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前世の価値観で蜘蛛の上にいるという事に生理的嫌悪で再び気絶していたが、目を覚ました時には運びは終わっており、スパイダーフォレストの住んでいる巣と思われる薄暗い巨大空間に転がされていた。
起きたら目の前にギラリと光る地面に突き刺さった剣を見た時はビックリしたが、3ヶ月半も命を賭ける冒険者をやっていれば嫌でも肝が据わる。すぐに落ち着いた。
周りに俺たちを運んだあの大蜘蛛の姿はない。その点にまずは安心したが、いつあの大蜘蛛が戻ってくるか分からない。十分警戒しておくべきだろう。
……警戒をしておくべきなのだが。
「なんでみんな寛いでるの?」
目の前の光景に目を疑う。
ジンはだらしなく地面に寝そべっており、日本のニートの如く腹を丸出しにしながらぽりぽりとかいている姿は冒険者とは思えない。
ジンだけじゃない。べラルゴは大楯の補修をしており、モモは巣をウロウロと歩き回って辺りに落ちている高価そうな物を回収しまわっていた。ジャンヌとリノンに至っては追いかけっこなんかしてる。
なんだこの空気。
「お〜やっと起きたか。時間かかったな」
「今は各々自由にしている。地下に連れ込まれた以上、地の利は向こうにある。出口がどこにあるかも分からないのに歩き回るのは得策じゃない」
この大きな空間を中心として、沢山の洞穴が周りに並んでいる。その空洞を通って移動しているのだろう。今いる大きな空間が森の中心部地下なのだとしたら、この洞窟は森の隅々まで張り巡らされるように続いていると思われる。
よくもまあこんな大きな空洞を地下に作ったものだと思う。
「変に洞窟に入って迷ったら終わりだ。そのまま地下で餓死するか、スパイダーフォレストに殺されるか……奴はいずれここに戻ってくるだろう。ここは広いから迎え撃つにも適している」
知性なき凶暴な魔物だったら俺たちはすでに喰い殺されていてもおかしくない。だが、そうはせずに俺たちを巣に運び込み、蜘蛛糸かなんかで拘束もしないで放置しているところから見て、ここに戻ってきてもすぐに殺されるなんてことはないだろう。
元から殺すつもりなんてないのか、それとも単に俺たちを転がして遊んでいるのか。今の状況ではどっちかなんて分からない。
知性のある化け物。
それは、魔物というのか?
遊びじゃなく、知性を持ち、何か目的があって殺していないんだとしたら。
噂の信憑性が増してくる。殺してほしい? うーん……
生存が不確かなこの状況、故に真面目に考えていた俺だったが、俺の思考はいつもの様に真横から聞こえてくる甲高い声でかき乱される。
「アイル! やっと目が覚めたのね!」
追いかけっこでリノンに追いつけないからって、いびり先を俺に変更するなよ。
お前は誰かを虐めないといけない病にでもかかってるのか?
「開始2秒でやれちゃって、ダッサイの!」
俺にビシッと指を突きつけて粋がるジャンヌ。
こいつ本当に貴族かよ。人を指差してはいけないと淑女教育で習わなかったのか。それとも単に聞いていなかったのか。
「ジャンヌ、威張ってるけどアイルを助けようとして3秒くらいで沈まなかった?」
ジャンヌから逃げていたリノンが後ろからヌッと出てきて真相を暴露する。
なんだ、負け犬の遠吠えだったか。俺は吠えてない分まだマシだ。
ギャーギャー騒ぐジャンヌを放って俺は筋トレを開始する。
暇さえあれば筋肉をつけたほうがいい。筋肉は決して裏切らないのだ。
持ってきた銅剣で素振りをする。
姿勢を正しく、素早く、一回一回に気を配って丁寧に素振りをする。
剣を振って終わりではない。そこから次にどう攻撃をつなげていくか。攻撃の合間、繋ぎ目をどうすれば短くできるか。相手はどんな動きをするのか。避けられてカウンターを入れられたときはどうするのか。
腕の動きを意識して、剣先から目をそらさずに。
仮想の敵を作って脳内でシミュレーションをする。
「またやってるよ。この筋トレバカ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。ジャンヌはもう少し体力をつけたほうがいい。年下のリノンに足の速さだけじゃなくてスタミナさえ負けてるじゃないか。俺に対する敵対心をもうちょっと別のところに向けることはできないのか?」
「アイルには勝っているからいいのよ」
どうだかな。
後方攻撃の魔法使いだからって体の強化を怠っているやつと、前線で戦う戦士だから毎日欠かさず鍛錬をしている俺では筋力や体力の差は歴然だと思うが。
いくら太っているからってバカにしすぎだ。
確かに前まではブクブクと太っている邪魔なだけの豚だったが、今俺は変わっているのだ。
お腹周りはまだポヨポヨと駄肉の存在が目立つが全身の脂肪は確実に消費されており、駄肉は筋肉へと進化を遂げていっている。
肉体改造をしていく中で自分の体が目に見えて変わっていくのはやはり嬉しいものがある。強くなる上で自然と痩せたものだがやはり痩せてるといいな!
細マッチョ目指して修行中だ。
「俺は今高みを目指してるんだ。そう、見たもの全員の心を奪うイケメン細マ『ギシャアアアアァァ!!』人が喋ってる最中に被せてくるんじゃねえよバカヤロォォォォ!!!!」
俺には決め台詞を言う権利すらないのか。
世界はそこまで俺を否定するのか!
この空気を読まないデカグモめ……許さん!
いきなり巣の本所に帰ってきたスパイダーフォレストに一週間ぶりの殺意を向ける。
「遂にお出ましか! 今度こそその分厚い表皮をぶった切ってやる」
「防御は俺に任せろ。みんなは攻撃に集中してくれればいい」
「私のナイフじゃ多分通らないだろうしなぁ……私は回避盾としてべラルゴの援護をするよ」
「燃やしてあげる……」
俺だけじゃない。ジン達四人も臨戦態勢に入っている。
パーティーの敵意が一丸となってスパイダーフォレストにぶつけられている。
ジャンヌは俺の後ろにサッと隠れる。俺たちヒヨッコ冒険者が災害級の魔物と相対すれば怖がって弱気になるのも無理はない。俺もKYな目の前の蜘蛛に決め台詞を遮られるという出来事がなければビビってたかもしれない。
だがしかし! 今の俺は殺る気に満ち溢れているんだ! 目の前のやつの息の根を止めたくてしょうがない。永遠に眠らしてやんよ……
ジャンヌをリノンの隣に配置して目眩しとして火の魔法を放つようにお願いする。俺は腰から銅貨6枚日本円換算300円の銅剣を片手に持って前に出る。
「おお! アイルが前線に出てくれると心強いぜ! 左っ側の脚は俺が捌くから、右のほうは任したぞ! 力自慢の麒麟児!」
「任された。右は任せとけ」
こいつを倒して絶対に生き延びる。
欲を言えば倒したことによる報奨金で食費を心配しない生活を送りたい。
「その命、必ず貰い受ける」
……今回の決め台詞は決まったな!
バレーをやってたら腰が爆発した。
とりあえず湿布を貼って様子を見ることに。




