23
俺は今、走っている。
訓練の時のようなスタミナを考えながらの軽い走りじゃない。後のことなんか考えずに、ただがむしゃらに走っている。
グオオオオオオ!!!!
「うおあああああ!!!」
だって、立ち止まったら死ぬもん。
後ろからバカデカイ魔物が周りの木々をバキバキ破壊しながら俺のことを追ってきているのだ。いや、正確には俺たち、なのだが。
「あはははははは!!!!」
「ジンお前ぇ!! なんてことしてくれてんだ!!」
「ちょっとアイル!! 怖い怖い!! 追いつかれそう追いつかれそう!」
「耳元で騒ぐなよ!! ジャンヌはしっかり掴まってろ!!」
足の遅いジャンヌを肩に担ぎながら爆走している俺の隣では、何かに爆笑しているジンさんとそれを叱責するべラルゴさんが同じく並行して走っている。
ああ……本当なんでこうなったんだよ。
◇
依頼の出た街へ一足先に行っているモモさんとリノンさんに合流するべく、森を歩いている。魔物が現れてもジンさんとべラルゴさんが瞬殺するので、俺とジャンヌは大人しく後方でのんびりと歩いている。正確に歩いているのは俺だけだが。
「ねえアイル〜もうちょっと揺れを抑えられないの?」
「難癖つけるなら降りろ」
「あ〜! 足が疲れて今日はもう歩けないわ……」
わざとらし過ぎるだろ。
街を出て一時間くらいしかまともに歩いてないくせに。ここ二時間はずっと俺が背負ってあげているんだぞ。
「べラルゴさん、あとどれくらいで街に着きそうですか?」
「あと一時間もすれば到着すると思うが……」
「そうですか」
ジンさんが『おい、リーダーは俺なんだから聞くなら俺にしろよ!』と騒いでいるが、それをサクッと無視して足を進める。
べラルゴさんもジンさんの言葉に反応を示さないでいる。
これがいけなかったんだろうか。誰にも相手にされないジンさんは子供みたいに膨れて問題行動を起こしてしまった。
「お前らが俺を無視するんならーーこうだぁ!!」
そんなことを言って、ジンさんは地面に思い切り大剣を叩きつけた。
ドゴォン!と凄い音と振動がして俺は背に抱えているジャンヌを取り落としそうになった。急なジンさんの行動に俺は首を傾げたが、べラルゴさんはわなわなと震えている。
“どうしたんですか”
そう問いかけようとしたが、この時からすでにデスマーチは始まりの鐘を鳴らしていた。
最初は幻聴かと思っていた謎の音が凄い速さでこちらに向かってきているのが感じ取れたのだ。正体不明の何かの接近、俺の恐怖心を焚きつけるのは十分だった。
「アイル! 走れぇ! スパイダーフォレストが来るぞ!」
俺は訳の分からぬまま全速力で走り出した……
◇
……そして今に至る。
「ジン! 俺を巻き込むのは別に良い! いつものことだからな! だがなぁ! 今回は新人がいるんだぞ! 何をやってるんだ!」
「ジャンヌちゃんには悪いと思ってるが、アイルにも原因の一端はあるだろうが! 俺を無視したっていうなァァ!!」
「そんなのお前のただの自己満足だろうがああ!!!」
「ざまああああああぁぁぁ!!!」
「アホがあああぁぁぁぁ!!!」
「「ああああああああああ!!!」」
笑うジンと怒るべラルゴ。
二人はさっきからずっと喧嘩しあっている。そして一緒に叫びあっている。
あの二人仲良いだろ。
「アイルゥゥ!! 吐いちゃう吐いちゃう!! 淑女としてあるまじき物を出しちゃいそう!! もっと優しく! ソフトに運んで!!」
「ゲロるのと死ぬのどっちがマシだと思ってるんだ!! もう少し我慢しろ!!」
因みに俺とジャンヌもずっと言い争ってます。
おんぶモードから荷物運搬モードに変更、前世にバイトでクロネコ◯マトで積んだ経験を元に、ジャンヌを肩にかけて荷物の如く運んでいる。
これが一番運びやすい。
ただ俺の肩がゴリゴリとお腹を押しているのと全速力による激しい揺れのせいで、ジャンヌが吐いちゃうと言っているのだ。
「もう……出る……」
「ヤメロォ! お前この体勢だと俺に◯◯がかかっちゃうじゃないか! お前の◯◯が顔面にかかるなんて……俺は嫌だ!」
「じゃあもうちょっと優しく運んでよ!!」
いくら前世の俺の守備範囲が広くたって、流石に吐瀉物は受けきれんぞ。
ましてや顔面キャッチングなんて以ての外だ。
お姫様抱っこ……
……無理だな。
セクシャル・ハラスメント通称セクハラを俺は恐れている。
前世で『童貞顔だから』とかいう理由で完全な痴漢冤罪を通勤電車内で被ってから、半分トラウマと化しているのだ。
目の前に座ってた勇気ある人が俺が違うという事を証言してくれて、事なきを得たが……被害者、電車に乗った周りの人、ついでに警察までもが『童貞顔だから』て事で俺を貶めたあの事件を俺は忘れない。
「童貞顔で何が悪いんじゃあああ!!!」
「ああああおおおうっぷ……」
俺達を追ってきている大蜘蛛の体力とジャンヌの精神力。
軍配が上がったのは大蜘蛛だった……
◇
「もうお嫁に行けない……」
「なあジャンヌ、今回の事は無かったことにしよう。そうすれば俺もお前も幸せになれる。そう思わないか?」
隣で踞ってシクシクと泣いているジャンヌ、俺は現在洗顔中だ。何を洗い落としているかは言わずもがな。
あの後、結局街まで俺達を追ってきた大蜘蛛だったが、入り口付近で待機していたリノンの魔法で牽制されたら大慌てで去っていった。
「あの……お顔は一体……」
「フンです」
「は?」
「だから、鳥のフンですよ」
「いやいや。それはどう見ても」
「鳥のフンですって。逃げてる最中に大量のフンが俺にヒットしたんですよ。ひどい偶然もあるもんですねー」
「目が死んでるんですが」
「鳥のう◯こが大量に降ってきたらそりゃあ目も死ぬでしょう。あははは」
「………」
「………フンです」
俺の顔面の惨状をグイグイと聞いてくる街の人には、フンという事で強制的に納得させた。
まあドン引かれたのが俺だけでよかった。
ジャンヌは俺の背中で寝ているふりをしていたからな。口元を隠していれば案外分からないもんなんだね。あはははは。
「はあ……」
さて、そろそろ本気で隣でガチ泣きしてるジャンヌをカバーしてやらないとな。
女を泣かせる男は最低だ。だがそれを放置するのは男として終わっていると思う。
最低だとしても、俺はそこまで男の道から外れた憶えはない。
「ジャンヌ、愚痴はいくらでも聞くからさ……泣かないでくれよ」
「……」
「お前が泣いてるとさ……隣の俺が変な目で見られちゃうんだよね!あの人女の子泣かした〜って感じで。 だから泣かないでほしい」
「……最低」
ありゃりゃ、嫌われてもうた。
まあわざとなんだけどな。俺とこいつは敵対してる感じが丁度いい。
さあなんでも来い。全て捌いてやるからよ。
「アイルは女の子の扱いがなってないのよ」
「デリカシーがないとはよく言われるな。女心がわかってないとも」
「早く逃げるためとはいえいくらなんでもあの運び方はないんじゃないの」
「デリカシーなさ男ですから」
「今日は人生で一番最悪の日だわ!」
「俺も今日は過去1番の最悪の日になりそうだ」
「淑女として汚れちゃった!」
「俺の顔面も(物理で)汚れたぜ」
「それもこれもあなたのせいよ!」
「直接的な原因はジンさんじゃね?」
「……」
俺達が歩いていた森、実はあの大蜘蛛の領域だったらしく、大きな音や振動を拾ったらその主を追いかけ回すのだとか。
ジンさんはとんでもないことしてくれた。
「………」
「満足したか?」
ジャンヌはスッと立ち上がる。
「いつか絶対に……責任は取ってもらうからね」
そう言うととジン達の待つ方向へ歩き始めた。
うーん……泣いてはいなかったし、一先ずは許されたのかな? 最後の言葉が気になるけど……
あれかな? なんでも一回いうことを聞いてくれる券みたいな感じか? もしそうなら肩叩きを所望します。なんたってその道3ヶ月は続けたからな!
……まあ、今は気にしていてもしょうがないか。あいつの怒りがこの程度で収まるなら安いもんだ。責任を取ってもらうっていうのが怖いんだけどな。
「お〜い、ジャンヌちゃん怒って先行っちゃたぞ。いいのかぁ?」
「いえ、大丈夫です。多分許してもらえましたから」
ジンとリノンが突っ立ている俺の腕を引っ張る。
これからご飯を食べに行くらしい。野宿の時は大したものが食べられなかったから丁度いいかもしれない。
「アイルは何処で食べたい。ここは結構大きな街だからいろんな飯屋があるぞ」
「俺はマ◯クが良いね」
「◯ック?」
知るわけないか。日本の代表的なジャンクフード店なんだけどな。
あそこで食べたテリヤキチーズバーガーとポテトの味が忘れられない。
嗚呼、隣でポテトを『あ〜ん』しあいながら食べてるカップルを睨みつけながら、ぼっちでMサイズのポテトを貪り食った記憶が蘇るわ〜
「マク◯ナルドの略です。多分この街にはないと思うけど」
「じゃあなんで言ったんだよ」
「なんとなく」
「それってどんな店なの?」
「ん〜……子連れとかカップルが渦巻く巣窟だな。ぼっちだった俺は場違い感がエゲツなかった」
「でも今なら入れるんじゃない? 私たちがいるし」
「……そうかもね」
もう一度日本に帰りたいなと、一瞬だけ思った。
でも俺は今この世界に住んでいる。貴族だったけど追い出されて冒険者になるとか中々に奇々怪々な人生だが……色んな人との関わりができた今では、この世界も案外いいかもしれない。
男の道って何だろう?




