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腰が爆発して療養中で暇なはずなのに執筆しなかった私は悪い人か。
スパイダーフォレストの攻撃は苛烈の一言に限る。
硬く鋭い黒い脚の連撃は一本の銅の剣だけで捌くのは少し苦労する。速いだけじゃない。巨大な体躯をしたこの魔物は力は俺たち人間とは比べ物にならないほど強大だ。まともに受けたらすぐに潰される。戦士の冒険者から受け流しの技は習得しているが、少しでも気をぬくとこちらが吹き飛ばされそうになる。
お金をケチって安い銅剣一本しか買ってないのもまずかった。激しい攻撃に刃はすでに刃毀れし始めており、柄の部分がグラグラいっている。このままでは使い物にならなくなるのも時間の問題だ。
だがあくまでも俺のやるべき事は少しでも蜘蛛の攻撃を受け持ってジンの重い一撃一撃を打ち込みやすくする事、倒すわけじゃない。
ジンは攻撃の合間を縫って時にカウンターを入れているが黒い皮膚に薄い切り傷を付けるだけでどれも致命傷には程遠い。
「うおっ!」
この蜘蛛フェイントまで入れてくるのか!?
ある程度規則的な攻撃をしていたが、突然攻撃の瞬間が変わった。脚の速さに俺の動体視力はついていけなかったので次に来る攻撃の動きを予想して防いでいたが、侮っていた。
構えた銅剣の真上まで真っ直ぐに下りてきたが途中で急に方向転換、カクカクと機械のように動いて俺の横腹に向かって鋭い脚が伸びてくる。
横腹に穴を開けられると思って痛みに備えていたが、激痛がやってくる事はなかった。
「アイルはやらせん……!」
「カバーありがとう!」
べラルゴが俺と脚の間に入って攻撃を防いでくれた。
かなり硬いと誇っていた大楯だが今や大蜘蛛の度重なる攻撃であちこち凹んだりへしゃげている。俺が十分もの間大した怪我もなく蜘蛛と打ち合ってこれたのは、間違いなくべラルゴのカバーのおかげだ。
ジャンヌの援護も効いている。
魔法で発生させた水と炎を反応させて水蒸気を起こして煙幕を張っている。相手は俺たちのことを目で追いにくいだろうが、こちらは対象がでかいので動きは分かる。
べラルゴが防いでいる間に後退して霧に混じり大蜘蛛の視界からはずれる。
音を立てないようにしながらスパイダーフォレストの背に回り込むと思い切り刃をつきたてる。
「……やっぱり無理か」
表皮が硬すぎる。貫くどころかこちらの銅剣が曲がってしまう。また一つ、壊れる要因を作ってしまった。
「ぐっ……」
まさかこんなセリフをリアルでつぶやく日が来るとは……
スパイダーフォレストの八つの目がケツに剣を突き立てている俺をロックオンする。痛みはなくとも感覚はあるようだ。背後を取った俺に再び嵐のような攻撃が降り注いでくる。
それをまた捌いていく。重傷を負うであろう脚は確実に軌道を逸らして、それ以外の脚は傷だらけの体に鞭打って避けていく。躱しきれるわけはなく、体にどんどん切り傷や擦過傷が増えていく。
流石に5本の脚は辛い……
俺を狙って攻撃する事で背中がガラ空きになった所をジンが太刀を入れる。
そしてジンにも注意が行ったことで俺とジンでまた足を捌き始める……最初に戻ったわけだ。
さっきからずっと同じことの繰り返しだ。
体力だけでなくスタミナまでガリガリと削られていく。
顔の血を拭う余裕すらない。
このままではジリ貧は確定……
フェイントを入れて誤防を狙ったかと思えばどこか感情的に動いている節がある。賢いのか知性自体がないのか……それは分からないが、少なくとも分かるのは、モモから聞いたようなファンシーな噂は絶対嘘だという事だけだ。
「……下がって!」
リノンの声で後ろに後退する。ジンも同じようにスパイダーフォレストから離れて壁に身を寄せた。
俺は耳を塞いで大音量に備える。目だけはパッチリと開けておく。
対象が引いたのを見て突撃の構えをしていた大蜘蛛だったが、そこに隕石のような巨大な火の玉が落ちていく。
「火属性第六位階『炎獄牢』」
非常に厨二心をくすぐる名前の魔法は、まさに某RPGゲームのメラ◯ーマである。個人的にはイオ◯ランデが好きです。強いし。
直撃した巨大炎球がスパイダーフォレストを爆炎で包み込む。
地下ということで周りの木に燃え移ることを心配しないで済む事は僥倖だった。最初は酸素の心配もしていたが、別に完全な密閉空間でもないので気にしないことにした。
チリチリと暑い爆風が頰を撫でる中、炎に包まれるスパイダーフォレストを見つめる。
あんな強力な炎獄に触れたら1秒と経たずに灰になる自信がある。それほどまでに、かなり凄い魔法のはずなのだがーー
ーーーG
Gyaaaaaaaaaaaa!!
煙幕に揺れる影は死の舞踏を踊っているようには見えなかった。
非常に耳障りな雄叫びをあげて、まとわりつく炎を振り払う。
なんとなく分かってはいた。
だがまさか火水土風全4属性全て効かないとは……威力は申し分ないはずだ。となると魔法自体が効かないのか……
なにそれヤバイ。チートやん。俺にくれよ。
まだ確信は持てないが、おそらく俺の推測であってるはずだ。
本来なら魔力の関係で1日1発の大魔法なんだが、それを属性別で4回もリノンにはやらせてしまった。彼女が動く度にお腹の中からぽちゃぽちゃと魔力回復薬の音が聞こえる。
魔法が効かないとなればリノンに頑張ってもらう必要はない。これ以上動かせてもいずれ吐きそうなので後ろに後退させておく。
「ジンさ〜ん、こいつどうやって倒すんですかね」
「……俺に聞くな」
魔法が効かないとなれば残された手段は? そう物理のみだ。
「作戦は?」
「ガンガン行こうぜ!」
そう言うと、疲れているはずなのに彼はスパイダーフォレストの纏う火が消えたのを見計らって宝刀を振りかざしながら突撃していった。
やれやれだ。ジンはリーダー性はあっても計画性は皆無だな。いや、計画性がないのはここにいる6人全員に言えることかもしれない。
『ガンガン行こうぜ』と来たか。そういった愚直な作戦、嫌いじゃない。
ジンを一人で突撃させるわけにもいかず、俺はジンの背中を追った。
◇
本日何度目か空中浮遊、からの叩きつけ。
いたい。いたすぎる。
いくら腹回りの脂肪が多いからって、この攻撃はキツすぎる。危うく意識が飛びかけた。実際何回かは一瞬だけど意識が暗転した。
銅剣はとっくに壊されている。
さっきまで落ちていた武具で応戦していた。かつては腕のいい冒険者に使われていたんだろうか、非常に凄い武器だということが素人目にも分かった。
だが、そんな武器を持ってしてもあの化け物は倒せなかった。
俺のアドバンテージである剛力を持ってしても屈強なその身体を武器で貫くことはできなかった。思い切り力を込めても弾かれる。不意をついても容易く払われる。
そう、身体に攻撃を通すのは無理だ。
何時間経ったかは分からないが、長い闘いをするうちに弱点は分かった。
頭だ。よくよく言えば八つの目が集まる頭の中心、額だ。
硬すぎる装甲を持つあの蜘蛛の化け物でも、弱点を着けば倒せるかも……しれない。
並の武器じゃダメだ……もっと……重くて、硬い……
俺の唯一の取り柄な……力を上手く乗せられる……
俺がやらなきゃ……ダメ、なんだ……
だって、俺の……役ーーーわーーーーりーーーーーーーは………
やろうと思えばまともな文章は書けるんだよ。たぶん。
書けるんだよ。書けてるよね?




