閑話 謎の腕相撲勝負
唐突に始まる腕相撲。
特に理由はない。
「腕相撲、やりません?」
「は……?」
◇
場所は兵団の闘技場。その闘技場の隅では俺と台を挟んで向かい側にもう一人、腕相撲の対戦相手がいた。周りには例のごとく野次馬と化した冒険者が屯っている。
「アイルお前、今日という今日は許さないからなぁ!?」
周りからの歓声と応援を身に受けながらどこぞのチンピラの様なセリフを吐いてメンチを切ってくるのは先輩冒険者の戦士のお兄さん。まだ若いにも関わらず、将来が有望視されている筋肉モリモリ、顔はキリッとした彼に俺が尊敬と同時に憎しみも抱いている。
「ハッ! 威勢が良いのは口だけじゃないすかぁ〜セ・ン・パ・イ?」
「殺すっ!(殺さない)」
向こうがチンピラになるんだったらこちらもチンピラになってやろうじゃないか。
俺は『ちょっと実力があるだけでイキってる生意気な後輩冒険者』にジョブチェンジ、口元を緩くしてニヤニヤした笑みを浮かべながら、上から見下す視線に嘲笑をブレンドする。
自分でも鏡を見たらムカつきそうな顔をしている俺には、大量のブーイングとバッシングが。野次馬は静かにしてほしいなあ!
まあ四面楚歌には慣れっこだからね。余裕余裕。泥水の入ったバケツを頭から被せられたりしなければ俺の心は揺れないぜ。
俺の顔を見た先輩は顔を真っ赤に体を激しく揺らしながら獰猛な笑みを浮かべている。
ヒュー! イケメンは怒っていても様になるから羨ましいよ。イケメンは滅べ。
まあセンパイは戦士だけに脳き……少し頭がよろしくないので簡単に俺の挑発に乗ってくれたようで何よりだ。
これでセンパイは客観性を失った。つまり冷静な俺が真剣にやればこの勝負は勝ち確!
「両者、構え……」
両者ともに気味の悪い笑みを顔にくっつけたまま、それぞれの右腕を台の上に乗せる。そしてそれぞれの肘に滑り止めを置いて動かない様固定した後、遂に手を組む。
さっきとは打って変わって、柔和な笑みを浮かべてニコニコしている先輩であるが、実はものすごい握力で俺の手を潰しにきてる。わんぱく小学生かお前は。
目には目を。握力には握力を!
これでも最近リンゴを片手で潰せる様にはなったんだ。アニキには程遠いが日本のプロレスラーと同じくらいの力はついている。俺の手はそう簡単には潰れないよ。
逆に俺があなたの手を潰して差し上げようか?
「うっふっふ」
「あっはっは」
無言の応酬、俺たちは文字通り拳で語り合っている。外から見れば手がムニムニ動いている様にしか見えないだろうが、そこには一般人なら手がひしゃげるくらいの力のやりとりがあった。
それは審判が手を俺たちの間に差し込むまで続いた。
「レディー……」
審判の声で俺と先輩、あたりの野次馬冒険者も静まり返る。
神経を研ぎ澄ませろ。最初の一瞬が勝負だ。
「ーーーゴ〜!」
「「ノオオオオオオ!!!」」
始まりの合図とともに壮絶な力と力のぶつかり合いが始まった。
向こうが力を込める前に速さで詰めようと思っていた……が、そう上手くはいかなかった。先輩が俺の速さに対応してきたのだ。
「くっ! バカな……! 最初の一瞬で決めるつもりだったのに……!」
「ハッハッハ〜! 俺を挑発して冷静さをなくそうとしてたのは分かってたさ。お前は人の感情を揺さぶるのが得意だからな! 今までお前の口撃に冷静を欠いて負けた者は数知れず! あいつらを見てれば俺だって対策はするに決まってんだろ」
な、何……だと!?
俺の口撃で激昂していたのはブラフだったというのか……!? 脳筋な先輩戦士にそんなポーカーフェイスができるわけ……
「嘘だぁ! ズルでもしてるんじゃないすか!?」
「お前に言われたくないわ! いつもセコい手使いやがって!」
残念だけど何も言い返せない。ちくせう。
うーむ、俺の精神攻撃が効かないとなると……どうすればいいのか。
思い切り力で押しても押し返される。フェイクを仕掛けてみても引っかからない。『ユキチ式ワラワラ大道芸 顔ver』で笑わせてみようとしても、クリストフィアさん並みの鉄仮面で全く笑わない。顔芸が通じないことで逆にこっちの自信が喪失、一瞬負けそうになった。
まだこの王都にアニキの他にもこんなナイス筋肉を持つ人がいたなんて……あとでどんなメニューをこなしてるのか聞いておかないと。
「ほらほらどうした? 負けちまうぞ?」
16歳デブの少年に勝てる事がどんだけ嬉しいのか。
すっごいニヨニヨしてる。はっきり言ってウザい。キモーーーおっと。
……この手だけは使いたくなかったんだがーー
「仕方ないか」
自然と口をついて出た独り言に先輩が首を傾げる。
「なあセンパイ。一ついい情報を教えてあげようか?」
「妄言は通じんぞ? まあ言うだけ言ってみればいいさ。真っ向から否定してやるから」
ニヨニヨするなよ。
だけどそのウザったい笑みもすぐ消えるだろうがな。
先輩はこう言ってることだしカミングアウトしちゃいますか。
「貴方の幼馴染であり仲間のあの人……アカリさんでしたっけ?」
「……アカリがなんだってんだ?」
「この前酔った勢いで先輩とせっ◯すしたいって言ってました」
「おっふん」
チャンス、とうら〜い!
「ハッ! し、しまっ……」
「遅いわ純情猿め!」
俺の『she wants to sex with you』発言にさっきとはまた違った意味で赤面した先輩は体の力が抜けて隙ができる。
その瞬間を俺は見逃さず、タイミングを見事に合わせた俺は渾身の力で腕を左に倒した。
先輩を見ると『マジカヨ……』と茫然自失になっている。
周りの冒険者たちは皆思った。
(((((((セッコ!)))))))
そんな彼らの思いはつゆ知らず。アイルは拳を天に突き出す。
うむ。完全なる勝利であるな。
恋は盲目、せ◯くすは判断を鈍らせる。
これで賞金は俺の物だぜ。大漁大漁。
野次馬? 知るかそんなの。
周りからはブーブー言われてますが何か?
「俺の勝ちですね」
「いやいやいや! それはないだろう!!」
腕相撲に勝利したことで態度がでかくなった俺が台に足を乗っけてガッツポーズしていると、怒ってるのか恥ずかしいのかよく分からない顔で先輩が詰め寄ってきた。
「なんです?」
「『なんです?』じゃないだろう!? お前アレ一体どういう事だよ!?」
「アレって、アカリさんのせっ……発言の事ですか?」
別のどういうことも何も……俺はただ真実を述べただけだ。それを信じるか信じないかは先輩次第だけど。
勿論だけどこの場にアカリさんはいない。いたら張り倒される。
「それにしてもせっ……発言でそんな恥ずかしがるなんて、せっ……に耐性とかないんですか? せっ……した事がないとか? だからせっ……にあそこまで反応したと?」
童貞の俺がこんな偉そうな口きけるのはこれが最後だろうな……
いざ俺も真正面から言われると少し戸惑うと思うけど、まさかおちょくる方が童貞でもこんなに面白いとは。
二十代前半の童貞を弄る精神四十歳の童貞……う〜ん、シュールだね。
「その『せっ……』っていうのやめろ! 俺だって耐性がないわけじゃない!」
「そんな見栄張らなくていいですよ。素直にアカリさんとシたいと言えばいいのに」
「なっ、なっ、なっ……」
同郷幼馴染の先輩とそのアカリさんとやらが相思相愛の関係にあるというのはすでに把握済みだ。ただどっちも怖くて残りの一歩を踏み出せないで停滞しているのが今の状況。
実を言うと俺がこの男に腕相撲勝負を仕掛けたのは金稼ぎともう一つ、この恋愛指数停滞カップルをくっつけると言う目的があった。
まあ自発というよりは周りから『あの煮え切らないバカップルをどうにかして』との要望が多くて、最初は辞退しようとしたけどお金に吊られて結局俺がやる事になった。
『アイルならどうとでもできるでしょ?』みたいな声が結構聞こえたけど、俺って周りの冒険者からどんな風に思われてるんだろ……
……今はとりあえず目の前のフリーズ中の鈍臭男をどうにかするか。
頰をペチペチと叩いて彼の意識を覚醒させる。
「先輩ってアカリさんと付き合いたい……結婚もしたいのかな?」
「ああ、まあ……」
「曖昧な返事っすねー。まあいいや。先に言っちゃうけど先輩だけじゃなくて向こうもあなたのことをは好いているみたい。二人は相思相愛、互いに愛し合っているよ。これは俺が保証する」
俺だけじゃなくって他のみんなも知ってるけど。
「だ、だがアカリが俺の事を好いているとは言っても、恋愛対象として見ているとは限らないだろう!?」
「せっくすしたい言うてんやから恋愛対象に決まってるやろがい!」
「え、あれ冗談じゃなくて本当だったのか……?」
おっと。いかんいかん……つい変な言葉になってしまった。
あまりに絶望的な表情で変なこと言うからこちらまで興奮しちゃったじゃないか。
「俺と……アカリが……愛し合う……」
「次行っていいっすかねー?」
先輩が宙を仰いでポツポツと独り言を呟いている。
予想以上に面倒くさい事になりそうな予感に俺の言葉遣いも雑になっていく。
「あんたらは愛し合っている。互いの事が好き」
「互いに……好」
「そういう反応いちいち要らないんで。次行くねー。はい、この事がわかった先輩に告白する勇気は起こった?」
告白するのが怖い人は十中八九『断られるのが怖い』という感情に基づく。『相手が自分のことをどう思っているか分かれば……』なんて事は誰もが一度は思うはず。
よって相手の気持ちが分かった、アカリさんが己のことを好きだと知った彼ならば! 告白してカップルになるのは容易なはず!
「え、でも……一時は付き合えても時間が経って愛想を尽かされたら……」
メンドクセエエエエエェェェェェェェエエエエエ!!!!
なんだよコイツ! 思春期の中学生かよ! お前もう二十代だろ! 大人だろ!?
何女々しいこと言ってんだよ!
「ふ、ふふふ……ふふふふふふふふ………!!」
「アイル?」
「せ◯くすだ」
「え?」
「襲うんだよ! 冒険帰りで疲れた所を◯◯して変な感情が湧いたところで防音式の宿屋へ直行、お前の◯◯を強制的に◯◯しろ!慣れたら◯◯だ、痛がっても気にすんな!そのままねじ込んで◯◯しろ! そのまま◯◯を続けたら立て続けに相手の◯◯を◯◯して気持ちよくして差し上げろ! 相手が◯◯したら◯◯を求めてくるはずだから勢いで◯◯をし! いけたら◯◯までイッても良し! そして◯◯◯◯◯ーーーーー」
俺はもうやけくそになって『せっ◯すしたら恋人』理論のゴリ押し、もしも?の為に本で覚えた前世で最も無駄な知識である『上手な◯◯◯◯術』を伝授した。
実直な彼はそれを本当に実行したらしいが……まあ何があったかは分からんが無事付き合ってるようだし、終わり良ければすべて良しさ。
ーーーあれから暫く『恋愛師匠』だの『神の手』だの変なあだ名で呼ばれるようになった。まあ大衆の面前であんな謎授業した俺をみんなからかおうとするのは分かるけど、『神の手』とかはどこから出てきたか不明だ。
……後々思ったがあの場にジャンヌがいなくて本当に良かったと思う。情操教育に悪すぎる発言を垂れ流しにしていたから……
後日、『二人があまりにラブラブしててムカつく』との苦情が俺の所に入った。文句を言うなら俺にはもう頼まないでくれ。
恋の相談はもう懲り懲りだ。
かぐや様、万歳。




