31
ぱっちり。
アイル is 復活。戻ってきたぞアイルの体よ。
「があああ!!!」
目覚めて早々に耳をつんざく断末魔が聞こえてくる。
声がした方向を見るとそこにはデカグモに弄ばれるべラルゴの姿が。長い黒脚で彼はボールの様に何度も壁に叩きつけられている。すっごい痛そう。
あんな痛そうな攻撃を受けてそれでも意識を失わないのは、流石は重装と言うべきか、尊敬する。
俺は気を失っていたが……ジンはどうだろう。
『俺はまだ30時間は軽く戦えるぜ』とか言ってたけど絶対嘘だろう。彼も見た感じかなり疲労の色が濃く見えた。休息もなしに戦い続ければ、スタミナ切れで倒れるのは明らかだ。
蹴り飛ばされるべラルゴを守ろうとする影はない。
あの状況を見ればジンはやられたと考えるのが妥当だろう。
体がどこにもないのを考えるとすでに喰われたか。
本来なら怒ったり悲しんだりするはずなのだが、さっきまで気絶していたせいか冷静に思考をしている自分にウンザリする。
『ジン……俺が寝てる間に……ちっくしょぉぉぉぉぉぉ!!!』とか言いながら主人公は怒りで謎の力が覚醒するんだ。そして意識がないままその謎の力でいつの間にか倒しちゃってたパターンがゲームの中ではあるんだよ。ここは現実だけどな。
嗚呼、本当に頭の中がそういう思考から離れられない自分は色々と重症だ。
「およ? よく見ればジンの近くに気絶したモモが倒れているじゃん」
遠目で見た感じ流血はしていない。じゃあ脳震盪でも起こしたかな。あれは気絶してるだけだ。多分。
でもあそこだとサッカーをして遊んでるスパイダーフォレストに踏まれるという二次災害が起き得る。早急に救助しておいたほうがいいか。べラルゴにはもうちょっと耐えてもらおう。
「ふっ!……んん……」
壁に手をついてゆっくりと立ち上がる。
頭のどこかから出血した血が目に入ってくる。目がこそばゆい。それに視界がブレる。なんだかクラクラする。俺もどうやら脳震盪を起こしているらしい。幾度となく壁に叩きつけられたからな、脳震盪が起きてても不思議はない。
脳震盪で視界がグラグラするだけではない。手足もずっとガクガク震えている。スパイダーフォレストへの恐怖? そんなんじゃない。長い間戦っていたせいだ。体の筋繊維がビシビシと変な音を上げている。めっちゃ痛い。全身筋肉痛かよ。
「俺の体が泣いている……だがしかし! 心は燃えているんだぁ!!」
『ユキチ流気合の入れ方。其の壱、大声でイタイ言葉を言う』のプログラムを実行、腹に力を入れて獣の如き声を出す。結構ノリノリだったのは秘密だお。
「おうふ……」
さて、これで本当にやる気が出たかの話なのだが、実を言うとこれで力が湧いてきたわけではない。むしろ大声出すのに腹筋使ったから力尽きそうになった。というか力尽きた。せっかく立ったのに崩れ落ちて再び倒れそうになる。
いつもの訓練とかだったら疲れに身を任せて倒れていたかもしれない。だがここは闘いの場。今ここでまた意識を失ったら今度こそ死ぬ。大声でスパイダーフォレストの注意がこっちに向いてしまったのだから。
俺は死にたくない。絶対に。天国があるかもわからないのに死ぬなんてしたくない。べラルゴ達だってそうだ。ジンが俺に与えた役割、スパイダーフォレストを倒して彼らを救えるかもしれない。救えるかもしれないというのに大声出して自滅とかシャレにならない。
彼らは絶対死なせない。それが俺の役割であり、責任でもあるのだから。
俺が彼らを見捨てて洞穴に逃げるという選択肢もある。だがどうせあの災厄からは逃げられないし、もし仮に逃げられたとしても俺は一生後悔する。見捨てたということで自責の念に駆られて嫌になると思う。
俺は自己中なんだ。後悔するのが嫌だから助けようとしている。
ひどい人間だよなぁ?
「はあああああ!!!」
こんなボロボロの体であのデカグモを倒すなんて無理があると我ながら思う。正直立つのすら辛いこの状況で、俺は動き回らなければならない。
体力もほとんど残ってないが、痛みに耐え体を無理やりでも動かすことのできるものを俺は知っている。それは何か。
ズバリ、気合だ。
「ファイッ……トォォォォォォォオオオオ!!!」
好きなものを思い出すとか、辛い記憶で怒りを再燃させるとか。そんなのは所詮一時的な付け焼き刃に他ならない。世の中気合いなんだよ。『絶対に〜〜〜を成し遂げてやる』っていう強い願望、野心を胸に気合いで行動する。
そうすりゃあ意外となんとかなる。俺自身、それは『ドキドキ☆〜〜ハイパープログラミング完成への道のり。地獄の三十連勤〜〜生きて帰ろう!』で体感済みだ。あの時は過度の空腹と寝不足と疲れで三途の川を渡りかけた。まあ気合いで鬼と死神の追跡を躱して現実に戻ったけど。
あれは本当に危なかったが、俺は気合いで死地を脱した。
あれ以来俺は気合いという人間の底力を信じるようになった。たかがその程度でアホらしいと思うか? 三十連勤舐めんなよマジで。あれは本当に死にそうになるからなァ? というより死にたくなるゼェ?
気合い。万全。
右足に力を込める。左はいい、右だけだ。
一瞬だけでも良い。蜘蛛の足元まで行ける力を……こめる!
前のめりに倒れる前に右足で地を蹴る。
自分でも驚く程の速さで地面スレスレの高さを移動した。一体どこにこんな力が眠っていたというのか。火事場の馬鹿力という奴だろうか?
スパイダーフォレストまで20メートル以上の距離があったがそこまで一歩で行けてしまった。凄いぞ俺の体。
オオオ??
爆発的な速さで足元に移動した俺を蜘蛛自身は認識できてないようだ。速すぎて目で追えなかったか。でもこれならーーー
「抜けるっ!!」
地面スレスレを滑空した事が良い方向へ転んでくれた。
スパイダーフォレストのお腹の下を潜り抜ける事ができた。余りにも高さがギリギリだったから顔を下に下げた事で、潜り抜けた後に顔面スライディングをする羽目になったが。
俺の顔なんて元から脂肪たっぷりのブサイク顔なんだ。いくら擦り剥けようが鼻を切ろうが、気にも留めない。頭から流血してるんだから今更だ。多少の負傷には目を瞑ろう。生きてればいいんだよ。
両手を地につけて、逆立ちをする要領で体を宙に浮かせるとそのまま倒立前転をして立ち上がる。サラリーマンの時は超人のだと思ってた人たちの動きが最近ではできるようになった。アニキの訓練が活きたな。あの日々は無駄じゃなかったって事だ。
スパイダーフォレストが気づいていない間に地面に転がってるモモ確保。小脇に抱えて安全圏まで逃走だ。べラルゴのいる方向とは真逆の方角へ走る。……女性の体重についてとやかく言うのはアレなのだが、俺が脱力している女性を運んで最初に思ったのは『おっ◯いって案外重いんだな』という事だった。
グオオオォォォォオオオ!!!
「うおっ! 激おこぷんぷんまるですかっ!」
何をそんなに怒ってるのか知らんが、今はモモの安全を確保するのが先決だ。
背後から迫る攻撃に死の気配をヒシヒシと感じながら走る。
スパイダーフォレストの咆哮を背に受けて足が竦む。この疲れた状態で人を持ちながら長時間逃げるのは無理だ。心許ない僅かな体力を少しでも討伐に使いたい。
で、だ。今頭の中にある一つの方法が思い浮かんでるわけなんだが……これを本当にやっていいのか迷う。これはモモを物理的にも精神的にも傷付けかねない荒技なのだが……全滅するよりかはマシだな。
「というわけでモモさんごめんよ」
脇に抱えていたモモの襟首をがっしりと掴むと、砲丸投げの形で走りながら腕を回転させる。遠心力はフルパワーだ!
「どっしぇぇぇ〜〜〜い!!」
勢いづいた砲丸は俺が襟から手を離した瞬間、奥がどこまで続いているかの分からない、目の前の暗い洞窟へ思い切り投げ飛ばした。
飛ばしたはいいけど地面に落ちる時に怪我をしないかがすごく心配。まあ頭じゃなくて腰から落ちるように調整したからイケるっしょ。後は投げられる砲丸として扱われる事に傷付くんじゃないかとも思ったけど、そもそも気絶してるからダイジョーブ!
というわけで砲丸投げ<全滅回避ィ!となった所存でございます。
ギイエエエエエ!!!
「五月蝿いぞデカグモが」
振り向きざまに騒ぎ立ててるスパイダーフォレストに適当なナイフを投げつける。まあ当たり前のように弾かれた訳だが。
「んー? よく見ると目がやられてるじゃん。ジンがやったのか?」
二つの目から黒いドロドロした液体が流れている。血液みたいなものか。二つの目はすでに閉じられている。そっか〜目も弱点だったのか。
……アレ? もっと早くに気づいてたらもっと早く倒せたんじゃ?
「……ぶっ潰す!」
今頃になってジンを殺された怒り、憎しみが湧いてきた。
あのデカグモ絶対に殺してやる。
地面を這いずりながら壁際に避難していたべラルゴも苦しい顔でゴーサインを送ってきている。これはもう殺るしかないだろ。
やられてしまったジンの事も、余り考えたくなかったが、起きてからずっと姿の見えないジャンヌの事も……
もしジャンヌまでやられていたとしたら俺はもう、殺意しか抱けない。
なんたってジャンヌは、俺の妹なんだから。
※最近ハマった音楽 『死ねばいいのに』
ただひたすら『死ねばいいのに』と流れる。最初聞いた時は『いつか人を殺しそう』とか思ってたけど何回か聞いてるうちにいつの間にかマイ音楽リストに登録してた。




