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昔から弟妹が欲しかった。

子供は小さい時から好きだったし、サラリーマンになってもそれは変わらなかった。子供ながら父性を持つというのも変な話だが、それ以上に相手がおらず子供もいないのに父性はあるというのが一番皮肉な事だった。


なんと言うのだろう。

なんだか守ってあげたいっていう庇護欲が湧いてくるのだ。お世話したい。


おっさんが子供に笑みを浮かべながらにじり寄るなんて犯罪の匂いしかしないのだが、幸い俺は子供に懐かれやすかったので通報されるとかそんなことはなかった。

ちゃんと話せばわかってくれるのだよ。



ーーだけど幾ら仲良くなってもそれは所詮他人でしかなくて。だから身近にいる人物が良かった。それが家族としての繋がりで欲しかった。


よくよく考えると弟や妹じゃなくて兄でも姉でも良かったのかもしれない。仲良くなれればそれで良い……



俺には近しい人間がさほど居なかった。

普通に談笑したりはするけど、これといって仲のいい人間は出来なかった。


子供はまだ心が汚れてなくて親しみやすい。だからこそ簡単に仲良くなれる。だから俺は子供が好きになったかもしれない。


一人っ子でただ家族のように仲良くなれる存在が欲しくて、でもそんな存在はいなかった。そもそも家族のように仲良くなれる人がいたら結婚できてるよね。



ジャンヌ、あいつは面白い。初対面で『ハゲブタ糞野郎』と(ここまでは言ってない)罵られて第一印象は最悪だったが……実際一緒にいるとなんとまあ弄りがいのある可愛いやつだろう。

成り行きで色々と付き合う事になった(なお拒否権はなかった)が俺自身良かったとは思ってる。ジャンヌはもう……かわいいおもちゃみたいなものだ。怒ると怖いけど。怒ると怖いけど……


べラルゴに言われた最初はあんまりしっくり来なかったけど、ジャンヌはいつの間にか俺の望む『家族のように仲良くなれる存在』になっていた。

彼女はもはや俺にとって妹のような存在。


だからこそーーー



「頭カチ割ってやらあ!! ああぁ!? ぶっ殺すぞぉ!?」



ーーージャンヌの姿がない事、その他色々な理由が合わさってキレていた。


頭から血をピューピュー出しながら元鬼畜貴族のアイルの悪役顔はメンチを切る事でさらに迫力が増す。戦いとは程遠い一般人なら裸足で逃げ出す程だ。リーゼント頭ならまさに学校を仕切る不良の如く。



「ウチのジャンヌを……よくもぉ……よくもぉぉぉぉ!!」



まだジャンヌが殺されたと決まったわけではなかったが、この時の俺は正常に頭が働いていなかった。ただあるのは純粋な殺意のみ。



アアアアアア!!!



高密度の黒い殺気を当てられたことでロックオン、殺気から何か異常性を感じ取ったのか前にも増して鋭い攻撃が飛んできた。確実に殺しに来ている。


先程も言ったが、アイルは元から満身創痍の状態。ここはゲームなどではなく確かな死が存在する世界。当然奇跡なんてものはない。彼が何かに目覚めるなんてことは絶対にない。


得物もないので裁くのは当然無理、避けることを念頭にジンの置いていった宝刀の太刀があるとこへ向かう。だが脳が揺れて視界が安定しない、足取りもおぼつかない彼が飛んでくる脚を避け続けるのは不可能だ。

アイルは足に弾き飛ばされて壁に衝突。そのまま二本の脚で抑え込まれる。災厄の掛けてくる圧力はとてつもなく、そのまま潰れそうになる。



だがこれもさっき言ったように、人間には『火事場の馬鹿力』が存在する。人は追い詰められた時こそ真の力を発揮するものだ。もっとも彼の場合、元からこの程度の力は持っていたのかもしれない。



「うあああ!!!」



頭を守るように備えていた腕の腕力を最大限に発揮、地面と板挟みにあって死ぬ前にスパイダーフォレストの前脚を思い切り押し返した。普通とかけ離れた訓練をやって力だけが無駄に大きくなったアイルだからこそ出来ること。

スパイダーフォレストも動きを止めて、非常に驚いた様子だった。もうすぐ死ぬはずの人間が自分の力に純粋な腕力で対抗してきて、しかも打ち勝ってしまったのだから。


脚をはじき返して再び宝剣目指して走るアイルを、ここで始めて敵と認識した。『脆弱な人間、その子供』というレッテルを貼って完全に舐めきっていたアイルを倒そうと、本格的に動き始める。



アイルはアイルで焦っていた。

もはや地面にばら撒かれていた高そうな武器は戦いで端の方に飛ばされているか、スパイダーフォレストに潰されてへしゃげている。今この場でスパイダーフォレストとまともにやり合えるのはジンの宝剣しかないし、あれ以上鈍重な武器が無い以上、もし宝剣を壊されれば詰みだ。


宝剣まであと3歩……といったところで、スパイダーフォレストは今までに無い動きを見せた。奇怪な音と一緒に吐き出された毒々しい色の液体。あれには触れていけないと本能が警鐘を鳴らしている。


俺は宝剣にダイブするような形で液体を避ける。宝剣を無事ゲットし、地面を転がりながら自分が先程いた場所を見る。そこには蒸気をあげながら無様に抉れている地面が。

どうやら蜘蛛が飛ばしてきたのは溶解液、それもだいぶ強力な。地面が溶けるとかヤバすぎるだろ。


それからもマシンガンの様に溶解液を飛ばしてくる。俺は宝刀を右手に携えながら転がる様に逃げ回る。



「遠距離攻撃なんて聞いてないぞ……これじゃあ近づけないな」



隙を見て突撃するにしても、毎秒置きに打ってくるから突破のしようがない。でもこのまま走る続ける訳にもいかない。体力が切れて倒れることは明白だし、溶解液をそこら中に撒き散らされたら容易に移動ができなくなる。

早期の決着が望まれる訳だ。



「逃げ回るなんて性に合わないし……なあ!」



宝刀を手にフルスイングで壁にヒビを入れる……つもりが少し力を込めすぎたか、バラバラと壁が崩れて抉れてしまった。ちょっと予想外だったがこれはかえって好都合。


「4番……バッター、アイル」


宝刀の側面を前に構える。気分は1000安打を決める寸前のサ◯ローだ。

球は岩石。バットは宝刀。こんな使い方してごめんなさい。


一球入魂を胸に思い切り岩石をぶっ叩いてスパイダーフォレストに飛ばす。これくらいは傷にもならないだろうが、目眩しにはなる。


二十発ほどノックした後に自分も飛んでいく。スパイダーフォレストはこの岩石ノックは傷にならないからと捌こうとすらしない。このまま岩石に紛れて俺が額に一発打ち込めば……



「終わりだぁx!??」



顔を脚で撃ち抜かれる。首が飛ぶことはなかった……が、あの蜘蛛やろう、しっかりと目で追ってやがった……

復活後早々に空を舞う。だが何回も宙に投げ出されれば嫌でも体がこの状態からどうするべきか学ぶ。心臓を貫かんと迫ってきた脚を空中で身をよじって躱す。宝刀で脚を思い切り弾く。


スパイダーフォレストがうざったい声を上げながら脚が地面に叩きつけられた時には俺は既に脚をつけている。地面でなく壁に……だが。



「案外いけるもんだな……」



壁にぶっ刺した宝刀に寄りかかりながら、忍者の様な格好で壁に張り付いている。デブな俺だと壁ごと崩れて地面に落下すると思ってた。


グオオオ……


お? ちょっとばかしは自信喪失したか?

もしそうだったら嬉しいんだが。そんな訳ないか。


デブにはキツイ動きばっかだな。意識が落ちる前にさっさと殺さないとな。






時間が経つのって早いっすね。



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