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乱戦、連携なんか関係ない。
頭を使うなら手を動かせ。
でないと、死ぬ。
「ジン! アイルが落ちたぞ!」
「んなこと知ってらぁ!」
流石に7時間も前線に立たせたのはキツすぎた。アイルがさっき、このデカグモの足で蹴り飛ばされて壁に激突したのを横目で見た。
後ろを確認する暇などないが、“前線に戻ってこない”ということは、恐らく気を失っているんだろう。
ーーー俺のミスだ。
今までは作戦なんか立てなくても、どうにかなっていた。生まれながら持った特別な才能、非常に強い仲間に恵まれていたのも心の余裕、怠惰に繋がっていたんだろう。
今回の依頼『受難の森に住まう災厄。スパイダーフォレストの調査、および討伐』
これを見たモモが例の噂について楽しそうに話した時、興味が湧いてこの依頼を受けてみたいと思った。依頼の難易度はCだったし、危険はないと思った。何処か暗かったアイルを外に連れ出したい気持ちもあった。
ーー注意をすれば問題ない。
そう思ってしまったのが失敗だった。
明らかCランクに収まりきらない依頼の危険度と難しさ、兵団の伝達ミスというのもあるだろうが、驕っていた自分は全く悪くないかと言われればそれも否定せざるを得ない。
才能があるとはいえ、新人である二人をこんな危険な依頼に連れてきてしまった俺たちはなんて愚かなんだ。ジャンヌの嬢ちゃんが頭から血を流しているアイルに駆け寄っている。出血で意識が朦朧とし始めているから何を言っているか聞き取れない。
泣いている。それは戦争で親を失った子供のように見えて……
俺は……阿呆なことしたなぁ……
『俺じゃこいつは倒せない』ってことに気づくのが遅すぎた。せめてもう少し早く気づいていたら……何か状況は変わってたのか?
目の前のこいつを俺の膂力じゃ倒すことはできない。だけど、アイルならあるいは……
ただ二倍の重量をぶつけるだけじゃダメだった。その宝剣自体をしっかりと持ち、それを巧みに扱うことができれば……俺とは比べ物にならないほどの火力が出るのは間違いない。
だからこそ、俺はそれができる望みのあるアイルに役割を与えた。『宝剣でスパイダーフォレストを倒してくれ』と……
気持ち悪いほど物分かりのいいアイツのことだ。きっと理解してくれている。
そんな頼みの綱であえうアイルがやられてしまった……普通は絶望するんだろうけど、何故か俺は絶望感なんか一切湧いてこなかった。
団長の扱きでボロ雑巾のようになってもゾンビのように立ち上がるアイルを俺は酒を飲みながら毎日見ていた。
だからあいつは死んでない。きっと起き上がってくる……そう思ってしまうんだ。
心の中にデッカい芯を持っている。その芯が何かは分からない。……でもそのデッカい芯がアイルが決して諦めたりせず、強くなろうとしてる原因かもしれない。
アイツは絶対起きてくる。そして、この絶望的な状況をひっくり返してくれる。
そんな立派な後輩の足を引っ張るだけじゃなく命の危機を晒している俺。この失敗を全部挽回することはできない……が! せめて、アイルがスパイダーフォレストを少しでも倒しやすくなる状況にする!
「ドゥオラァ!!」
!!?
突然防御を捨てて攻勢に出た俺に少なからず驚いた様子の化物。一瞬攻撃の脚が止まった隙をついていく。狙うは……目だ!
今までアイルと二人で攻撃を対処して、片方が潰れたところでこのデカグモも多少油断していたんだろう。額をカチ割れないことは何回もやって分かったが、目は果たしてどうだろうなぁ!?
オオオ!!
こんな死にかけの剣士の攻撃なんか分けないと思ったか? 防御よりも俺の体を貫くことを優先したか、だがなぁ……
「こっちの方が先なんだよぉぉ!!!」
グ、オオオオオオ!!!!!!
俺のデタラメな剣戟がデカグモの下方の目3つを切り裂いた。
血とは思えない青いドロドロした液体が体にかかる。まさか本当に攻撃が通じるとは思わなかった。耳障りな甲高い悲鳴みたいな声が響く。
ドタンドタンと目を斬られた痛みでのたうちまわるスパイダーフォレスト、これなら最初から目を狙った方がよかったんじゃないか?
……これで少しはアイルもやりやすくなったかなぁ……本当なら全部の目を潰しておきたいんだが、体力の限界でもう意識が飛びそうだ。悪い、アイル。
ジンは目の前に迫ってくる黒い蜘蛛の脚を見て意識を失った。
◇
なんだか暗い場所にいる。
俺が仮に暗所恐怖症だったら怖がったりするのか? ふっ……まあそうじゃくても怖いんだがな。人間暗いところにいたら駄目だお。
確かに暗くて怖いはずなんだけどな……
なんかふわふわして……落ち着く。安心する。なんでだろう?
「ん〜なんでだろうな」
「ユキ? 何を独り言いってるの!」
「ふぇ?」
懐かしい声がした。
とっても聞き慣れた……怒ってるように聞こえるが心配してくれている声。
紛れも無い、母さんの声だ。
「いつまでそこに突っ立てるのよ」
気づくとそこは我が家の食卓だった。
妙に狭く感じるキッチンで母さんが忙しそうに歩き回って朝ごはんを作っている。狭いキッチンの入り口でいつまでも立っていたら邪魔か。
「ごめんよ」
俺はキッチンから出てテーブルに着く。テーブルは綺麗に掃除してあり、斜め上の席には父さんがいつもとってる新聞が畳んで置いてあった。食器は洗面台のところに置いてあったし、父さんはもう会社に行ってしまったようだ。起きるのが遅かったかな?せめて一言挨拶したかったんだけどなぁ……
……あれ? 父さんって心臓病で死んだんじゃなかったっけ?
母さんも若年性の認知症になって大変なはずじゃあ……
「ユキももう中学生なんだから、一人でしっかり起きれるようにしなさいね!」
「あ……うん。気をつける」
母さんが困った顔をしながら出来上がった朝食を差し出した。卵焼きと焼き魚、たくあんに納豆、味噌汁とご飯。うちの朝ごはんは一部、昭和年代のが混ざっているがそこんところはもう慣れた。
変な事を妄想してしまったな。こんな元気そうな母さんが認知症なわけない。中学生になってまた一つ妄想力が上がってしまったか。
……なんだかモヤモヤが胸の中にあるが、これはきっと夢でも見たんだろう。最近になって夢の内容が覚えていることが少なくなった。何か夢を見ていたという記憶があるんだけど内容が思い出せない、そんな事が最近多くなった。
昨日もなんだかとっても長い夢を見ていたような……
「ユキ、最近学校はどうなの?」
『ユキ』というのは俺の略称だ。諭吉、一万円札に印刷されてる福沢諭吉の諭吉だ。ユキチから字を取られて『ユキ』になった。女の子みたいで気に入らないが、家族にも学校のみんなにも言われるのでもうどうでもよくなった。
でもこの名前よりかはアイルって名前の方が数倍マシだよな!
……アイルって誰だよ。
「ん〜まあ、ぼちぼちかなぁ〜」
「あんたの『ぼちぼち』はあてになんないからね。別に悪さしてるわけじゃないなら私は別に構わないけどね」
「うぃ〜」
別に問題起こしてるわけじゃない。
ちょっと火災報知器をポチッとやっちまったくらいですぜ、母さん。
「あ、そうそう! 学校で尊敬できる人を見つけたんだよ」
「へえ……どんな人なの?」
「うん! その人すっごいガチムチのモリモリマッチョでね、いつも木刀で俺の事をシバいてくれるんだ」
「……ユキ、虐められてるなら素直に私に言いなよ?」
なにおう……アニキは俺の事を訓練してくれるのに。
ピシピシと俺の太刀筋を矯正してくれるんだよなぁ……
……俺って剣道部だったっけ?
いやいやいやこちらは根っからの帰宅部です。授業終わったら5分でゴーホームですよ。
友達から『最速の帰宅部』とか『神速(笑)』とか『青春の負け組』のあだ名を頂戴したくらいなんだからなぁ! 最後のはあだ名ですらないような気がするけど。
なんかおかしい。ポンポンと変な事が頭の中から浮かび上がってくる。
それらは全部嘘っぱちもいいような内容のものばかり、でも全て実際に経験したような感じがするのだ。俺って何か、重要なことでも忘れているのか?
300ポイント超えました〜ぱちぱちぱち〜
ーーーというわけで『第2回評価してくれないと死んでしまう症候群』にかかった。
評価よろしく!




