房のコックたちの口を完封してやった。
全部は分けてくれなかったけど半分は分け与えてくれた。完全勝利とは言えないけど勝ちといえば勝ちだ。
そして次は体重の問題……こちらは勝利とは言えない結果だった。むしろ完敗である。
たかだか2日トレーニングしたところで効果は期待してなかったけど、予想以上に酷かった。
まずはランニング、伯爵家の庭が広いのでランニングするにはちょうどいい。なので最低3周はしようと思っていたのだが……結果は一周にも満たない半周で力尽きた。
距離で換算すると200メートルほど、その200メートルを走るのにも130メートルで一回ぶっ倒れて、気合いで立ち上がった後に70メートル走ってダウンした。
とは言えこちらはまだマシな方だ。もっと酷かったのは……腕立て伏せ。
何回だったと思う? 5回とか? それとも3回? 残念! 答えは0回でした!!
仰向けになって寝そべった時、腕立て伏せをしようとしたけど手が地面に届かなかった。簡単に言うとお腹の出っ張りが腕の長さを超えていたわけだ。ありえないわな。
やる以前の問題だった。
取り敢えずアザラシのようにもがいて背筋を鍛えといた。鍛えられてるのか分からんけど。
その後起き上がれなくなってまた執事の肩を借りた話は割愛しよう。
食事制限もする事にした。間食は全て無くし、朝昼夜の三食も一般人の食べる平均量と同じくらいにした。ブラック企業で過労死した前世を持つ俺からしたら、お腹が空くことなんて慣れっこだから大丈夫!!
……なんて思ってた時期が俺にもありました。
あくまでも体は前世のものではなくアイルのもの、精神は耐えられても体の方が耐えられなかった。あまりにも空腹すぎて一度廊下を歩いているときにぶっ倒れた。ドシィ〜ンとね。
地響きを感じた執事組に救出され、めちゃくちゃ笑われた。恥ずかしいったらない……
いきなり量を減らしすぎたようなので1.3倍ほどにしたら倒れることはなくなった。ただ……
グォォ〜〜
ギュルルルゥゥ……
ガァ〜〜……
お腹の音が常時鳴りっぱなしで非常にうるさい。かんべんして
ランニング中も夜寝てる時も食事してる最中でさえずっと聞こえるのだ。執事やメイド達からも苦情が来てる。
腹の音 いつも鳴きたり 煩わし うるさすぎて 夜も眠れず
昨日の夜こんな歌まで聞こえてきた。なんで短歌風にしたか分からないけど、要するに『うるさくて眠れねえから静かにしやがれ』と、明日出発なんだからいいじゃないと半泣きになりながら床についた。
このお腹の問題は俺ではどうしようもない。手に余る現象だ。
事実出立直前の今でさえずっと音が鳴っているんだからな。
「腹減った……」
朝ごはんを食べ終えた俺は領館の前で王都行きの馬車を待っている。流石にこういうのは手配してくれたらしい。歩いていけだなんて言われたら途中で餓死する自信がある。
ここが田舎というわけではないにしろ、王都へは普通に遠い。
右手に食料、左手に売る予定のものを入れた袋を持っている。側から見たらどこぞのコソ泥に見えるかもしれない。
服はタンスにあった中で一番地味なものを選んだ。
王都はこの国の中心、貴族はもちろん、庶民もいる。
服が豪華であれば貴族だと思うだろう。なのに貴族の輝章をつけていない……それすなわち、没落した貴族、又は追放された貴族だと認識され貴族には笑われ者に、一般人には哀れな目で見られる事になる。
王都で生きるのに不都合な状況は作りたくない。
一応予備の服をもう一枚持ってきたがそれも今着ているのに似て地味なものだ。
俺は一般市民として生きるのだ……!!
五分も待っているとすぐに馬車が来た。……なんかボロい。
デブな俺が乗ったら底が抜けて壊れちゃうんじゃない? ってくらいに、なんだか年季の入った荷台とそれを引く老いた馬二頭。
俺が乗った状態で王都まで行けるのか不安になってきた……
「まあ気にしててもしょうがないよね」
食料と小物が入った袋を先に乗っける。
自分も乗り込もうとした時、領館の入り口の扉が開いて父上とお付きの人が出てきた。馬車に乗り込もうとする俺にコツコツと歩く音を立てながら上品な歩き方で近づいてくる。
「研修に行く前にあいさつをしておこうと思ってね」
「……」
「そんな醜い姿でも今日までは私の息子だったからな、せめて別れのあいさつくらいはしておかなければならない」
律儀な人だ。
だが言葉の節々を聞く限り、やはり俺とは親子の縁を切るようだ。
「今日この時を持って、お前からハルバードの家名を没収する。二度とハルバードの名を名乗るな。そして、二度と私の前に姿を見せるな」
……そこまで言うか。
悲しさがまたぶり返してきた。
「輝章は没収する。首にかけてるあたり、王都で伯爵の権力でも使おうとしてたか?」
「……」
「どうやら当たりのようだな」
胸にかけていた輝章が力ずくで剥ぎ取られる。
『売ろうとしてました』なんて口が裂けても言えない……
もし言ったら絶対殺される。マジな話で。
父上の言葉による悲しさは一気に吹っ飛んで、今度は財源が大幅に減った悲しさが押し寄せる。
やはり世の中、金なのよね。
そしてそんな事を当たり前のようの考える俺は本物のゲス人間なんだろうなぁ……
俺は悪くない。ブラック企業が悪いのだ。
「達者でな」
金が半減した事に呆けている俺に、父はそう言うと領館に戻っていった。
付き人も居なくなって、俺はポツリと残される。
「最後まで冷たかったな……オパール売りたかったな……」
俺はなんとも大きな喪失感に苛まれながら王都へ出発した。