2
領主館地響き事件、もとい俺がダイエットしようと決意した次の日、俺は付き人のメイドに『伯爵様がアイル様をお呼びです』と言われたので朝の最低限の支度を終えた後、俺は急いで父上の仕事部屋へ向かった。
昨日の件でダイエットの必要性をひしひしと感じたので少しでも体を動かす為に二階に行くのには俺専用の魔導具を使わずに自分の足で階段を登る事にした。
足を20センチ上げるのがこんなに辛いと思ったことはない。領館に住み込みで働いてくれている執事やメイドが奇異な目で俺を見てくるが気にしない。
手すりにつかまりながら30段の階段を登りきるまでに5分もかかってしまった。
ほんとなんでこんなにでぶってしまったんだろう……いや、原因はわかってるんだ。お菓子、昨日のケーキもそうだが糖分の取りすぎと後は運動不足だろう。俺ここ一ヶ月外に出た記憶がないだけど……
我ながら呆れる事だ……
「ぶひぃー……ぶひぃー……」
体につく駄肉のせいで、もはや呼吸が豚の鳴き声に変化してしまっている。これはひどい。やばい。
父上の仕事部屋の前である程度息が整うまで待ってからゆっくりと扉を開いて中に入る。
「失礼します」
「……アイルか」
部屋に入ってすぐ目に付くのは大きな茶色い仕事机、左右に大きく積み重なる紙の束から覗く父の顔。
この領地を任されている伯爵の地位につくアイルの父親、リカルド・フォン・ハルバード。日本人の記憶が戻る以前も彼の事を深く尊敬し、憧れていた。
「もう少しで仕事に一旦片がつく。少し待っていろ」
「は、はい!」
父上は顔を上げずに言った。父親にも関わらず思わず緊張してしまう。
しばらくカリカリと何かを書く音がしていたが、やがてその音がやむ。父はペンを置いて顔を上げる。
「さて、お前を呼んだ件なのだが……」
一旦言葉を置いた後、彼はとんでもないことを言ってきた。
「単刀直入にいうとな。アイル、お前を領主にするのはやめにした。今すぐこの領地から出て行け」
……へ?
「少し前まではしょうがないと思っていたんだがな、お前はやはり領主の器には向いていない」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「他の貴族の方もお前が伯爵の地位を引くのはありえないと言っていてな。だから領主の地位はお前じゃなく弟のノルンに……」
「待ってくださいって!!」
俺が大声を出したら父上も抑揚のない声を止めた。
「領主は継がせないって……俺が一体何をしたって言うんですか!!」
「お前が何をしたか、だと?」
「!!」
父上の周りの空気が変わった。父上は基本表情を変えないが、あれは……怒っている顔だ。
「何回もの貴族のパーティの破壊、隣領の侯爵令嬢との婚約破棄、学園への登校拒否、領館の破壊、非常に高い浪費、我儘で横柄なその性格……」
「……」
「おまけにお前はとても醜い。そんな奴に領主を継がせられるか」
……そうか。俺はとうの昔にーー
「私はお前を産んだことを非常に後悔しているよ」
ーー見限られていたのか……そしてそれは全て自分のせい、自業自得だ。
すごく笑える話だ。
「お前に比べてノルンはすごく優秀な奴だ。学園では常に優秀な成績を収め、万人に優しい。異性受けだって良い。お前を振った令嬢もノルンとなら婚約してもいいと言っていた」
思えば父上は俺のことを名前で呼ばなくなっていた。アイルではなくお前と……
「領主はお前ではなくノルンがなるべきだ。無駄な金食い虫は早くどこかの婿として出してしまいたいが、お前の場合は貰い手が見つからないだろうからな。名目上は王都の研修、修行としてお前を追い出す事にした」
もう、聞きたくない……
俺は部屋から出ようとすると直前に声が聞こえた。
「出立は3日後だ。それまでせいぜい遊んでおけ」
父はそう言うとまた仕事を始めた。本当に俺には微塵も興味がないらしい。
「失礼、しました」
扉を閉めた後、部屋には走って帰った。
途中で何回も転びそうになり、階段では実際転げ落ちた。メイドや執事が慌てて駆け寄ってくるが、そんなものは無視して走り去った。
憧れていた父は俺の事など等に眼中になかった。
せめてもう少し早く前世を思い出していれば……いや、そんなのも言い訳にしかならない。
結局は全て、愚かな自分が悪いのだ。
俺はドスドスと大きな音を立てながら部屋へ向かって走っていった。
シリアスな雰囲気だけど前世はブラック企業で過労死したサラリーマン、次回には元気になってまする。